3−11 全部割るのはナシだからね
「まずは、的の配置と動きをお見せしましょう。その動きを踏まえて……各ペアでどの的を捕まえるか、話し合ってください」
グロウルの合図で、中央のコートに鮮やかな的がプカリと浮かび上がる。7つの的の色と動きを一通り見せられた後……30分後に試験開始となったが。指定のコートへ向かっていく最初の8ペアを尻目に、ミアレットは的の動きと色の意味を必死に考えていた。
(的は7つ、色は3色……)
最後になってしまったものは仕方がないと、ミアレットはエルシャと一緒に会場の隅で大人しく待機しつつ……他のペアの試験の様子を、食い入るように観察している。もちろん、戦術や魔法の使い方を参考にする目的もあるが……どちらかと言うと、お題となっている的の役割を考える方が重要だ。
試験結果は全てが終了した後、教員達の観察内容を精査し、合否だけが発表される。そして、試験の最中や直後に正解か不正解かを教えてもらえることはないし、教師達もそれらしい素振りを見せる事もない。
(多分、この試験に正答はあってないようなものなのかも……。どう考えて、どう動くか。特殊祓魔師の適性がある生徒をピックアップするための選考なのだから……やっぱり、想像力がモノを言いそうね)
ミアレットの予想通り、試験内容は全員共通のお題が出されていた。的の配色も一緒なら、動きも均一。魔法道具によって具現化されているらしい的は、あらかじめプログラムされた動きを再現し続ける。そして、生徒達の反応も面白い程に均一になりつつある。
(それにしても、就活の集団面接っぽいなぁ。この圧迫感、精神的にくるものがあるわぁ……)
選考は面談ではなく、実技試験によるものだが。物々しい雰囲気と緊張感は、まさに就活のそれを思わせると、ミアレットは嫌な汗をたらりと流していた。
それはそうだろう。グロウル校長以外の教師は皆、本校からやってきたエキスパート達なのだ。全員が特殊祓魔師なのかは定かではないが、視線の鋭さや、立ち振る舞いの隙のなさが、明らかなベテランであることを物語っている。彼らが放つ威圧感を目の当たりにしたら、のびのびと受けられる試験ではないことだけは、想像できると言うもの。
「ミアレット、どう思う?」
「なんとなく、みんなの答えも似たり寄ったりな気がするわぁ。う〜ん……やっぱり、周りの赤い的は壊すべきなのかなぁ?」
「えぇと、赤は壊すとなると……手前の青いのは、味方?」
「動きを見ていると、そんな気がするよね。それで、赤い奴らに黄色いのが攫われた……って感じ?」
7つの的のカラーリングは、赤・黄色・青の3色。そして、赤い的は4つ、黄色い的は1つ……青い的は2つ。赤い的は黄色い的を囲むように配置されており、そのうちの2つがチョコチョコと動いては、青い的にぶつかるような動きを見せている。そのことからしても、赤と青は敵対関係を表現しているのだと、考えるが。
「でも……妙なのは、黄色い的の動きなのよねぇ。動かないのなら、まだしも……」
「一番、動きが早いよね、あれ。黄色は1つしかないし、重要な感じなのは分かるんだけど……。黄色を捕まえるの、かなり大変そう……」
「そうなのよね。それに、もし攫われたって筋書きだったら、あんなに元気に動けない気がするわー」
しかもよくよく見ていると、赤の的は少しばかり攻撃性があるのか、何もできないまま青い的を割ってしまっているペアもいくつか出てきている。もちろん1度や2度の体当たりで割れるほど、ヤワではないし、しっかりと作戦を立てる時間もあるようだが。……明らかに弱い立場にあるらしい青い的は、やはり保護対象だと見るべきか。
「……なんか、青いのは弱っちぃみたいね」
「そうね。赤い的にやられっぱなしだし……」
エルシャも気づいた通り、青い的は「弱い」。攫われ役かもしれない黄色の方が、遥かに悠々と動いているように見えるが……。
(あれ? ちょっと待って。赤い的……まさか、黄色を守ってる? だとすると、黄色も敵かも……?)
《必要な分だけ的確に捕まえ、不要だと思う的は割ってください》
《どれを捕まえるべきかをよく考えてみましょう》
《全部割る、は論外ですからご注意を》
グロウルが言っていた内容を反芻しながら、ミアレットはウムムと唸ってしまう。
「的確に捕まえろ」という内容からしても、どれかを「捕まえること」がマストなのは間違いない。試験の趣旨としては、おそらく捕縛に重点を置いていると思われるし、それを達成するためにどのような魔法を使うかを試されているのだろう。だが、一方で……壊す方に関しては、必須事項なのかは怪しい部分がある。「不要だと思う的」は壊してもいいようだが、わざわざ「全部割るのはナシだからね」と注釈を入れている時点で、壊す事に関しては消極的な雰囲気も感じられる。
「エルシャ、ちょっといい?」
「うん。どうしたの、ミアレット」
「エルシャはアクアバインド、ダブルまではできたわよね?」
「う、うん……一応、2つは同時に出せるようになったわ。でも、どうして?」
「……もしかしたら、なんだけど。今回のお題……的はできるだけ、壊さない方がいいのかも。だから、2人で赤い的と黄色い的を、壊さずに全部捕まえる方法を考えるわよ」
「えっ?」
ミアレットの意外な提案に、エルシャは頓狂な声を上げるが。すぐさま、声を潜めて理由を聞いてくるのを見るに……ミアレットに作戦がある事に気づいたようだ。
「それで……全部捕まえるって、どういう事?」
「あくまで、推測になってしまうのだけど。赤い的は青を攻撃しているっぽい動きをしているけど……同時に4つが飛び出すことはないわよね」
「うん、そうね。いつも手前側にいる2つが、青にぶつかっているみたい」
「もし、黄色が攫われた設定だったら、その隙に黄色を逃してあげればいいんだと思うけど。でも……それだったら、黄色を捕まえる必要はないわよね。逃すだけでいいのなら、赤を壊せばいいんだもの」
「あっ、確かに……。でも、どれかを捕まえるのは絶対なのよね?」
「それは間違いないと思う。それに、校長先生はこうも言っていたわ。……全部壊すのは論外だ、って。まぁ、赤を全部壊しても、青と黄色は残るから、校長先生の言う“論外”にはならないんだろうけれど。……でも、殆どのペアが赤を壊して、黄色を捕まえている時点で、同じ事をやったのでは意味がないし……何となくだけど、壊すのは最終手段な気がするの」
「そっか……同じ戦法は使わない方がいいもんね。魔法の種類は違うのかも知れないけれど。やっていることが同じじゃ、アピール的には良くないかも……」
エルシャの答えに、ミアレットも深く頷く。
「壊すこと」ではなく、「捕まえること」が必須項目と仮定すれば。赤と黄色は丸ごと捕獲対象なのではないか、というのがミアレットの見立てだ。




