3−12 変わり種の答え
黄色と赤を全部捕まえる。そのためには、どう動けばいいか。ミアレットとエルシャは互いに使える魔法を確かめながら、どちらがどの的を捕まえるかを話し合う。
「……ほら、丁度あのペアの試験が始まるから、観察がてら作戦を練るわよ」
「うん。動きとか、しっかり見ないとね」
ミアレットとエルシャの視線に先では、合図を受け取った男子生徒2人組が緊張した面持ちで、指定されたコートに歩みを進めていた。年恰好からしても、中等部の生徒のようだが……彼らがコート内に入った途端に、防御魔法が展開されたのを見ても、すぐに試験が始まるらしい。そうして、コート入り口のパネルには彼らのエレメントがご丁寧にも、表示されている。
「あの人達は……炎属性と風属性のペアみたいね」
「そのようね。だとすると、炎属性の方は攻撃役になりそうかしら」
炎属性の魔法は7割が攻撃魔法とされており、ダメージを与えることに関しては他エレメントの追随を許さない。だが炎属性に限らず、各エレメントの初級魔法には攻撃魔法に補助魔法、そして拘束魔法は一通り揃っているので、もし的を全て捕まえる方が「正答に近い」ものだったとしても、炎属性だけ不利になるようなことはない。しかしながら……。
(まぁ……攻撃魔法は使ってて、気持ちがいいものね。炎属性の魔術師が攻撃魔法を使いたがるのは、無理もないか……)
先手必勝とばかりに、炎属性の生徒がアッサリと赤い的4つを開始早々に壊してみせる。そうして、風属性の生徒がウィンドチェインで黄色い的を捕獲しようと、魔法展開を試みる。
(やっぱり黄色い的の動き、メチャクチャ早い気がするわぁ。それに……保護対象だったら、あんなにも逃げたりしないわよね……)
風属性の生徒も、相当に練習を積んできたのだろう。ウィンドチェインをきっちりと発動させ、的確に黄色い的へと鎖を這わせる。だが、やはり……黄色い的はタダで捕まってくれるつもりもないらしい。ウネウネと抵抗するように激しく揺れると、いとも容易く鎖を振り解き、周囲の赤い的がいなくなったのも幸いと、更にスピードを上げて虚空を疾走し始めた。
「くっ、くそっ!」
取り逃した的に向かって、男子生徒が再びウィンドチェインを放つ。しかし、焦って構築された拘束魔法は錬成度も中途半端なのか……ミアレットの目には最初に放ったそれよりも、遥かに脆く映った。
(……黄色い的を捕まえるには、それなりの強度も必要そうね。だとすると……)
錬成度を高めて発動するか、あるいは重ねがけで補強するか。いずれかの方法で振り解かれない工夫をしなければ、黄色を捕まえるのは難しそうだ。
「ミアレット、見て見て! 向こうのコートにアンジェ達が呼ばれたみたいよ」
「あっ、本当。だったら、アンジェ達の戦法はしっかりと確認しないと」
「そうね。真似っ子にならないように、気をつけないといけないもんね」
先ほどまで見つめていたペアのアピールは、あまりよろしくない結果になりそうだ。いや……あるいは、しっかりと冷静に赤い的を壊した、炎属性の生徒には登学の可能性はあるかも知れないが。少なくとも、これ以上の観察は無意味だろうと早々に切り替え、ミアレットは視線をアンジェ達の方へとずらす。
「アンジェも相当に腕を上げてたけど……やっぱり、注目するべきはランドルさんの方でしょうね」
「私もそう思う。……ランドルさんは元々から魔法を教えられていたとかで、使えるのは初級だけじゃないみたいだし……」
そこまで言って、エルシャがキュッと唇を噛む。きっと同じ水属性ということもあるのだろう、ランドルが初級魔法だけではなく、中級魔法にまで手が伸びているのが悔しいらしい。
(でも、それは仕方がないと思うわぁ……。だって、私達の魔術師帳には初級の指南書しかないんだし……)
ランドルが学園に通わなかったのは、ヒューレック家の仕事(+没落に対する備え)を優先していたからであって、魔力適性がなかったからではない。しかも、明らかに「只者ではない」父親から優秀な血筋を受け継ぎ、しっかりと適切な魔法の指南を受けていたとあれば、フラットな教育しか受けていない初等部の生徒では太刀打ちできないだろう。
(だから、不公平に感じるのよねぇ……なんで、私達がアンジェ達の後なんだか……)
いずれにしても、文句を言っていても始まらない。珍しく緊張した面持ちのアンジェとランドルが、指定されたコートに足を踏み入れると、試験開始の合図と言わんばかりに防御魔法が展開された。
「アンジェ、準備はいい?」
「えぇ、もちろんよ。……作戦通りに行くわよ、ランドル」
そんなことを言いつつ、互いにしっかりと頷き合い。最初に動いたのは……ランドル。しかしながら、ランドルが展開したのは拘束魔法ではなく……なぜか、防御魔法だった。
「清き乙女の涙を掬い、我が祈りとせん! その悲嘆を羽衣と纏え、ラクリマヴェール!」
きっと、赤い的が出てくるタイミングをしっかりと見計らったのだろう。ランドルの防御魔法が、見事に青い的を守り切る。どこまでも透明ながらも、しっかりと厚みのある水の膜に阻まれ、2つの赤い的はボヨヨンと弾かれると、アッサリと元の定位置へ戻っていくが……。
「アンジェ、頼むよ!」
「まっかせなさい! 舞い遊ぶ風よ、乱れ吹く嵐よ、鎖となりて……我が手に集え! したたかに紡げ、ウィンドチェイン! ダブルキャスト!」
そんな赤い的達を逃がしやしないと、今度はアンジェがすかさず拘束魔法を繰り出した。練習の成果を見せつけてやると、同種多段構築も鮮やかに2本の風の鎖を作り出す。そして、彼女の魔法の対象は……。
(やっぱり、赤を捕まえてきたわね……!)
アンジェのウィンドチェインは、的確に飛び出してきた赤い的の捕獲に成功していた。他の生徒達が赤い的の破壊を選択する中、アンジェとランドルは変わり種の答えを出すことにした様子。彼らの一味違う答えを、ミアレット達だけではなく、他の生徒達も興味津々で見つめていた。
(それにしても、力加減が絶妙だわぁ。……アンジェ、やるじゃない)
程よい加減で赤い的を割ることなく、動きを封じてみせたのだから……アンジェの魔法の腕も、着実にレベルアップしている。ミアレットは彼女の魔法が的確に錬成されたのにも気づいては、大いに参考になると前のめりになっていた。
「ランドル! 奥のを頼むわ!」
「もちろん、任せて! 清廉の流れを従え、我が手に集え! その身を封じん、アクアバインド……ダブルキャスト!」
今度はランドルがアクアバインドをダブルキャストで発動する。黄色い的を捕まえにいくのかと思いきや……ランドルの魔法が捕らえたのは、奥に残った赤い的の方だった。
「アンジェ! 最後はしっかり決めてくれよ!」
「言われずとも、やってやるわよ! 輝く風よ、天を割れ! 雷の閃光を矢と成さん……サンダーショット、ダブルキャスト!」
グイグイとランドルの拘束魔法が、赤い的を引き摺り下ろす。そうされて、丸裸にされた黄色い的に襲いかかったのは……拘束魔法ではなく、アンジェの攻撃魔法だった。
(えっ? ここで攻撃魔法なの……⁉︎)
アンジェの展開した2つのサンダーショットが、脳天から垂直に黄色い的を容赦無く射抜く。そうして、片方が見事に命中し……プシュッと情けない音をさせながら、黄色い的が呆気なく割れた。
「ねぇ、ミアレット。アンジェ達は黄色い的を割っていたけど……」
「そうね。もしかしたら、アンジェ達は黄色い的をボスだと、考えたのかも。ただ……赤い的を捕まえた意図は聞いてみないと、分からないわぁ」
「だよね……」
きっと、アンジェ達は作戦通りに実力を発揮する事ができたのだろう。どことなく満足そうな顔をしているのを見る限り、攻撃魔法を放ったのはアンジェの暴走でもないようだ。
「それで……ミアレット、どうする? 私達は赤も黄色も捕まえる……でいいのよね?」
「うん、そこは変えずに行きましょ。エレメントが被っているのだもの。これでアンジェ達と同じ事をやったら、丸ごと模倣になっちゃうわ」
「それもそっか。……真似っ子にならないためにも、違う答えを出したほうがいいわよね」
しかし、それには黄色い的を捕まえる必要があるのだけど……と、ミアレットは嘆息する。アンジェ達が撤収した後にすぐさま5ペア目が試験に臨んでいるのを見ても、自分達の手番もすぐそこだと否応なしに認識させられるものの。
(とは言え……どうしようかしら。……やっぱり、黄色はエルシャに任せ……いや。折角だもの。……ここは1つ、みんなの真似じゃなくて……マモン先生の真似をしてみようかな)
アンジェ達は黄色を割る答えを出すことで、難関を避けた感があるが。おそらく、今回の試験で最も難しいのは「黄色い的を捕まえる事」だろうとミアレットは理解し始めていた。それには、ただ鎖を巻きつけるのではなく……逃げ場を塞ぐ方が良さそうだ。
【魔法説明】
・サンダーショット(風属性/初級・攻撃魔法)
「輝く風よ 天を割れ 雷の閃光を矢と成さん サンダーショット」
対象に雷を落とし、閃光で射抜く攻撃魔法。
雷系魔法の例に漏れず、攻撃スピードが非常に速い。
しかしながら、的確に雷を落とす事が非常に難しく、命中がやや不安定になる傾向がある。
そのため、照準構築の錬成度を高める、同種多段構築で発動数を増やすなどで、命中率不安を補う必要がある。




