3−7 女神の愛し子
「ラウド。彼女について……何か分かったかな?」
「あまり収穫はありませんでしたが、多少の情報は得られました」
ローヴェルズの王子に貸し与えられた、カーヴェラのカントリー・ハウスの一室。ナルシェラはようやく帰ってきた従者を迎え入れると同時に、首尾を尋ねる。
交流会の一幕で、ミアレットに「護衛はどうした」と言われてしまったが。ラウドがナルシェラの護衛を放ってまで別行動を取っていたのには、ナルシェラ本人が個別に調べ物を命じていたからだ。
ナルシェラやディアメロの王宮での立場は、非常に弱い。父王ではなく大臣が覇権を握っている以上、調べ物を誰かにお願いしようとも、人員を割いてもらえることはない。むしろ……調査内容が彼らに都合が悪いものの場合は、有無を言わさずに揉み消され、逆に尋問を受ける羽目になるだろう。
(この視察だって、最初は反対されていたのだけど……。結局は許可されたのを考えるに、僕達は相手にされないと分かっていたのかも知れないな……)
実際、魔法学園の敷地に王族が踏み入れたとて、学園側の教職員に彼らを歓迎する雰囲気は微塵もなかった。特に、クージェ出身らしい校長はナルシェラ達を小馬鹿にした態度を崩さなかったし、授業風景の視察も断固拒否の姿勢を貫く。
そうされて、悔し紛れに前庭でヘッドハントに勤しんでみたところで……寄ってくるのは、王族との繋がりが欲しい「名ばかりの貴族」ばかりで、「見込みのある生徒」は見事なまでに引っ掛からなかった。きっと、頭がいいらしい大臣はこの結果をある程度、予測していたに違いない。ナルシェラ達に群がるのは、王族というラベルにしか興味のない人間ばかりだろう……と。
(見聞を広めるのには、いい機会かも知れない……か。確かに、見聞は広がったかも知れないな。……ローヴェルズの外でも、僕達はお飾りにしかなれないって事に、改めて気付かされたよ)
だから、本来は護衛に付いていたはずのラウドを調べ物に走らせたのだが。……基本的に、無骨な見た目のラウドは情報収集には向かない。しかし、割ける人員がいない上に、ナルシェラ達では色んな意味で「相手にされない」のだから、仕方がない。
「それで? ミアレットは、どこのご家庭の子だったかな?」
「……ミアレット嬢は平民どころか、孤児のようでして。両親はなく、この街にある孤児院で育ったようです」
「孤児……か。そうなると両親も含め、彼女の血筋については分からないという事か……」
ナルシェラが残念そうに、目を伏せる。しかしながら、ナルシェラに酔心しているラウドが、彼の「本当のオーダー」が気づけないはずもなく。今度は調べてきた中で、最も重要な報告内容を告げる。きっと彼は相当に足を使って、辛抱強く調べてきてくれたのだろう。
「しかしながら、ミアレット嬢は特殊な出自の持ち主のようでして。……驚くべきことに、女神が自ら孤児院へと預けた愛し子であると、噂があるようです」
「……なんだって? ミアレットが、女神の愛し子……?」
「神の御子」と呼ばれる子供がクージェ帝国に預けられたと、大臣が歯噛みしていたのをナルシェラも知ってはいたが。まさか、女神が下界に授けた子供がもう1人いたなんて。
「驚いたな……。でも、それで合点がいったよ。……そうか。ミアレットの高い魔力適性は、女神由来のものだったか」
「そのようです」
カーヴェラ分校で最高の魔力適性を持つ生徒。それが上澄みの視察中でさえ、絶えず生徒達の口の端に上がっていたミアレットの評判である。貴族が多い彼らをして、悔し紛れながらも実力を認めさせているのだから……彼女は本当に優秀な魔術師候補なのだろう。
(地味な茶色い髪に、青い瞳。どこにでもいるような、何の変哲もない少女……ということだったけど。そうだな……一緒にいたエルシャの方が余程、神々しい見た目をしていたな……)
しかしながら……ラウドの報告に納得すると同時に、ある事にも気づいて、ナルシェラは落胆する。女神は片方の子供はクージェの帝王に直接預けていたのに、ミアレットをローヴェルズの王宮ではなく、あろうことか孤児院へと預けた。しかも、王都・グランティアズにも孤児院くらいはあるにも関わらず、ルクレスの首都を託児先に選んでいる。
つまり……その事から読み取れるのは、女神達は徹底的にローヴェルズ王宮を無視しているという事であり、彼女達はグランティアズよりもカーヴェラに重きを置いているという事なのだろう。
魔法学園といい、女神といい。彼女らはことごとく、ローヴェルズ王宮はどうでもいいと思っているのかも知れない。
「……ところで、ラウド」
「ハッ。いかがいたしましたか、ナルシェラ様」
「ディアはどうしてる?」
「ディアメロ様は自室でお休みですよ。お疲れのご様子でしたし、もうお眠りではないかと」
「そうか。それじゃぁ……今の話、ディアには伝えたかい?」
「いいえ。ナルシェラ様以外には、お伝えしていません」
「それはよかった。……悪いのだけど、今の話は当分、秘密にしておいてくれないか。……ミアレットが女神の愛し子だと知れたら、ディアも放っておかないに違いない。いや、ディアの方が自由が利く分、横取りしようとするだろうな」
「……」
優秀な魔術師を欲しているのは、ナルシェラだけではない。弟のディアメロとて、同じこと。ただ、兄と弟で「魔術師を欲する理由」は少しばかりズレてはいるが。いずれにしても、「女神の愛し子」という強力なカードを、野心家のディアメロが放っておくはずもない。
(ディアは少し強引だからな……。そんなことが知れたら、ミアレットを無理やり従えようとするかも知れない)
ナルシェラは第一王子であるが故に、既に大臣に決められた「形だけの婚約者」がいるのだが……一方、ディアメロには決まった相手はいない。そして、ナルシェラの言う「自由」は決められた婚約者がいないこと、延いては大臣の娘を充てがわれていないことを指す。
大臣・ガラファドは王子に自らの娘を嫁がせることで、名実ともに実権を握るつもりなのだ。更に非常に迷惑なことに、ガラファドの娘・ステフィアはナルシェラを気に入っているらしい。しかしながら……彼女の「気に入っている」は「お人形として側に置く分には構わない」という意味であって、「ナルシェラ個人を好ましく思っている」と言う意味ではなさそうだが。
「ふふ……」
「ナルシェラ様? どうされました?」
「いや、何でもないよ。ただ……少し、楽しかったことを思い出してしまってね。今夜の交流会は本当に、楽しかったよ。色々と勉強になったし、見聞も大いに広がった」
「さ、左様ですか……?」
カーヴェラの滞在期間は、残り3日。魔法学園の視察は散々だったが、確実に収穫はあった。だが、それと同時に……急がねばならないと、ナルシェラは焦りも募らせる。
(孤児院出身ともなれば、ミアレットは本校の学生寮を使う可能性が高い……。彼女がこちらにいるのは、残りわずかな期間と考えた方が良さそうだ)
オフィーリア魔法学園の総本山は聖域と名高い、霊樹・オフィーリアのお膝元に存在している。カーヴェラ分校にさえ、歓迎されなかった「お飾りの王族」が易々と視察できる場所ではないだろう。ミアレットが本校登学試験をパスし、聖域へ足を踏み入れた瞬間。彼女はきっと、ナルシェラの手の届かない存在になってしまう。そうなる前に……何か策を考えなければ。
(……どうしてだろうね、ミアレット。僕はどうして、こんなにも……君を忘れられないのだろう)
心から笑ったのは、いつ以来だろう? 僅かな会話の中でさえ、確かに感じられた心の安らぎ。彼女が相手であれば、自分は感情を飾る必要も、お飾り扱いもされなくて済む。
ナルシェラにとって、ミアレットは……既に、魔力適性以外の部分でも不可欠な存在になりつつあった。
【登場人物紹介】
・ガラファド・サイラック(地属性)
ローヴェルズ王国の大臣であり、傀儡の王を影から操る、実質の最高権力者。41歳。
非常に高い魔力適性を代々受けつぐ名門・サイラック家の当主。
サイラック家はかつて「リンドヘイム聖教」の司教を務めていた家系ではあったが、同団体が瓦解してからは魔力適性を持ち得るだけの貴族として、管轄していた教区を地盤にしぶとく生き残ってきた。
そのため、リンドヘイム聖教を潰した天使達を快く思っておらず、彼女達が運営しているオフィーリア魔法学園を毛嫌いしている。
・ステフィア・サイラック(地属性)
サイラック家の長女であり、ナルシェラの婚約者。16歳。
贅沢と綺麗なものが大好きで、我が物顔でナルシェラに充てられた予算の大半を、「婚約者だから」という理由で化粧品やドレス、宝石集めに使い込んでいる。
父・ガラファドの権力の影響もあり、非常に高慢かつ傲慢な性格。
ナルシェラをお飾りとしてしか考えておらず、ゆくゆくは自身が女王となる事を夢見ている。
【補足】
・リンドヘイム聖教
霊樹戦役以前に、ゴラニア大陸中で信仰されていた宗教、あるいはその布教団体のこと。
元々は天使信仰を主軸とした神界信仰に根ざし、「清く正しい行いをしていれば、魂は救われる」という、非常に真っ当な教義を掲げる団体であった。
しかしながら、伝説上の存在とされてきた天使がクージェ・旧カンバラ(ローヴェルズの前身)間での戦争を止めるために降臨したのを機に、天使信仰が急速に広まった結果、ゴラニア大陸最大の宗教組織へと変貌を遂げる。
一方で、信者が増えると同時に当初の教義は段々と薄れ、宗教組織としての腐敗も進んでいった。
そして、リンドヘイム信者以外を「異端者」と決めつけ、大々的な異端者狩りや魔女狩り(要するに大虐殺である)を敢行するに至ってしまう。
度重なる非人道的な所業に、信仰対象でもある天使達自らがリンドヘイム聖教の「正義」を否定したことで、彼らの狂騒も幕を下ろすこととなったが……残り火はまだまだ燻っている様子。




