1−5 メチャクチャな世界観
霊樹戦役。ゴラニア大陸にて121年前に勃発した霊樹の盛衰と擁立に伴う戦争のことで、世界全ての魔力の在り方そのものに影響を及ぼす、霊樹とありとあらゆる生命の存続を賭けた戦いでもある。
きっかけは本当に、些細なこと。事の発端は大天使・ミカエルによる神界への個人的な反駁から始まったとされている。彼女は自身の実力を認めず、正当性を無視し続けた神界……延いては、姉である天使長・ルシフェルへの復讐を強く望み、水面下で人間界の霊樹・ユグドラシルや、機神界の霊樹・ローレライの性質を利用し、神界の霊樹・マナツリーをも滅ぼそうとした。
しかし、ローレライには秘密裏に封印されていた古代の悪しき女神・クシヒメと、神界より放逐された世界樹の主人・セフィロトが眠っていた。そんな事情は、露知らず。ミカエルがローレライを作り替えてしまった事により、太古より封印されていた神々をも解放するに至ってしまったのだ。そしてミカエルが滅ぼされても、尚。彼らの作り出した暗黒霊樹・グラディウスは世界に悪しき魔力……瘴気を大量に吐き出し、世界を混沌へと陥れた。
そんな霊樹を鎮めるべく、天使・悪魔・精霊は互いに協力し合い、ようようグラディウスを鎮静化せしめるが。……グラディウスを完全に根絶やしにすること、叶わず。グラディウスの苗木はどこかに根付いており、かの霊樹が吐き出す悪しき魔力によって「深魔」が発生するようになった……。
***
(またまた、そんな事を言われましても……)
天使と悪魔、そして堕天使までもが和解している「メチャクチャな世界観」を紐解くため。勇んで図書室に足を運んだはいいものの。あからさまに複雑な世界の様相に、ミアレットはこれまた机に突っ伏してはウンウンと唸っていた。
尚、優等生(にならざるを得ない)なミアレットは毎朝、魔法や歴史の勉強のために魔法学園分校の図書室に入り浸るのが日課になっているが……当然ながら、元の世界に帰ってライブに参加するという目的があるからであって、彼女が取り立てて真面目な訳ではない。
(ゔぅ。ますます、女神様の思うツボな気がするわー……)
それでも、努力と勉強をしない事には、この世界では満足に魔法を使うことはできない。とりあえずの発動はできたとしても、概念を理解し得ない限り「アレンジ」ができないともなれば……努力も勉強も、するしかないのであった。
(とにかく、教室に戻ろ。……確か、今日は選考試験の概要説明があったはず……)
当然ながら、ミアレットは選考試験の突破……つまり、オフィーリア魔法学園本校への登学を全力で狙っている。魔法の全てを学ぶ事ができるとまで言われる、魔法の殿堂にして、最高の学び舎。魔術師を志すものなら、本校に足を踏み入れられなければ話にならない……そんな共通概念が、このゴラニアには浸透している。そして、「元の世界に帰るための魔法」を構築するためにも、既存の魔法を知り尽くす事は必須事項。本校登学を目指すのもまた、ミアレットの「ハズせない目標」であった。
(でも……わざわざ試験をやるって事は、適性だけじゃダメってことだよね……)
片や、オフィーリア魔法学園側は各地に分校を置くと同時に、優秀な生徒を竜王都に本拠地を構える魔法学園本校へ招待するのにも、余念がない。女神様達も魔術師を増員することを望んでいたようだが、見込みがない者までもを受け入れるつもりもないのだろう。だからこそ、分校で生徒を篩にかけると同時に……優秀な魔術師候補生を集めようという魂胆なのだ。
(本校の所在地は、北の絶海の孤島……)
本校と分校では、転移装置(魔法道具の一種である)にて容易く移動できるため、学生寮に入居する生徒もいるが、分校を経由して本校へ通う生徒も多いらしい。
そして、そんな絶海の孤島に広がる竜王都の中心部には、竜族と人間を見守る霊樹・オフィーリアが聳えている。竜族の長老・オフィーリアが先の大戦を収束させるために霊樹へと姿を変えたと言い伝えられ、その膝下には最強の精霊として名高い、竜族の聖域が広がっている。オフィーリア魔法学園はそんな聖域に位置しており、オフィーリア魔法学園本校へ足を踏み入れることは、聖域へも足を踏み入れるということ。これは魔術師にとって、何にも変え難い栄誉なのだとか。
(でも、シルヴィア様がオフィーリアの女神、なんだよねぇ。……今更、聖域って言われても、ピンとこないかも)
ミアレットには女神様達から与えられた、「魔力チート」の利はあっても、賢さや知識はチートでは賄えない。自分で言っていて、「チート(直訳すれば、タダのイカサマである)」だなんて格好悪いと思いつつ。それでも、この世界では「無条件でチート級に最初から活躍できる」なんて甘さもないのだと、やっぱり苦笑いしてしまう。
(って、あれ? なんだろう? もしかして……遅れちゃったかな?)
ミアレットが目指す教室の前は、既に賑やかな人集りができている。そのタダならぬ様子に、もしかして説明会に遅れてしまったか……と、慌てて時間を確認するが。……魔術師帳のパネルには午前7時46分と表示されており、始業まではまだ14分の余裕がある。
(ま、いいや……孤児の私には関係ない事だろうし……)
普段から楽しげなイベントにはお誘いの言葉さえ、かからない。しかしながら、寂しさを覚えたことは1度もなく、それはそれで気楽だと割り切っていた。そうして、ミアレットはいつも通りに教室へと入ろうとするが……。
「ミアレット! ちょっと、話があるんだけど!」
(うげっ……! 朝から、アホ雪のお出ましかよ……)
いつも以上に賑やかな取り巻きに、囲まれて。エルシャがツカツカとミアレットの方へやってくる。今日も今日とて、場違いな程にフリフリのドレスを着込んだ彼女の姿に……ミアレットは、朝からテンションを急降下させていた。
「……私には話す事、ないんだけど。昨日もお願いしたよね? いい加減、放っておいてくれない? 悪口なら、ご自由にどうぞ?」
「ゔ……きょ、今日はそうじゃなくてぇ……これから、仲良くできないかなぁって、思ったの。それで……」
「あぁ、そういう事? だったら、お断りだわ」
「ちょっと、まだ何も言ってないでしょ⁉︎ 折角、私が……」
「今の今まで、意地悪しかしてこなかった奴が、どのツラ下げてんのよ。あんたとは一生仲良くするつもりはないし、仲良くできなくても困らないし」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃない!」
……尚、ミアレットのキレキレモードは維持されたままである。「狭すぎる世間様」の存在もあり、吹っ切れて、突き抜けてしまったミアレットに怖いものはないのだった。
「今までのことは、謝るわ。だから……えぇと……」
「言いたい事は、分かってるわよ。どうせ、選考試験でペアを組んで欲しいとか、言い出すんでしょ? だから、お断りだってば。あなたなんかと組んだら、足を引っ張られるのも目に見えてるし。他の仲良しさんを当たってくれない?」
「なっ……!」
今までの仕返しとばかりに、プイと意地悪くソッポを向いて。ミアレットは足早に教室へ入ろうとする。だが、そんな彼女を更に呼び止める者があって……耳障りな黄色い声に包まれてやってきたのは、少しばかり年上と思われる銀髪の美少年だった。
【登場人物紹介】
・ルシフェル(地属性/光属性)
神界の眷属・天使にあって、最高権威を誇る天使長。
ミカエルを含む、実の妹達でもあった「始まりの大天使」をマナツリーの命により、その手で粛清した過去を持つ。
その後、彼女達の過ちを正せなかった事に責任を感じ、自ら命を絶つが……そのまま闇堕ちを果たしてしまい、大悪魔・傲慢のルシファーとして迎え入れられる羽目に。
1000年程魔界で鬱屈した日々を送っていたが、神界側の要請により、天使長として再び返り咲く。
非常に真面目であるが故に、何かと羽目を外しがちで「ミーハー」な天使達をまとめるのに、常々苦労しているらしい。
【補足】
・天使とその階級について
マナツリーによって魂を見定められ、「聖痕」を持つ少女が死後に転生した姿。
聖痕を持つ以外に、処女である事が転生の条件とされているが……転生後は色々な倫理観が壊れるのか、全体的に恋愛系統の話題に弱く、ほぼ全員が「恋に恋するお年頃」な集団である。
天使は翼の数で階級が分かれており、二翼の「下級天使」から六翼の「上級天使」までが一般階級、そして八翼の「大天使」は天使長・マナツリーの両者に認められたエリートであり、最大数で4名までしか選出されない。
大天使はそれぞれ人間界の安寧を見守る「救済部門」、人間の魂の濁りを監視し、転生を見守る「転生部門」、人間界に害をなすものを殲滅する「排除部門」、精霊や悪魔との関係をより良く築くための情報を管理する「調和部門」の部門長を請け負っている。
現在は諸事情により救済の大天使階級が空位のため、調和の大天使・ルシエルが救済部門の長を兼任している。




