1−4 身の程を思い知らせてやった方が、よろしいのではなくて?
「お父様、お母様! 聞いてください! 今日も孤児上がりにバカにされましたの!」
「それは、それは……! なんて、憎らしいのだろうね⁉︎」
お迎えの魔法駆動車から降りた途端。エルシャは屋敷に帰るなり、一直線に両親の元へと駆け込んでは……一方的に「憎たらしい孤児」のミアレットの「悪行」の数々を告げ口していた。
しかしながら、話の出所が彼女の一方的な言いがかりが100%を占めるので、信憑性も現実味も0なのだが。可愛い娘の言い分は100%真実になってしまう彼女の両親にしてみれば、ミアレットは完全なる「悪役」としてインプットされている。
「私の可愛いエルシャをバカにするなんて……! 孤児如きが、身の程を思い知らせてやった方が、よろしいのではなくて?」
「それもそうだな。よし、私からガツンと言ってやろうじゃないか!」
「お父様、頼もしいですわ!」
一方で……そんな歪んだ家族団欒の光景を、1人冷静に見つめている人物がいる。
セドリック・ラゴラス。エルシャの実兄であり、オフィーリア魔法学園本校に通う魔術師の卵であるが。妹とお揃いの銀髪にエメラルド色の瞳を持つ、かなりの美少年でもある一方で……妹とは異なり、何事にも冷ややかで厭世的な節がある。
そうして、彼はやれやれと首を振りながら紅茶を口に含んだついでに、両親と妹に釘を刺す。妹とは異なり、「優等生」で通っている彼の言葉は、ラゴラス家当主の父親のそれよりも遥かに重い。
「……父上、母上。落ち着いて。それ……エルシャの言い分を丸ごと信じない方がいいと思いますよ?」
「セディ……そ、それはどうしてかね?」
「どうせまた、エルシャが勝手に言いがかりをつけただけなんでしょう。いつものことじゃないですか」
「お兄様、ひどいですわ! エルシャは本当に、バカにされて……」
「……だったら、バカにされないように、勉強したらどうなんだ? お前の成績が下から数えた方が早いのは、紛れもない事実だろうに」
「ゔっ……」
セドリックの当然の指摘に、ついぞ固まるエルシャ達。それもそのはず、彼の言い分は有無を言わさぬ現実である。仮にエルシャの「ミアレット考」を100%信じたとしても、成績の悪さは覆らない。
「因みに、そのミアレットさんですけど。……本校の先生方も非常に注目されているそうで、大変な有望株だと聞いています」
「そうなの? セディ」
「えぇ。次回の選考試験も確実にパスしてくると予想されていますし、ここは1つ、仲良くしておいた方がいいと思いますけどね。父上も母上も、ご存知でしょう? ……本校の入園選考試験が2人1組で実施されることくらい。優秀な人間とペアを組んだ方が、パスできる確率も上がるというものです。既に有望株と目されている彼女と組めば、最下位に近いエルシャでも、本校へ選抜される可能性があるかも知れませんよ?」
「た、確かに……!」
理路整然と言い切り、もう1口、優雅に紅茶を含むセドリック。そんな彼の様子に、両親は満足そうに頷いているが……エルシャにしてみれば、非常に面白くない。
(何よ……! 兄妹だったら、私の味方をしてくれてもいいのに……!)
それでなくても、エルシャはセドリックが非常に苦手だ。自分とは異なり、カーヴェラ分校での成績も優秀だったとかで、早々と本校への登学を許された鬼才である。普段は魔法学園・本校の寄宿舎で生活しているが、週に1〜2日は必ず帰ってくる。そして、運悪くセドリックがいる日は……エルシャがいくらミアレットを悪く言おうとも、セドリックに論破されては、両親も丸め込まれてしまうのがいつもの展開だった。
(こうなったら、ミアレットが卑怯だってこと、ちゃんと伝えなきゃ!)
ミアレットはただ言い返しただけであって、彼女に悪意はなかったのだが。ミアレットが「アーニャ先生」とやらに告げ口すると言っていたことも思い出し、自分は両親に泣きついている事を棚に上げ、エルシャは更なる憐憫を誘おうと、ミアレットの悪口を言い募る。すると……。
「でも、でも! ミアレットの奴、アーニャ先生に告げ口して、この家を潰すって言ってたの! 孤児のくせに、本当に生意気よ!」
ここぞとばかりに大騒ぎするエルシャの言葉に、両親だけではなく、今度はセドリックまで一緒に固まる。そうして突然広がり始めた冷たい沈黙を破ったのは、紅茶を手にしたまま微動だにしないセドリックだった。
「……今、なんて?」
「えっ? ミアレットが、この家を潰すって……」
「いや、その前。誰に告げ口するって、言ってたんだ?」
「アーニャ先生って、言ってたわ」
「エルシャはそのアーニャ先生が誰か、分かっているのか?」
「知るわけないじゃない。孤児院の先生だって言ってたし……あっ、そうだ! 私がそいつを知らないって言ったら、ミアレットったら、私のことを抜けてるって言ったの! それで……」
「……もういい、エルシャ。今のだけで、お前がとんでもない相手に喧嘩を売ってしまったことは、よく分かった。……父上、母上。明日は僕もカーヴェラ分校に行ってきます。そして、僕の方でエルシャからしっかり謝罪させる事にします」
「そ、そうね……。流石に、これはまずい状況ですわね……」
「すまない、セディ。……くれぐれも、失礼のないように頼む」
「承知しています」
「ちょ、ちょっと! どうして、そうなるのよ⁉︎」
エルシャ以外の3名はミアレットに「謝罪する」方向で話をまとめようとしているが、当のエルシャには何がそんなに「まずい状況」なのかが、理解できない。そんな彼女に、先ほどまで一緒に怒っていたはずの父親が、噛み砕くように「いかによろしくない状況なのか」を説明し始める。
「……いいかい、エルシャ。アーニャ先生というのは、オフィーリア魔法学園の先生でな。約100年前の霊樹戦役の際に、ゴラニアの女神様と共に悪しき女神を討ったとされている。普段は孤児院を経営されていると聞いてはいたが……まさか、それがミアレットとやらの孤児院だったなんてな……」
「そ、そんなにすごい相手だったの……?」
「アーニャ先生はしっかり、学園の教員リストにも載っている。ミアレットさんがお前を“抜けている”と言ったのは、これを示してのことだろう」
「……嘘、でしょ?」
セドリックが自分の魔術師帳を差し出しては、エルシャに「アーニャ先生」が何者なのかを示すが。そこには確かに、「非常勤教師・炎エレメント専属教師」と彼女に関して記載されていた。
「……明日は僕も一緒に、謝ってやる。お前の退学だけで済めばいいが、ミアレットさんの言い分が通っていた場合……ラゴラス家もタダじゃ済まないかも知れない」
「……」
そこまで言われれば、ワガママなエルシャも一応は同意せざるを得ない。仕方なしに、渋々と兄に了承を示すが……彼女の心の中では、真っ黒なモヤが確かに渦巻き始めていた。
【登場人物紹介】
・セドリック・ラゴラス(水属性)
エルシャの実兄、16歳。
優れた魔力適性を生まれ持ち、弱冠15歳でオフィーリア魔法学園本校への登学を許された天才。
状態異常魔法を得意とする水属性にあって、攻撃魔法が得意といった一面も持ち、冷ややかな態度とは裏腹に攻撃的な部分がある。
両親の前でも慇懃で丁寧な態度を崩さないが、内心では彼らを見下しており、ラゴラス家の繁栄以上の野望がある様子。
【道具紹介】
・魔法駆動車
魔法道具の1つ。
魔力を動力とした乗用車。タイヤはなく、魔力によって浮遊・移動する。
目的地が設定されている送迎用の完全自動タイプと、運転者の意思で都度行き先を変えることができる、自由移動タイプが存在する。
前者は魔力適性がない者でも乗ることはできるが、後者は魔力適性と運転テクニックがなければ乗ることができない。
いずれも魔法道具であるため、貴重・高価であり、魔法駆動車の所有は1種のステータスとして見做される傾向がある。