2−34 お嬢様はやっぱり、お嬢様だった
「ゔっ……」
その身に纏う、空気や威厳は軽薄でも。大天使ともなれば、回復魔法はお手の物。ミシェルが手早く展開した回復魔法を受け、身と心は持ち直したアンジェレットの瞼が上がる。
「……えぇと? ランドル、これ……どういう状況なの?」
「お嬢様、何も覚えていないんすか?」
「覚えているわけ、ないじゃない! 私が覚えていない事も、代わりに覚えているのがお前の仕事でしょ⁉︎」
「お嬢様はやっぱり、お嬢様だった……。とりあえず、お嬢様だけでも無事で何よりっすよ」
しかし、第一声がこれである。相変わらずのアンジェレットの理不尽に、ランドルだけではなく、その場にいる全員が生乾きの笑いをこぼしてしまうものの。むくれた顔で起き上がったアンジェレットの表情が、すぐさま困惑の色を帯びる。
「……どういう事……? 屋敷が、屋敷が……!」
「お嬢様、一応説明しておくと、ですね。……本日をもって、ヒューレック家は潰れました。それで、生き残ったのもお嬢様だけみたいなんすけど……」
「なん、ですって……?」
ランドルの衝撃的な申告に、ワナワナと震えていたかと思うと……突然、絶叫するアンジェレット。そうして、そのままワンワンと泣き出すが……。
「ウエェェェェン! 私のコレクション……! 私のコレクションがぁ……!」
「……へっ? お嬢様……コレクションて、なんすか? つーか……普通はご両親がいなくなった事とか、家がなくなった事とかを先に気にするべきなんじゃ……?」
「確かに、それもそうだけどぉ! あれは私がコツコツ工夫しながら、集めてきたものなの……! いつか着られるようにって、ダイエットも頑張っていたのに……!」
涙ながらに、お嬢様が語ることには。
趣味の美術鑑賞が高じて、名画の数々に描かれている「女傑達」のようになりたいと、こっそり様々な努力をしていたそうな。
要するに、だ。……例の黒歴史部屋で見かけた「美少女風アンジェレット」の肖像画に、華々しいドレスやコスチュームプレイ衣装は全て美術鑑賞の副産物だった、という事になるらしい。
「……だって、すぐ近くに立派な美術館があったし……。私、本当は魔法よりもファッションとか、絵の勉強がしたかったの。それで、デザイナーになりたかったのよ。でも、お父様やお母様には猛烈に反対されて。……自分達だって、大して魔法が使えないくせに、私にばっかり魔法の勉強を押し付けるんだもの」
(いや、あのセンスでデザイナーはないわー……)
ご本人様はきっと、知らないのだろう。ミアレット達が諸事情により、アンジェレットが独特なファッションセンスの持ち主だと、知っていることを。ミアレットだけではなく、アレイルとランドルも苦笑いをしているが、アンジェレットはお構いなしだ。
「しかも、用意してくれるドレスも、どれもこれもパッとしないんだから。色使いも、デザインも微妙過ぎて、嫌になっちゃう」
「そっ、そうですか……」
そうして「何もかもが平凡だった」らしい、両親に対する不満をぶちまけにぶちまける。どうもアンジェレットは両親に対して、相当に不満が溜まっていた様子。グチグチと両親の不出来をあげつらい、挙げ句の果てに「いなくなって清々する」とまで言ってのけた。
「いや……お嬢様。流石に、そこはご両親がいなくなったと悲しむ場面でしょうに……」
「ま……普通はそうよね。私だって、自分の感覚がおかしいのは分かっているわよ。でも……正直な所、これで自由になれるんだって考えたら、悲しくないのよね。涙すら出やしない」
まるで憑き物が落ちたようだわ……なんて、言い得て妙な事を言いながら。清々しい顔を見せる、アンジェレット。自己中心的なのは相変わらずのようだが、心迷宮の元凶がいなくなったせいか、身も心も軽くなったとばかりにニコニコとしている。
「……ね、アレイル。もしかして、これって……例の復活効果だったりする?」
「えぇ。大方、ミシェル様の予想は合っていると思います。DIVE現象の展開・収束のサイクルには不安や心の闇を具現化し、残滓を現実世界に吐き出すことで……宿主の精神が安定する傾向が認められています」
「そー言えば、アケーディアもそんな事を言ってたわね。……とは言え、深魔から元に戻れるのは、相当にラッキーみたいだけど」
「ま、そーだよねぇ。ちゃんとした特殊祓魔師が、運よく近くにいればいいけど。最近じゃ、ヒヨッコ魔術師がしゃしゃり出てきて、強引にやらかしちゃうって聞いたし。……そのせいで生還できるはずの子も、振り切れちゃったりするんだよねぇ」
一方で、人外娘3人組はアンジェレットを抜かりなく観察している。ミシェルがやや恐ろしい事を言ってはいるが……彼女達の言からするに、アンジェレットは運が良かったとするべきなのだろう。実際、彼女は生まれ変わったように、穏やかな表情をしていて。状況は悲惨なのに、表情の悲壮さは既にない。
(しかし……今、気にする事じゃないけど。……この組み合わせって、おかしくない?)
天使に悪魔、そして堕天使。そんなチグハグな3人組が顔を突き合わせて、あれやこれやと議論を交わしているが。最後は満場一致で、彼女の不自然なまでの清々しさもDIVE現象の波及効果だと割り切った様子。それ以上は何も言わず、アンジェレットとランドルのやりとりを見守っている。
「そうは言っても、ですよ? 収入も屋敷もなくなって、どうやって生活するんすか。えぇと……お嬢様にご親戚は……」
「そんなもの、いないわ。でも、あなたに任せておけば、大丈夫なんでしょ? ……私、知ってるんだからね。ランドルがこっそり、別の場所で働いてたの」
「……そっすか。なーんだ。知ってたんすね……」
アンジェレットの指摘に、ランドルが困ったように頭を掻いている。魔法学園への入学資格もあれば、アンジェレットの護衛という理由もあるのに、ランドルが学園へ通わなかった理由。それは偏に、ヒューレック家が没落することを想定し、別口の生活手段を整えていたかららしい。それもこれも……。
「……俺はなんだかんだんで、お嬢様がいないと寂しいんすよ。こんなにも構い甲斐があって、いかにもなお馬鹿さんは他にいませんし。お嬢様と一緒なら、俺は退屈しなくて済みそうだなぁ……って、思ってたんすよね。だからヒューレックが潰れても、なんとかできるように準備はしてたんすけど」
意外なランドルの告白に、アンジェレットがフフンと得意げに胸を張るが。彼の言葉に捨て置けないキーワードがあったのにも、気づいたらしい。今度は丸顔の頬を膨らませて、不満げな表情を見せる。
「さりげなく、私のこと……お馬鹿さんって言ったわね?」
「えぇ、言いましたね。でも、その様子だと……自覚、あるんでしょ?」
「……そう、かもね。そろそろ、自覚しないと……いけないわよね」
それに、屋敷も無くなっちゃったし……と、現実も見つめ始めたアンジェレットがため息をつく。収入云々よりも、まずは住む場所を探さなければならないと気づいた様子だが。いくらランドルが、多少は準備していたとは言え。着の身着のままでポンと放り出され、すぐさま生活基盤を整えるのはなかなかに難儀である。




