2−29 完全にアウトなヤツ
「死んでおしまい!」
まるで鞭のようにしなる腕を振りかざし、猛威を振るうシャルレット。言葉こそ、丁寧だが。そんなオーダー、いくらお嬢様のお言葉でも受け付けられませんとばかりに……ランドルは「NO」を突きつけるように、アンジェレット譲りの「マジック★ソード」で懸命に応戦する。
「本当に……本当に憎たらしいわ、あなた」
「そりゃ、どうも。ま……俺は一応、アンジェレット様専属なんで。シャルレット様の命令は聞かないっすよ」
「小癪な!」
ランドルの拒絶に、シャルレットが猛り狂う。一層激しい唸り声を上げては、ウゾウゾと根を動かし、更に醜悪な魔物へと姿を変え始めたが……。
(それにしても……幸薄い令嬢はどこかしら〜? これじゃぁ、どちらかと言うと……悪役令嬢のそれじゃん……)
家族に蔑まれ、虐められていたはずのシンデレラ……ならぬ、シャルレット。だが、その彼女は腹の内にドス黒い野望と鬱憤とを、相当に蓄えていたようで。内なる邪悪を放出しては、悪役に染まっていく。
「いいこと⁉︎ 私はヒューレックの正当な後継者なのよ! お前みたいな能無しの捨て駒は、私の言いなりになっていればいいの!」
「えぇ〜? そりゃないっすよ。……あのアンジェレット様だって、そこまで腐った事は言いませんよ?」
「はぁっ⁉︎ 何よ、それ! あんなクソ女と一緒にしないでくれるかしら⁉︎」
ところがどっこい。ヒューレックのシンデレラは、ヒロイン役もヒール役も兼任する気概を持ち合わせる。
ランドル談だけであれば、大人しく控えめな印象だったし、先程まではミアレットも「作り物みたい」と不気味がってもいたが。感情を剥き出しにしたシャルレットは、ランドルの応酬にますます語気と態度を強めては、あまり耳障りも宜しくないお言葉をお吐きになる。
(あぁ……どう転んでも、女神様って人間臭いものなのね……。この感じ、シルヴィア様と言うよりは……マナ様っぽいかもぉ)
女神たるもの、感情的になるのは避けられないものらしい。身近な例を思い出しつつ、ミアレットは場違いにも呆れてしまうが……。
「って! ちょっと、ランドルさんッ! 煽ってどうするんですか⁉︎」
「あはは……いや、何となく……」
「何となく……じゃ、ないでしょ!」
しかしながら、今は戦闘真っ只中の状況。勝手に要らぬ事を思い出して、脱力している場合ではない。そうして抜かりなく魔術師帳で状況確認すると同時に、ランドルを責めるが。表示された情報に、ミアレットはすぐさま呻く。
・漆黒魔人:瘴気に完全適合した、深魔の最終段階。発生原因は不明だが、人間や精霊の魂を媒体とすることによって、高度な知性を獲得したイレギュラー種。発生率は非常に低く、迷宮深度9以上にて数例の観測があるのみ。能力は元凶となる魂より派生するため、個体ごとに強度レベルが異なる。
→ユニークイレギュラーを観測。素体:人間、魔力レベル測定不能。エレメント:闇属性を検知。
(うわぁぁぁ……これ、完全にアウトなヤツっぽい……!)
やっぱり、見なければ良かったかも。そんなことを考えながらも、ここは応戦一択だろうとミアレットも覚悟を決める。それに……。
「本当に……今回の心迷宮は想定外が多すぎるわ。……初っ端のモンスターフラックもそうだったけど。こんなところで、レアケースに遭遇するなんて」
「アレイル先生!」
シャルレットの攻撃を鮮やかに射抜き、ミアレットとランドルを守ったのは……アレイル。自身も軽やかに舞い降りると、いつの間にやら持ち替えていた弓を構え、少年少女を守るようにピンと背筋を伸ばす。
「お待たせしてごめんなさいね、2人とも。とにかく……無事で何よりだわ」
「一応、無事でした……」
「えぇ、本当に良かったわ。それはそうと……やっぱり、倒さないとダメそうね、あれ。はぁ。まさか、こんな所で本領を発揮させられる羽目になるなんて……つくづく、ツイてないわ」
背中越しに、ミアレット達の無事を確認したところで、アレイルが意味ありげなため息を吐く。そうして、もう少し下がっていてと指示を出すと……鮮やかに、悪魔としての本性を顕し始めた。しかし、ツイていないと言っていた割には、妙に乗り気に見えるのだが。気のせいだろうか?
「ふふ……! 私にここまで脱がせたのだから……覚悟はできているんでしょうね、このアバズレが!」
アレイルは母・アーニャと同じ、色欲の悪魔としての基本性能を備えている。4分の1は人間であるため、悪魔としての能力は母には及ばないが、上級悪魔・リリスとしての祝詞を持ち得ている以上、戦闘能力は人間の比ではない。
(本気を出すのと、脱ぐのは別な気がする……。それにアレイル先生も、妙に口が悪くなったような気が……?)
そう言えば、マモンも魔物達を煽りに煽っていた事も思い出し、悪魔は戦闘時に気性も言葉も荒くなるものなのだと、理解するミアレット。彼らはどうも、本性をむき出しにすると能力が洗練される反面、言葉遣いは乱れるものらしい。
(それにしても……ゔっ。アレイル先生のレオタード姿、刺激的すぎるんですけど……!)
本性を露わにしたアレイルは非常に際どい真っ赤な衣装に身を包んでおり、先端がハート型になった尻尾をフリフリと振っては、蠱惑的な魅力も存分に振りまく。しかし、彼女の衣装はただただ脱いでみただけ……ではない様子。窮屈なスーツから解放された彼女の動きは、大胆に滑らかかつ、どんどん無遠慮になっていった。
「さぁさぁ、無駄な抵抗はおやめなさいな! 心配しなくても、しっかりと仕留めてあげるから!」
「ググ……! 邪魔するな、悪魔ッ!」
「随分と往生際が悪いのね? お嬢さん。折角、苦しまないように一発で葬ってあげようと思ったのに……。ウフ。だったら、お望み通り……とことん痛めつけて、簡単に死ねないようにしてあげる!」
あっ、これは別方向にアウトなヤツだ。ミアレットは、味方だと言うのに……アレイルのサディスティックな発言に、嫌な予感を募らせる。そんなアレイルが、いよいよマモンと同じ趣の笑顔を漏らしたのを見届けて……ミアレットは子羊のように、プルプルと震えることしかできない。




