2−31 心残りも、やり残しも、たくさんあるけどね
「どうやら、まんまと逃げられたようね……!」
いつの間にか、スーツ姿に戻ったアレイルが悔しそうに唇を噛んでいる。それでも、最後まで仕事はしなければと思い直したのだろう。今度は1つ嘆息すると、ミアレット達に向き直っては……仕方ないと、肩を竦めた。
「兎にも角にも……予想外の結果にはなったけれど、今回の攻略は完了と見ていいわ。……心残りも、やり残しも、たくさんあるけどね」
彼女によれば、元凶と目される「魔人・シャルレット」がいなくなったことで、アンジェレットの心迷宮とはそろそろ「お別れ」になるらしい。アンジェレットの心迷宮に、どうしてシャルレットがいたのかはそれこそ、原因不明だが。これ以上の滞在は許されない以上、原因追求は「向こう側」に帰ってからになりそうだ。
(だとすると、この心迷宮はアンジェレットさんだけのものじゃなかったって、事かしら……)
と、そこまで考えて……先程までの地下牢エリアはアンジェレットの心迷宮だったんだろうと、ミアレットは思い出す。もし、上層エリアもシャルレットの心が作り出していた場合、モリモリに美化された肖像画を黒歴史部屋に飾ったりはしないだろう。
(それはそうと……セドリック、どうしちゃったんだろう……)
段々と暗転していく、地の底で。ミアレットはぼんやりと、彼の視線を思い返しては……プルリと震える。周囲を見下す癖は拭えていないようだったが、ミアレットには割合、好意的な態度だったように思う。だが、彼の「人間らしい態度」を垣間見た瞬間、ミアレットは言いようのない寂しさを覚えたのだ。漠然としてはいるが。セドリックはミアレットを見つめて、どこか安心した表情を確かに見せていて……。
(いやいやいや……それはない。多分、ない。セドリックが私を好きだったなんて……)
あり得ない、はず。エルシャにそれらしき事を言われもしたが、それだけは違うと信じたい。
確かに、セドリックはミアレットに対抗心を見せたとは言え、敵対心は見せていない。それに、素直にミアレットに対して「羨ましい」と言ってのけたのだから、内面的にも成長しているのかも知れない。しかし……。
(あの寂しそうな表情が、ひっかかるのよね。……そんな顔をしなきゃいけないんだったら、独りになろうとしなくても良かったじゃない)
彼の見た目は既に、人のそれではなかった。「悪魔になりたい」と言ってのけたのは、紛れもなくセドリックその人ではあったが。……孤独を選んでまで、悪魔になる必要がどこにあったと言うのだろう。長生きするため? 魔法を極めるため? それとも……純粋に強くなって、威張るためだろうか? いずれにしても、今のミアレットには彼の心情は理解できそうにない。
「……まずは、無事に現実世界にコネクトされたわね。じゃぁ、早速。レジストの確認をしましょうか」
「えっ? いきなりですか⁇」
「その方があなたも気楽じゃないかしら? ……セドリックの事、引っかかってるんでしょ? でも、逃げられてしまったものは仕方ないわ。気晴らしがてら、戦果の山分けと行きましょ?」
「……そう、ですね」
足元の感触は、紛れもなく現実世界のそれではある。だが、周囲の光景は戻りきっておらず……まだまだ薄暗いまま。それでも、ここは気分を切り替えるべきだと判断したのだろう。アレイルが半ば強引に、ミアレットの魔術師帳に「探査結果」を送信し始めた。
***
発生対象:人間(幼体)
発生日:人間界暦 2722年 290日
発生レベル:★★★★
報酬分配:レシオ
最終迷宮性質:レジスト・風属性
最終深度:★★★★★★★
戦果状況
アレイル(クラス:ダークスレイヤー)
貢献度:45%
ミアレット(クラス:メイジ)
貢献度:29%
ランドル(クラス:エンチャンター)
貢献度:26%
トロフィー
①ショウジョウの牙 ×2
②ウィンドブルーム ×1
③コメットブレード ×1
④コズミックワンド ×1
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②〜④は例の「黒歴史部屋」から持ち出した道具が、無事に具現化したものだろう。無難なネーミングもさる事ながら、見た目も標準的になっているのを見ても、アンジェレットの隠れ趣味はしっかりと抜けきった様子。……これはこれで、面白みがないと言ってしまえば、それまでだが。少なくとも、ユーザー側からはありがたい変化ではある。しかし……。
「ランドルさん、残念だけど……」
「そっすね。魔法駆動車は持ち出せなかったみたいっすね……」
しまい込んだまま一度も使わなかったせいか、肝心の魔法駆動車はトロフィーに存在していなかった。ミアレットの【アイテムボックス】からも項目が削除されており、跡形もなく消え去っている。
(なるほど……心迷宮で手に入れたアイテムは冗談抜きで、使わないと持ち帰れないのね……。しかも、う〜ん……やっぱり、今回の心迷宮攻略は失敗になるのかしら?)
前回はわんさと具現化した「深魔の破片」が1つもない事から、今回の心迷宮攻略は「正しく深魔を鎮められた」という判定にはならなかったのだろう。それでも、魔物討伐の証とばかりに……事実上のボスの戦利品はしっかりと表示されているのを見る限り、お餞別は持たせてもらえたようだが。……やはり使い所が分からないため、ミアレットとしては不気味さが勝る。
「じゃぁ……私はショウジョウの牙を頂こうかしら?」
ミアレットの不安を知ってか、知らずか。懸念がたっぷり詰まったショウジョウの牙を、アレイルが早々に引き取る。なんでも、魔物が落とした残滓は魔法学園では研究対象になっていると同時に、優れた魔法道具素材になり得るのだそうだ。
「それで……武器はそれぞれ、そのままお持ちなさいな。アンジェレットさんから託された道具なんだから、2人とも大切にしないとダメよ?」
「そっすね。剣はこれからも役に立ちそうだし、ありがたく頂戴するっす」
「私もそうします。……なんだかんだで、かなり助けられましたし」
魔女の箒は暴走癖があるけれども。それぞれに頼もしい道具なのは間違いないと、ミアレットも納得せざるを得ない。
(アハハ……本格的に、武器を持つことになっちゃった……。でも、杖と箒なら、そんなに危なくないかもぉ……)
いずれにしても、このラインナップなら……最前線に立つことは免れそうか?
「……さて、と。改めて、お疲れ様……と、言っておきましょうか。でも、この有様じゃ……そんな事を言っている場合でもなさそうね」
「えっ?」
DIVE現象が収束し、ようよう本格的に現実世界に帰還できたのも、束の間。アレイルが睨みつける先には、かつてはヒューレック邸だったと思われる、瓦礫の山に……その頂点から、こちらを見下ろしている人影が3つ。そのうちの1名は、何かを大切そうに抱えている様子だが……。
(えっと……誰だろう?)
ミアレットには彼らの顔ぶれに、見覚えはない。だが……片や、ランドルにはそのシルエットには有り余る心当たりがあるらしい。睨みつけるように「彼ら」を凝視していたかと思えば……意外なことを、低く呟く。
「父上に、兄上……」
「えっ?」
身内だと言うのに、剣呑に交わる視線と視線。すぐ隣で殺気を醸し出し始めたランドル相手に……ミアレットはかけるべき言葉を、しばらく見つける事ができなかった。
【武具紹介】
・ウィンドブルーム(風属性/攻撃力+38、魔法攻撃力+60)
アンジェレットの心迷宮より具現化した、魔法武器。
攻略の結果、ミアレットが正式な持ち主となった。
穂に魅了効果があるチャームストローを利用しており、穂先で叩かれた相手を一定確率で「ステータス異常:魅了」にすることができる。
攻撃力は控えめだが、追加効果が便利であることと、飛行能力も備えているため、何かと役に立つ道具である。
・コメットブレード(風属性/攻撃力+46)
アンジェレットの心迷宮より具現化した、魔法武器。
攻略の結果、ランドルが正式な持ち主となった。
魔法武器としてのステータス追加上昇効果はないが、一定確率で装備者の攻撃力を一時的にアップさせる効果がある。
片手で扱うにも程よい長さと重さのため、初心者にも扱いやすい。
・コズミックワンド(風属性/攻撃力+66、魔法攻撃力+80)
アンジェレットの心迷宮より具現化した、魔法武器。
攻略の結果、ミアレットが正式な持ち主となった。
杖なのに下手な剣よりも攻撃力が高く、直接攻撃の性能もさる事ながら、専用の遠距離攻撃(物理)をも備えているため、色々な意味で凶悪な武器である。
【補足】
・チャームストロー
主に媚薬の原料として利用される、魔法素材。
古来から魔法薬のレシピにも登場してきたが、ゴラニアでは魔力枯渇と同時に生産不能となっている。
現代の入手ルートは魔界由来となっており、現実世界側の発生はアスモデウスの領地・色欲の所轄地のみ。
なお、厳密には「チャームストロー」と言う植物は存在せず、特定地域の魔力を吸って生長した稲科植物の副産物である。




