3−2 場所は選ぶべきですね
どこぞのアイドルよろしく、キラリンと笑顔を振りまく、男子2名様。彼らがそれらしく歯を輝かせ、ポーズを取るたびに、その他大勢から歓声やら嬌声やらが漏れるが。……ミアレットはまたも変な奴が出てきたと、ついつい遠い目をしてしまう。
「……えっと、どちら様です? エルシャはこの人達、知ってる?」
「ウゥン、知らない……あっ、ちょっと知っているかも……」
「ちょっと知ってる?」
「う、うん……何となく、お顔に見覚えがあると言うか……」
彼らの顔にピンと来たらしい。エルシャが「もしかしたら」と前置きした上で、彼らが何者なのかを説明してくれるが……。
「この間、お父様が領地視察に王族の方がお見えになるんだって、言っていた気がする」
「えっと……それじゃぁ、この人達っていわゆる王子様って奴?」
「う、うん、そうだと思う。私も、お会いするのは初めてだけど……。お姿絵を見たことがあって」
そうして続く、エルシャの解説によると……青い瞳の方が兄のナルシェラ様、緑の瞳の方が弟のディアメロ様とおっしゃるらしい。
(うあぁぁぁ……名前もどことなく、チャラチャラしてる気がするぅ……)
エルシャの差し障りのないご紹介にさえ得意げな顔をしだすのだから、滑稽でしかないが。ナルシェラ様とディアメロ様はお構いなしである。
「ふふっ、そちらのお嬢さんは僕達のことを知っていたようだね?」
「はい、一応は存じています。ただ、王子様達が普通に歩いているなんて、想像もできませんでしたけど」
「そうだろう? そうだろう! 僕達はわざわざ、君達と同じ高さまで降りてきたんだから! 本来であれば、同じ空気を吸うことさえ、できないんだからね」
そんな「雲の上の人」なはずの彼らだが時折、こうして「市井の様子を見に」下界へと降りられるとのこと。
ミアレット達が住んでいる「カーヴェラ」は自治領・ルクレスの首都である。そして、ルクレスのような自治領の集合体が「ローヴェルズ王国」であり、王都・グランティアズにはローヴェルズ王をはじめとする、王族達も暮らしている。故に、統治者である王族は一律「偉い人」である事は間違いないのだが……。
(でも、ローヴェルズって、王様はハリボテなんだっけ……?)
終始、得意げに胸を張るディアメロ様。しかしながら、ミアレットは彼らの薄っぺらい存在感に「アハハ」と乾いた笑いを漏らしてしまう。
それもそのはず、ローヴェルズの王族は「象徴としての存在」でしかない。クージェの帝王は実力主義の元、相当に選び抜かれた「賢帝」が即位することになっているが、ローヴェルズ国王は頑なに世襲制で選ばれる。そんな事情もあり、ローヴェルズ王国史を紐解いても、統治者は「愚王」揃いだと揶揄されることが多く、クージェ帝王と比較されたらば、威厳はなきに等しい。
「えぇと……それで? どうして、王子様達がこんな所で愛想を振りまいていらっしゃるんでしょうか……?」
「よくぞ、聞いてくれた。僕達は、父上から魔法学園の視察を任されていてね」
「有望な魔術師を王宮に迎えたくて、頑張っているみんなの様子を見に来たのさ」
キラーンと効果音が付きそうな仕草で髪をかき上げるディアメロ様に、すぐさま上がる黄色い声。ミアレットにはそれら全てが茶番に見えるが……前提条件が抜けている気がすると、首を傾げる。
「でも、それ……要するに、引き抜きってことですよね? ヘッドハントの許可、取ってます? オフィーリア魔法学園が設立された目的からしても、魔術師をおいそれと引き渡さないと思いますけど……」
オフィーリア魔法学園は魔力適性があれば、誰でも入学できる。魔力適性の獲得が血筋に影響される手前、どうしても貴族出身者が多くなりがちではあるが、入学希望者が貴族であれ、平民であれ、授業料を要求してくる事はない。いや……学園側が提供してくれる物資や設備を考えたら、むしろ生徒側が「儲けている」とする方が正しいか。
魔術師帳の無償提供に始まり、学生寮も希望があれば、無料で利用可能。流石に食事までは全額タダとはいかないが、授業に出るだけでも学園内通貨でもある「チケット」が支給されるし、成績優秀者であれば食費も十分に捻出可能だ。
そして、学園側がここまでの厚遇を用意している理由は、ただ1つ。優秀な特殊祓魔師を育成し、深魔に脅かされている世界を守ること。その理想を叶えるため、彼らは魔術師の卵達を集め、磨き上げるのに余念がない。そこまでして「囲っている」生徒達が横取りされるのを、学園側は無条件で良しとしないだろう。
「……なるほど。そちらのお嬢さんは、なかなかに鋭いようだ。確かに、学園側の許可は取っていない」
「でしょうね。オフィーリア魔法学園はある意味で、治外法権の塊みたいな集団ですし。営利目的でもない以上、いくら王様が出てきたところで、従う義理もないかと」
「ほぅ……!」
淡々としたミアレットの語り口に、ナルシェラが感嘆の声を上げる。一方で、ディアメロは兄が満足げな顔をしているのが理解できないらしく、やや不服そうに自論を述べるが……。
「そんなの、関係ないだろう? 僕達に従いたいとなれば、退学だってできるのだろうし。そこは本人の意思を尊重するべきじゃない?」
「もちろん、それはそうですけど。でも、場所は選ぶべきですね。……ここ、思いっきり学園の敷地内ですし。部外者が堂々と勧誘活動をできる場所じゃないと思いますよ?」
「う、うるさいな! 僕達は王子なんだ! 貴様、不敬だぞ、不敬!」
ミアレットの当然の指摘に、顔を真っ赤にして怒り出すディアメロ。そんな彼の様子に、背後に控えていた護衛らしき騎士も手を剣に添えては、脅しの姿勢をとっているが……。
「それ以上はやめておけ、ディア」
「兄上……?」
「それに、ラウドも。その剣は僕達を守るためのものであって、脅すためのものじゃないだろう」
「ハッ、失礼いたしました」
意外にも、ナルシェラが冷静にその場を取り繕う。そうしてミアレットに向き直ると、素直に謝り始めた。
「弟がすまなかったね。僕も君の言う通りだと思うし、場所が悪かったのは認めるよ。……でも、そうだな。もし、興味があれば、週末に開催される交流会に来てくれないかな。もちろん、そちらのお嬢さんもご一緒に」
「は、はぁ……エルシャ、どうする? 私はあまり気乗りしないんだけど……」
「うーん……多分だけど、私は行くことになると思う。お父様も招待されていたし……できれば、ミアレットにも来てほしい、かも……」
「あっ、そうなるのね」
エルシャの縋るような面持ちに、それならばお供しましょうとミアレットは同意を示す。そんな彼女の様子に……ディアメロは面白くなさそうな視線を向ける一方で、ナルシェラはますます興味深いと、目を細めていた。
【登場人物紹介】
・ナルシェラ・ヴァンクレスト・グランティアズ
ローヴェルズ王国の第一王子。17歳。
翡翠色の髪に紺碧の瞳を持つ、煌びやかな印象の青年。
ローヴェルズの王族は諸事情により、魔力適性を完璧に失っており、魔力適性の復活は彼らの悲願でもある。
ナルシェラ自身も魔力適性がないために、魔法学園へ入学することができず、魔法の勉強をする機会に恵まれなかった。
魔法の代わりに帝王学を学ぶ傍ら、妃には優秀な魔術師を切望している。
・ディアメロ・ヴァンクレスト・グランティアズ
ローヴェルズ王国の第二王子。16歳。
翡翠色の髪に萌黄の瞳を持つ、華やかな印象の青年。
兄と同じく魔力適性に恵まれず、軽薄な言動とは裏腹に、相当に鬱屈したコンプレックスを抱いている。
その反動か、必要以上にプライドが高く、自身の価値を高めるために優秀な魔術師を従えることを画策している。
・ラウド(炎属性)
グランティアズの王宮騎士であり、ナルシェラの護衛を務める。32歳。
剣だけではなく攻撃魔法も使いこなす、魔法剣士。
やや頭に血が昇りやすい傾向があり、衝動的に行動してしまう悪癖がある。
一方でナルシェラには何やら恩があるようで……第一王子には絶対の忠誠を誓っており、彼の命であれば衝動を抑えることができるらしい。




