2−28 変身願望に感謝
「ミアちゃん! ランドル君ッ!」
漆黒ショウジョウの悪あがきの一撃で、床下へと放り出されたミアレットとランドル。そんな2人を、翼を広げたアレイルが追うが……。
(このままじゃ、間に合わないわ……!)
2人の落下速度は、アレイルの飛行速度を上回っている。まだまだ底は遠いとは言え……この高さで落ちれば、間違いなく即死だろう。
「落ちるぅぅぅ! ……って、はっ!」
一方、ミアレットは右手のステッキ……ではなく、左手の箒を見つめ、もしかしたらと閃く。無遠慮に突っ込むことができるのだから、普通に飛ぶことだってできるはず。そうして、やや抱きつく形で箒に跨るが……。
「よっし! やっぱり、箒はこうでなくっちゃ!」
ミアレットの目論見通り、彼女を乗せた箒は本領発揮とばかりに、軽やかに宙を舞う。若干、曲がり癖があるようだが「大魔女の箒」な設定だけあって、幸いにもラブリー箒の飛行能力は抜群らしい。
「ランドルさん、掴まって!」
「は……はいっす!」
一緒に落ちていたランドルへ手を伸ばし、ランドルもミアレットが差し出した手を掴もうと、必死に腕を上げる。彼の手を握りしめた瞬間、重さでガクンと箒が落ち込んだが……そのままランドルを後ろへ乗せると、意外にもガッツもある箒は、2人を乗せて緩やかに下降していく。
「助かったぁ……! いや〜、ホント、魔女さながらっすね。……お嬢様の変身願望に感謝しないと、いけないかも……」
「アハハ……本当にね」
変身願望はさておき、彼女の心が作り出した道具はきちんと使えるものだったのは、幸運なことに違いない。アンジェレットの憧れのおかげで2人とも無事だったのだから、この期に及んでネーミングセンスや趣味の悪さを気にするのも無粋というものだ。
「……それにしても、変なところに来ちゃいましたね……って、どうしました? ランドルさん」
「い、いや……あそこにいるのって、もしかして……」
「えっ?」
アレイルよりも一足先に、地底に降りたミアレットとランドルだったが。即死を免れたのも、束の間。地底の奥を見つめては、ランドルが険しい顔をし始める。そんな彼の視線を追うように、ミアレットもそちらを見つめると……。
「女の人……? どうして、こんな所に……」
「……間違いないっす。あれは……シャルレット様っす」
「えっ?」
シャルレット。ランドルの話によれば、魔力適性を持たないばかりに家族から冷遇されていたという、薄幸の令嬢だったはずだが……少なくとも、ミアレットが見つめている彼女には、幸薄い雰囲気は微塵もない。それどころか……。
「あれ、本当にシャルレットさんなんですか? なんだか、話と随分違う気がする……」
ドサリと落ちてきた漆黒ショウジョウの頭を足蹴にし、美しいながらも、残酷な笑みを浮かべるシャルレットらしき少女。そんな彼女もこちらに気づいたのか、ランドルの姿を認めると、いかにも愛らしい様子でニコリと微笑んだ。
(なんだろう、寒気がする……)
真っ黒な衣装を纏った彼女は、確かに美しい。病的なまでに青白い肌、アンジェレットの豊かな金髪とは異なる、トロリとした蜂蜜色のストレート。髪は量こそ控えめなだが、サラサラと流れるようにこぼれ落ちる様子は、妹の縦ロールとは違った意味で印象的だ。しかしながら、艶やかな印象とは裏腹に、全てが虚に思えると……ミアレットは彼女に対して、不気味さを拭えない。
(まるで、作り物みたい……)
新しい霊樹の女神になる存在……シャルレットに関して、ランドルはそう言っていたが。同じ霊樹の女神でもあるシルヴィアを知っている手前、ミアレットには、目の前の彼女の笑顔は異質にさえ、感じられる。
マナやシルヴィアは良くも悪くも、表情も感情も豊かな女神達である。それぞれに「人間臭い」彼女達はミアレットにしてみれば、親しみ易い存在でもあった。だが、静かに佇み、どこまでも綺麗な笑顔を見せる彼女は……そこはかとなく幽玄な空気感を醸し出しており、言ってしまえば人間味に欠けるように思える。
「あら……ランドル。今日はあなたがお迎えなの?」
「お迎え……? 何の事っすか?」
軽やかにドレスの裾を翻し、哀れな漆黒ショウジョウの頭を踏み抜くシャルレット。彼女の足元からグシャリと悍ましい効果音が響くと同時に、シャラシャラと黒い靄に包まれるが……それすらも無碍に振り払い、尚もニコリと微笑んで見せる。
「まぁ、違うの? それじゃぁ……グリプトンは、いつになったら来るのかしら。今日はいつもと違う場所に来てしまったから……どうやって帰ればいいか、分からないの」
どうやら、シャルレットの視界にはミアレットは入っていない様子。魔物の頭を踏み潰すという、あまりに嗜虐的な所業さえも忘れましたと言うように……張り付いたような笑顔のまま、シャルレットが首を傾げる。
「父上が、迎えに来る……? それに、いつもと違う場所って……何っすか?」
「私はいつも……グリプトンと一緒に、秘密の場所で魔力を蓄える練習をしていたの。だけど……あぁ、そうね。……今回は全部食べられなかったから、いつもと違うのね。だから、グリプトンも遅れているのかも。……もぅ、本当に仕方ないわね」
そっと唇に指を充てて、不思議そうに虚空を見つめるシャルレット。だが……そんな彼女の様子に、一方のランドルは安心するどころか、怯えたようにジリリと後退りする。
どこか、おかしい。何かが……明らかにおかしい。
ランドルは状況を飲み込めないなりに、シャルレットの言い分を聞いているものの……何もかもがおかしい「シャルレットお嬢様」に警戒心を強めては、ミアレットを庇うように腰を低くしたままの姿勢を崩さない。
「そうよ……きっと、あの子のせいね。アンジェレットが、私の芽吹きを邪魔したから……!」
「……⁉︎」
唇から、そっと触れていた指を離し。シャルレットが虚空を仰ぐと同時に、その口がグワリと耳まで裂けた。
「いいわ……いいわ、いいわ、いいわ! 今日は全員、まとめていなくなる日でしたもの! どうせ……あなたはアンジェレットの味方をするんでしょうし……お迎えじゃないのなら、いなくなってしまった方が、いいわ!」
「な、何を言っているんです、シャルレット様⁉︎」
「今までの分……全部全部、喰らい尽くしてやる! 今こそ、芽吹きの時! 誰にも邪魔はさせない……!」
満足に話し合う事もできないまま。いよいよ異形の姿を顕したシャルレットが牙を剥く。ドレスの裾から大量の根を生やし、背中には漆黒の新芽でできた翼を戴いて。その姿は疑いようもなく、神々しく……直視できないほどに、禍々しい。




