2−30 こんな所で再会するなんて
あぁ、漆黒の闇深い地底にて。艶かしい悪魔の白肌が眩しい、今日この頃。
ミアレットはヒュンヒュンと身軽に飛びつつも、シャルレットの根っこを容赦なくズタズタに叩き割るアレイルを目で追うのにも、疲れ始めていた。しかも、彼女は宣言通りに敢えて致命傷を外しつつ、相手が痛がる部分を執拗に狙っている様子。ここまでくると、その所業は悪辣過ぎるにも程がある。
(アレイル先生、悪魔モードに入られたみたいだし……。ここは邪魔にならないようにしておこう……)
相手は漆黒霊獣に匹敵するボスだと思われるが、アレイルは器用に弓と斧とを使い分け、的確にシャルレットを追い詰めていく。この調子では、ミアレットとランドルの出番はなさそうだ。出来ることと言えば、足手纏いにならないよう、大人しく観戦する事くらいか。
「ギャっ⁉︎ い、痛い……! ちょっと、何するのよ!」
「もちろん、深魔討伐をしているのだけど?」
「討伐、ですって⁉︎ 私は魔物なんかじゃないわ! 私は……キャァッ⁉︎」
「……お黙りなさいな。深魔に成り下がったあなたの事なんか、どうでもよくてよ」
底冷えするような言葉と視線を投げられて。異形の姿のまま、今度はシャルレットもプルプルと怯えて震え出した。それでも尚、アレイルはヒラヒラとおちょくるようにシャルレットの鼻先を掠めながら、挑発をやめない。
「しかし……まぁまぁ、あなたは未熟もいいところみたいねぇ。ランドル君から、聞いてもいたけど。魔力適性のない子は所詮、この程度かしら。……ゴリラの方が、よっぽど手応えがあったわね。そろそろ、いたぶり飽きちゃったわ」
「く……グリプトン、グリプトンはいないのッ! いつまで私を待たせるつもりよ⁉︎」
絶望的なまでの実力差を見せつけられて。シャルレットが堪らず、喚き散らす。しかし……彼女が望む従者は一向に現れる気配もない。そんな悲鳴にも近い甲高い絶叫に、返答する者はいない……と、思われたが。
「……グリプトンは来ませんよ。あなたの妹が暴れたせいで、“向こう側”の火消しに回ってますから」
しかし、予想に反してシャルレットの悲嘆にしっかりと応える者がある。そんな声の主をミアレットが探せば……シャルレットの頭部近くに、麗しげな青年がプカプカと浮いているのが目に入った。
「まさか……」
これは何の因果か、因縁であろうか? 彼の顔を見た瞬間……その面影を感じさせる相手の名前が、ミアレットの口からポロリと溢れる。
「セドリック……よね、あなた」
「おや? そう言うあなたは……ミアレットじゃないですか」
反応からするに、やはり彼は「セドリック」その人らしい。
(学園から逃げ出したとは、聞いていたけれど。何がどうなって、こんな所に……?)
彼の外観は既に、人のそれではなく……強いて言えば、シャルレットのそれに近い。彼を虚空に浮かせているのは、背中から生えている黒い若葉の翼。彼を異形たらしめているのは、その頭から生えた禍々しい角。姿形はミアレットが知るそれとは、大幅に異なるものの。しかし、それでも。髪色に瞳の色、エルシャによく似た整った顔立ち。それらは紛れもなく、あの「優秀なお兄様」でしかなく。そんな虚空の威容に残る「彼らしさ」を認めては、ミアレットは俄かに失望を覚える。
「これはまた、奇遇ですね。まさか、こんな所で再会するなんて。あぁ、なるほど。……また、深魔討伐に駆り出されたのですか?」
「そんなところ……かな。ちょっと不本意だけどね」
「まぁ、いいじゃないですか。それは君が優秀だと、認められている証拠でしょうし。……僕は君がとっても羨ましいですよ」
「羨ましい?」
「えぇ。とっても羨ましい。……そうして、正当な評価をもらえる君が」
「……」
「それに……君には優秀でいてもらわないと、困ります。君が優秀でなければ、出し抜かれた僕はそれ以下ということですからね。それはあまりに、惨めで……屈辱的だ」
セドリックは興味深そうに、ミアレットを見つめては……嬉しそうに笑みを溢す。しかしながら、今は旧交を温めている場合ではないと思い直したのだろう。ミアレットには柔らかな視線を送っていたと言うのに……一方で、ギロリと蔑むような視線をシャルレットに落とす。
「それに引き換え……ヒューレックは本当に使い物にならない。あなた達、姉妹揃ってどうしようもないですね」
「なっ……!」
「とにかく……撤退しますよ、シャルレット。出来損ないとは言え、あなたは彼に見出された1人なのです。……君に死なれると、僕の立場も危うい」
彼が気にしているのは、どこでの立場なのだろうか? それに……セドリック達を見出した「彼」とは一体?
しかし、セドリックがミアレットの疑問に応えることはなさそうだ。パサリと翼をはためかせ、「では、また」と小さく微笑むと、そのまま撤収するつもりらしい。
「お待ちなさいな、セドリック・ラゴラス。逃亡中のあなたを見逃すつもりはないわよ」
そんな彼の逃走に、アレイルが待ったをかける。きっと、綿密に情報共有もされているのだろう。カーヴェラで発生した「逮捕劇」も知っていると見えて、アレイルがセドリックを逃すまいと、向き直る。
「あなたは確か、アレイル校長でしたっけ?」
「あら、私の事を知ってるのね?」
「もちろん、存じてます。 確か、クージェ分校の校長で、特殊祓魔師でもあったかと」
「その通りよ。そこまで知っているのなら、話も早いわ」
「ふ〜ん……今回の引率、マモン先生じゃないんですね。ま……マモン先生とは相性も最悪ですし、鉢合わせしなかっただけ、運がよかったかも。いずれにしても、あなたに僕は捕まえられませんよ。……僕はもう、魔法学園の生徒だった昔の僕じゃない」
凄むアレイルの視線さえも、軽く受け流し。セドリックがグイと、シャルレットの翼を引っ張り上げる。自分よりも遥かに大きな相手を浮かせる時点で、セドリックは本格的に「人間離れ」してしまった存在のようだが……。
「逃がさないと、言っているでしょうに! 宵の淀みより生まれし深淵を、汝らの身に纏わせん! 時空を隔絶せよ! エンドサークル!」
「常しえの鳴動を響かせ、仮初めの現世を誑かせ! ありし物を虚無に帰せ……マジックディスペル!」
「何ですって⁉︎」
エンドサークルと言えば、それこそセドリックがマモンに「その場で待機」を強制させられた魔法である。しかし、今日のセドリックは素直に「その場で待機」に応じるつもりはないようで、ミアレットが知らない魔法で易々と拘束魔法を解除せしめた。
「……同じ轍は踏みません。とは言え……僕だけでは、アレイル校長にも勝てないでしょう。ここはさっさと退かせていただきます。ほらっ! 何をボサッとしてるんだ!」
「いっ、痛い! ちょ、ちょっと! もっと優しくしなさいよ!」
「お前には優しくする必要、ないからね。……僕は口だけの人間は嫌いだよ」
どこかで聞いたことがあるセリフ、いつかに感じた周囲を見下す視線。彼の言動を目の当たりにして、やはり彼はどこまでもセドリックなのだと……ミアレットはますます、失望を深くせざるを得ない。
・マジックディスペル(闇属性/上級・補助魔法)
「常しえの鳴動を響かせ 仮初めの現世を誑かせ ありし物を虚無に帰せ マジックディスペル」
魔法効果を強制的に解除できる、闇属性の補助魔法。
一部の攻撃魔法を除き、ほぼ全ての魔法に効果を発揮する反面、解除対象の魔法や現象を術者がある程度知っていることが前提となるため、成功率は術者の知識量に比例する。
魔法に精通した魔術師にとっては、非常に汎用性の高い魔法ではあるが、魔力消費量もやや高め。




