3−5 モブの事務職、ナメんなよ
「ちょっと! ナルシェラ様に何を言ったのよ、あなた!」
「ナルシェラ様を悲しませるなんて、身の程知らずですわ!」
「子供だからって、何もかもが許されるわけじゃなくてよ⁉︎」
勇んでやって来るなり、ピーチクパーチクと一方的にミアレットを責める、3名のご令嬢。お名前は存じませんが、少なくとも完璧に勘違いされているなぁ……と、ミアレットは思ってしまう。
(そう言えば……こういうの、会社にもいたっけなぁ……。勝手に騒いで、勝手に恥をかくタイプだわね、これは)
……普通は怒られると、萎縮するものなのだろうが。却って冷静になってしまうのが、大人の諦念というものだったりする。
生前の「マイ」はブラック企業勤めではなかったとは言え、一方的に怒られるのはある意味で慣れていた。簡単に言えば、一時の上司が理不尽なお局様だったのである。その上司は素行に問題があったとかで、「マイ」や同僚達が被害を被ったのは短期間ではあったが。……彼女のせいで「マイ」の精神は良くも悪くも、打たれ強くなっていた。
ニッポンの企業戦士は皆、多かれ少なかれ、理不尽な客のクレームや上司の叱咤激励(勘違い含む)と戦っている。モブの事務職、ナメんなよ……ミアレットは沸々とそんな情熱を思い出しながら、お得意の「キレキレモード」でご令嬢方を迎撃することに決めた。
「別に、失礼な事は何も言ってませんよ? ただ、私なんかより他の方とお話されたら、と進言しただけですけど?」
「嘘、おっしゃい!」
「嘘じゃありませんって。ね、ナルシェラ様?」
そもそも、ナルシェラご本人に誤解を解いてもらえれば、オールオッケイのはず。しかし……肝心のナルシェラは、ご令嬢方の鼻息の荒さに驚いてしまったご様子。隣で目を丸くしては、見事に硬直している。
(って、しっかりしてくださいよ、王子様! 私、あなたのせいで怒られているんですけど⁉︎)
呆気に取られたお顔もお上品なのだから、こういう所は流石は王子様だなぁと、ミアレットはついつい感心してしまうが。今はポカンと口を開けるのではなく、ビシッと誤解を解いてほしい。
「あ、あぁ……そうだね。ミアレットが言っている事は、正しいよ。彼女は他に挨拶するべき相手がいると、指摘してくれたんだ。とは言え……僕はできれば、ミアレットとゆっくり話をしたいのだけど」
だから、放っておいてくれないかな。
ようやく取り戻した穏やかな微笑と一緒に、肩を竦めて見せるナルシェラがそんな事を呟けば。ご令嬢達は顔を真っ赤し、俯くついでに……こっそりとミアレットを睨んでくる。
(……分かりやすッ⁉︎ 分かりやす過ぎて、却って笑えるんですけど⁉︎)
しかし……しかし、である。中身は企業戦士のミアレットは、その程度の「にらみつける」で怯む程、ヤワではなかった。
「はぁ……とにかく、ナルシェラ様。この人達とお話ししてあげてください。それに……お話はナルシェラ様がよくても、私はちっともよくないですし」
「ど、どうして、そうなるんだい?」
「……ナルシェラ様、意外と鈍感なんですね……」
「えっ? えっ……?」
今度は自分が肩を竦める番だと、ミアレットはため息をつく。もちろん、仕返しに令嬢達を「にらみつける」のも忘れない。
「王子様ともあろうお方が貴族様を差し置いて、平民如きに先に話しかけちゃいけないんですよ」
「いや、それこそ誤解だ。僕はきちんと、一通りの挨拶はすませているよ」
「左様で? それじゃ、質問です。……ナルシェラ様はこの人達のお名前、分かります?」
「えっ? そ、そう言われれば……あぁ、そうだね。……確かに、名前は覚えていない。顔も……うーん、似たり寄ったりで見分けがつかないな……」
力なく吐き出されたナルシェラ様のお答えに、令嬢様達はショックを隠せないらしい。名前を覚えられていないだけではなく、容姿まで「似たり寄ったり」と言われ、散々である。
「いいですか? ナルシェラ様」
「う、うん……」
「皆さんは何が何でも、王子様とお近づきになりたいんです。私は平民ですから、ナルシェラ様に覚えてもらわなくても、大丈夫ですけど。……気楽なはずの交流会にここまで着飾ってきたのは、どうしてもナルシェラ様達とのご縁が欲しかったからだと思いますよ。貴族様達は王子様の覚えがめでたい方が、いいに決まっていますからね」
「あぁ。そういう事、か……」
「それなのに……ナルシェラ様が話しかけてきて、勝手に悲しそうにされるから。私は一方的に怒られて、散々じゃないですか」
「そう、だな。そうか、それは……悪かった」
「まぁ、私は怒られ慣れてますから、いいですけど。大体ッ! 護衛の方はどうしたんです、護衛の方は! 王子様が単身でフラフラしてたら、心配されるでしょう⁉︎」
そこまで言い切って、ビシッと注意するミアレットだったが。対するナルシェラは一頻り驚いた後、絞り出すように意外な事を呟く。
「心配……? 君は僕を心配してくれるのか……?」
「いや、普通に心配するでしょう……これは。仮に私が暗殺者とかだったりしたら、どうするんです……。簡単にやられちゃいますよ?」
何気なく放たれた、ミアレットの例え話。しかしながら、ナルシェラは何気ない言葉に嬉しそうにしていたかと思うと……いよいよ腹を抱えて、クスクスと笑い出した。
「そう……そうか。それじゃ、注意しないといけないな。ふふ、ふふふ……! そうだね。ミアレットが万が一、暗殺者だったら、僕はひとたまりもなかったろう!」
「えっと……ココ、笑う所じゃないんですけど……?」
「い、いや……すまない。ミアレットが暗殺者だなんて、雰囲気があまりにかけ離れていて……」
「あぁ、そういう事ですかぁ……。要するに、私の間抜け面では警戒心さえ起こらなかったと」
「うん、まぁ……そういう事、かな?」
言ってくれるじゃないか、このキンキラリンプリンスめ。自虐をアッサリ肯定するんじゃない。
「とにかく、ナルシェラ様は相応しい場所にお戻り下さい。それと、まずはこの方達のお名前もちゃんと覚えてあげて下さい。……自己紹介したのに覚えてもらえないなんて、惨めじゃないですか」
「あぁ、そうするよ。……ふふ。何から何まで迷惑をかけたね、ミアレット。ただ……」
「ただ?」
「……いや、なんでもない。……今はやめておこう」
「……?」
何かを言いかけたが、ナルシェラはフッと小さく息を吐いて、名残惜しそうにその場を離れていく。そうして周りを囲い始めた令嬢達にも、柔らかく微笑むが。しかし……そんな彼の笑顔にはどこか影がある気がすると、ミアレットは改めて気づくのだった。




