1−6 関係者もろとも仲良くしたくない
ズザァッ……! ミアレットの前を一直線に、人の波が分かたれる。
名も知らぬ美少年が片手を挙げた途端、周囲の雑音(女の子特有の黄色い声)は無音に変わり、響くのは屯す女子達が道を空ける効果音のみ。そんな大袈裟な様子に……また変な奴が出てきたなと、ミアレットは内心でため息を溢す事しかできない。
「あなたが、ミアレットさん? 初めまして、僕はセドリック・ラゴラスと申しまして……」
「あー、詳しいご紹介はナシにしてくれません? 授業も始まっちゃうし……」
ミアレットの当然の主張が、あまりに予想外だったのだろう。セドリックと名乗った少年の顔が引き攣ると同時に、周囲からもヒソヒソと小言が漏れてくる。
(セドリック様とお話ししないなんて……)
(勿体ない……!)
(私だったら、授業なんかサボっちゃうのに)
……皆様の話を要約すると。このセドリックはどうも、女の子達の憧れの存在らしい。普通であれば、授業そっちのけでお話ししたい相手のようだが……。
(私、いかにもな美少年には興味ないのよねー。どっちかって言うと、KingMou様のメンバーみたいな、ナチュラルなイケメンが好きなんだけど)
なので、王子様チックなわざとらしいイケメンはノーセンキューである。ミアレットにしてみれば、授業に参加する方が圧倒的に優先度が高い。
「でしたら、授業の後にお時間をいただけないかな? 是非にお話ししたいことがあるのだけど」
「いや、遠慮しておきます。……ファミリーネームからするに、エルシャのお兄さんなんでしょう? 私、エルシャとは関係者もろとも仲良くしたくないんですよねー」
「そう、それは残念だな。それにしても……まさか、エルシャと一緒くたにされるなんてね。甚だ、心外だよ」
吐き捨てるように言い放つと、ミアレットではなくエルシャを睨むセドリック。その氷のように冷たい視線に、エルシャがブルっと体を震わせる。
「……とにかく、邪魔したね。先生達の話を聞く限り、ミアレットさんが本校にやって来るのは確実だろうし……機会があったら、改めて向こうでご挨拶させいていただくよ」
「は、はぁ……」
「それと、うちの愚妹が迷惑をかけてすまなかった。馬鹿な妹と取り巻き達の言うことは、何も気にしなくていいからね。……僕は口だけの人間は嫌いだよ」
そこまで言って、今度は周囲に見下すような視線を投げるセドリック。まるで不機嫌の原因は観衆にあると言いたげな様子で、フンと鼻を鳴らす。
「……ふふ。それにしても、ここまでこっ酷く門前払いを食うとは思わなかったな。俄然、君には興味が沸いた。関係者もろともなんて言わずに、学友としては付き合ってもらえると嬉しいよ。……向こうで会える日を、楽しみにしている」
(うわ……何か、面倒な事になったかも……)
そうして何事もなかったかのように、「それじゃ」と軽く手を振りながら帰っていくセドリック。ようよう解放されたとは言え……彼が置き去りにしていった冷え切った空気は、ミアレットにとっても、エルシャにとっても居心地が良いものではなかった。
***
(ミアレット……か。確かに、相当の魔力適性の反応があった。……彼女であれば、もしかするかも知れない)
最初からまともに取り合ってもらえなかったので、きちんと謝罪ができなかったと思いつつ。こっそりと計測していた結果を見つめては、ほくそ笑むセドリック。彼の手にあるのは、深魔道具・魔力計測器。セドリックはこの特注の魔法道具でミアレットの魔力反応指数を調べていた。
(これさえあれば、僕に相応しい相手も容易く見つける事ができる。……これを手に入れられたのは、運が良かった)
魔法道具はどんなに些細なものでも、貴重品である。ましてや、セドリックの手にあるのは「深魔の破片」から作られた深魔道具とも呼ばれる逸品。……素材も特殊なため、相当に運が良くなければ手に入れることはできない。
(それにしても……エルシャの馬鹿さ加減には、本当にうんざりする。……家柄だけで、ワガママが罷り通る時代でもないっていうのに)
エルシャの存在を疎んじては、切り離しつつ。いっそのことラゴラス家が没落しても構わないと、セドリックはどこまでも他人事のように考えている。いくら歴史はそれなりにあるとは言え……一時的に魔法がなくなった世界では、どの貴族も一律、魔法によるお家柄の立て直しは再スタートを余儀なくされているのだ。このご時世ではむしろ、貴族であることに拘る方が滑稽でさえある。
かつての人間界の霊樹・ユグドラシルが燃え尽き、新しい霊樹・オフィーリアが魔力を吐き出すようになるまで、100年単位の時間が経過している。霊樹が復活してからは文明発達は急速に進んだが、貴族階級の復権はあまり進んでいない。血筋だけは脈々と続いていたため、魔法社会になったことは、明らかに彼らにとっては追い風ではあろう。だが……ミアレットのような異端児の出現に見るように、魔法は貴族だけの専売特許ではなくなっているし、何より、遠い存在だったはずの天使や悪魔が堂々と人間界を闊歩しているとなれば。……彼らの優位性は非常に薄く、ただ貴族だというだけでは、お気楽に暮らせる世相ではなくなっていた。
(まぁ、いい。家なんて、僕にはどうでもいいことだ。いずれにせよ……深魔討伐にまだ参加できない以上、まずはエルシャを堕とすのが手っ取り早い)
貴重な魔法道具材料でもある「深魔の破片」を得るには、基本的には深魔討伐に参加しない事には、始まらない。小さめの破片であれば、魔術師帳の交換リストにも出品がされる事があり、それなりに流通しているが……大きめで純度が高い「上物」は個人向けには絶対に出回らない。こればかりは自分で深魔討伐に参加し、戦利品として得る以外の入手方法がないのだ。
もちろん、魔法学園も意地悪で深魔討伐にセドリックを参加させないわけではない。……深魔討伐は戦利品を得られる以前に、達成難易度が高い傾向がある。生半可な魔術師が「深魔の破片」目当てに勝手な討伐に向かい、命を落とす前例は枚挙に遑がないのが現状だ。
だが……深魔討伐の難易度が高いからこそ存在する例外措置があるのも事実で、セドリックはその「例外措置」を利用することで、安全な討伐作戦に参加するつもりである。そして、その例外措置とは特殊祓魔師が派遣された際に、「深魔が家族から発生した時に限り、魔法学園に縁者がいた場合は同行を認める」というものだった。「縁者」であることが条件に指定されている理由までは、セドリックは知らないが。それでも、今の彼にとっては家族が深魔にさえなってくれれば、特殊任務に参加できるという情報だけあれば十分だ。
(だからこそ、エルシャにはとことん苦しんでもらわないと。……あいつが深魔になれば、僕も深魔討伐に参加できる。そして……)
貴重な「深魔の破片」を得て、理想の魔法道具を完成させる。セドリックは天才が故に、果てしない野望を抱いていた。そして、その成就のためには……彼は家族を利用し、犠牲にすることも厭わない。
【補足】
・深魔道具
深魔鎮静化の果てに残された「深魔の破片」を利用して作られた魔法道具のこと。
深魔を適切に鎮めた際に、稀に彼らの記憶が結晶化したものが残る事があり、それを「深魔の破片」と呼び習わしている。
「深魔の破片」は純度・大きさによってある程度ランク分けされており、高ランクの素材を使う程、性能が安定した、より高度な魔法効果を発揮する深魔道具を作成する事ができる。
また、深魔道具の開発も魔法学園での研究分野の1つになっており、オフィーリア魔法学園・本校には深魔道具専門の専攻科目および、研究機関が存在している。