3−9 真似っ子は不利
担任のフェリーラの引率に従い、やって来たるは……初等部棟と中等部棟の連結部に位置している、模擬戦場。主に実践的な魔法訓練に利用される場所であり、万が一に魔法が暴発しても抑え込めるよう、外壁には魔法効果を無効化する魔界原産の魔法鉱石・フロストサイトが使われている。
この場所はその名の通り、模擬戦に利用される施設であり、存分に魔法の試し打ちができる設備でもあるが……生徒同士の私闘や喧嘩を避ける目的もあり、教師の許可がないと利用はできない。
(うあぁぁ……やっぱり、ここに来ると緊張するわぁ……)
生徒が気安く足を運べる場所ではないため、模擬戦場は生徒にしてみれば、否応なしに緊張させられる場所である。それでなくとも、初等部の生徒は特殊カリキュラムでの利用が初めてのことも多く、ミアレットも未だに通い慣れない。
(なんと言いますか。心迷宮の方が余程、通い慣れている気がするわぁ……)
それはそれであり得ない状況であるし、心迷宮に通い慣れている時点でおかしいのだが。本番の戦場よりも、模擬戦場の方が緊張してしまうのだから、ミアレットとしては笑うに笑えない。
「では、これから試験の流れを説明します」
ミアレットが明後日の方向に緊張しているのを他所に、早速とばかりに口を開いたのは……校長・グロウル。淡々と流れる彼の説明によれば。試験は魔力適性指数の低いペアから順番に行い、出題されたお題を工夫を凝らしてクリアしてほしい、ということらしい。だが……。
「尚、自分より前に試験を行ったペアと同じ手法・戦法を模倣した場合、その部分は考査対象から除外されます。真似をしたからと言って、失格・落第になるわけではありませんが、適性のアピールとしては不利であることを念頭に置いてください」
グロウルの説明に、生徒達からどよめきが上がる。彼の説明からするに、同じ戦法を取るのは失格ではないものの、教師の心証は悪くなる、という事のようだ。いくらスコアを稼ぐタイプの試験ではないとは言え、これでは後から挑戦するペアの方が圧倒的に分が悪い。しかし……。
「どうしよう、ミアレット。……多分、私達の順番は後の方よね……?」
「でしょうね。……でも、心配しなくて大丈夫よ」
「えっ?」
周囲で慌てふためく生徒達を冷静に見つめながら、ミアレットはフゥと息を吐く。
普通に考えれば、順番は後であればある程、不利にも思える。他のペアが使った手段を真似するのはオススメできないともなれば、順番が後のペアはそれだけ、作戦の幅が狭まると言うことになるからだ。しかし、それは条件が完全に一致していれば、の話である。
「校長先生の言う“不利”はあくまで、同じ条件で、同じ魔法しか使えない場合の話よ? エレメントの組み合わせも考えた場合、私達と同じ手法を取れるペアはそんなに多くないと思うわ」
「あっ、言われれば確かに……」
「それに、エルシャと私なら、きっと大丈夫。……一緒に初級魔法はできるだけ、たくさん発動できるように訓練したじゃない。むしろ、この場合は順番は後の方が好都合だわ」
「そうなの?」
「えぇ。……だって、他の人の試験の様子をじっくり観察できるでしょ? 校長先生が“真似っ子は不利”だって言ってくれている通り、きっと試験の内容はみんな共通なのよ。だったら、しっかりと他の人の魔法の使い方も参考にして、どんな風にお題をクリアするか考えた方がお得だわ。それに……私達は試験初挑戦だもの。後の方になっても、最後にはならないと思うし」
「そっか。それもそうよね。さっすが、ミアレットは頭がいいんだから!」
「いや、それ程でも……」
ミアレットの意見に、エルシャがやや大袈裟に感動しているが……勢い、周囲の注目を集めてしまったようで、ちょっと居心地が悪い。それでもグロウルには伝わっていないと見えて、彼の淀みない説明はいよいよ、試験内容に踏み込み始めた。
「具体的な試験内容を説明します。フィールドにバルーン状の的を7つ用意しますので、必要な分だけ的確に捕まえ、不要だと思う的は割ってください。どれを捕まえるべきかをよく考えてみましょう。一応、忠告しておきますと。全部割る、は論外ですからご注意を。では……早速、始めますよ。なお、同時に8ペアずつ実施しますので、魔術師帳に合図があったペアは指定の位置に着いてください」
グロウルが手元の魔術師帳から情報を発信すれば、すぐさまミアレット達の魔術師帳にも受験についての概要が送られてくる。それによれば、試験に参加するのは41ペア、総勢82名。そして……初等部の生徒にも関わらず、ミアレットとエルシャのペアは何故か最終選考の枠に収まっていた。
(さっき……8ペアずつ試験をするって言ってたよね? で……これで最後の6枠目ってことは……?)
40ペアまでは5枠で一斉に受験する事になり、残り1ペアはどう頑張っても、単独で試験に臨むことになる。つまりは、ミアレットとエルシャは意図せずスタンドプレイをする羽目になったようだが……。
「ねぇ、ミアレット。私達、最後みたいだけど……?」
「……いや、ちょっと待って。最後とか、聞いてないんですけどぉ……」
しかも、4枠目にアンジェとランドルのペアが入っているのを見ても、彼らの方が先に同じエレメントの組み合わせでアピールできることにもなる。
アンジェだけならともかく、既に中級魔法を使いこなすランドルがいる時点で、受験は彼らよりは後だと、ミアレットは予想していたのだが。……完璧にアテが外れたと、ミアレットは試験開始早々に肩を落としてしまう。
「嘘でしょぉ? なんで、私達の方が中等部の生徒より後なのよ……?」
「……そうよね。これ、絶対におかしいって……! 私達、試験も初めてなのに……」
仕方なしに他の生徒に混じりながら、模擬戦場の隅に移動するが。順番発表の時点で、仕組まれた何かを感じては……腹痛ではなく心労で胃腸薬を使うことになるかも知れないと、ミアレットはトホホと力なく息を吐いた。
【補足】
・フロストサイト
魔界を覆うコキュートスの永久凍土が結晶化した、魔法鉱石。
コキュートスの永久凍土は別名・魔封じの氷とも呼ばれており、ありとあらゆる慈悲(回復魔法)を遮断した上で罪人を永久に苦しめるために存在すると言われている。
フロストサイトは主にベルフェゴールの領地・怠惰の領域で採掘される鉱石で、そんな永久凍土の特性を受け継いでおり、魔法効果を遮断する性質を持つ。
そのため、この魔法鉱石を加工・利用した素材や武具には、魔法効果遮断の特殊効果が付与される。




