2−26 自分が存在した証拠
「ランドル君の質問に答える前に……ミアちゃん。【アイテムジャッジ】でもう1度、箒を鑑定してみてくれる?」
「えっ? それはいいですけど……」
もう一度、あのはっちゃけた説明を眺めろとでも、言うのだろうか?
妙に釈然としないまま、ミアレットはアレイルの指示通りに【アイテムジャッジ】を起動し、触覚にラブリー箒を近づけてみる。すると……。
・ウィンドブルーム(風属性/攻撃力+38、魔法攻撃力+60)
特殊効果:穂に魅了効果があるチャームストローを利用しており、穂先で叩かれた相手を一定確率で「ステータス異常:魅了」にすることができる。
「なんだか、かなり真面目な道具名と説明文になってます……」
「でしょうね」
「でしょうね……って。これ、どういう事です?」
「黒歴史部屋から持ち出した道具は、みんなそうなのよ。最初は心迷宮の持ち主の趣味嗜好にどっぷり染まっているのだけど、きちんと道具として使われることで、価値も再認識されてね。現実世界側へ具現化するための準備を始めるの」
アレイルによれば、道具だけではなく、闇に蠢く魔物達も含めて……心迷宮で生まれた全ては、現実世界で「具現化」する事が最終目標であるらしい。そして、道具の方は現実世界からやってきた「別の者」を足掛かりにして、実体を持とうとするそうだ。
「と言う事は……この箒にもそれらしい意識があるって事でしょうか?」
「うーん……厳密には道具の意識、と言うよりは、心迷宮の持ち主の意識と言った方が正しいかしら? 自分が存在したことを忘れられないために、宿主も必死なのよ。それで、せめて心の中で作り出した道具を現実世界に送り出すことで、自分が存在した証拠を残そうとする……と、考えられているわ」
《心や記憶は魂に強く結びつき、どんな場所であろうとも、その者たり得ようと記憶に付随する存在意義を守ろうとするのです》
《彼女が存在した現実を、ミア殿には覚えておいて欲しいのでしょう》
エルシャの魂を集めていた時に是光もそんなことを言っていたと、ミアレットはしかと思い出す。
瘴気に魂を完全に取り込まれ、深魔になり切ってしまった時。「宿主」は人ではなく化物として最期を迎える事になる。だけど……当然ながら、誰しもそんな終わりは望まない。だからこそ、心迷宮の持ち主は深魔として殺されまいと抵抗するのだし、助けて欲しい相手にはサインを出して導いてくれようとする。
(そっか……アンジェレットさんも、自分が自分であることを諦めたくないのね……)
黒歴史部屋の全てを理解するつもりはないが、今もアンジェレットの魂がどこかでもがいているのだと思うと、やはり少しばかり寂しくなる。いくら印象は良くないとは言え……アンジェレットがこのままいなくなったら、ミアレットもきっと後悔をするに違いない。
「……また、お出ましみたいね」
「へっ?」
ちょっぴり手に馴染んだ箒を、ミアレットが握りしめていると。アレイルがピリリとした雰囲気を醸し出し、暗闇の向こうを見据えている。耳を欹て、眉間に皺を寄せているのを見るに……何やら、不穏な空気だが。
「ミアちゃんに、ランドル君! 来るわよ!」
「はっ、はい!」
「ちょっと待ってくださいよ! さっきのヤツ、倒したばっかりじゃないですかぁ⁉︎」
しかしながら、文句を垂れたところで、魔物の進撃は止まらない。見れば、さっきと同じ「お猿さん」達が大挙してワラワラとやってくるではないか。そんな敵襲を、アレイルが順序よく的確に仕留めていくが……非常によろしくないことに、圧倒的に数が多い。明らかに、手数が追いついていない。
「スタート地点直後でモンスターフラックに遭遇するなんて、ツイてないわね……!」
「モンスターフラック?」
「いわゆる大量発生のことよ。基本的には魔物の発生源に近づけば近づくほど、発生率が上がるのだけど……なんて、言っている場合じゃないわね。2人とも、とにかく集中! 今はあいつらを片付けることに、専念してちょうだい!」
と、言われましても。正直なところ、先程の突撃は完璧にビギナーズラックである。しかも、こんなに大量の魔物めがけて突っ込んだら、即座に大ピンチに陥るのは目に見えている。何がなんでも、ラブリー箒の暴発は避けたい所だが……。
(もしかして、魅了させれば楽になるかしら? さっきの説明文からしても、こっちで叩けばいいのよね……?)
兎にも角にも、やるしかない……か。アレイルもランドルも、しっかりと応戦しているのだし、ここで自分だけ頑張らないのも格好悪い。そうして、箒を握りしめ……思いっきり振りかぶる、ミアレット。
「ほらほら、あなた達の敵はそっちなの! お願いだから、手伝って!」
続け様に近づいてきた魔物の横っ面を、容赦無く箒で叩く、叩く、叩く。しかし、まぁまぁ手応えはふんわりとお手柔らか。箒で叩いた所で、大してダメージは与えられていない。だが……。
「キキ……!」
「キャキャ……!」
ミアレットの目論見通り……叩いたお猿さん達のうち、半数くらいがクルリと背を向けて、魔物の群れに向かっていく。追加効果の発動率は100%ではないようだが、このまま向かってくる相手は手当たり次第に叩いていれば、少しずつ相手を減らす事はできそうだ。
「ミアさん、ナイスっす! そんじゃ、俺は……清き乙女の涙を掬い、我が祈りとせん。その悲嘆を羽衣と纏え、ラクリマヴェール!」
攻撃はアレイルとミアレットに任せた方がいいと判断したのだろう。ランドルが「エンチャンター」らしく、手慣れた様子で防御魔法を発動する。
「ミアさん! これで、多少は外しても大丈夫っすよ!」
「あっ、ありがとうございます!」
「ワォ! ランドル君もバッチリじゃない! 本当……ウチの生徒じゃないのが、惜しいわね……」
なお、ラクリマヴェールは初級ではなく、中級の防御魔法である。彼は「防御魔法と剣術くらいは仕込まれてます」と何気なく言ってはいたが。瞬時に難易度の高い防御魔法を発動できるのを見ても、仕込まれているだけではなく、相当に鍛錬もしているのだろう。そんなランドルの才能を惜しみつつ……アレイルはミアレットが取りこぼした魔物の頭を次々と射抜いていく。
「この調子でいけば、勝てそう……かも……!」
魅了効果によって、陽動を担うミアレット。そんなミアレットを守る、防御役のランドル。そして、並み居る魔物を片っ端から仕留めていく、攻撃役のアレイル。それぞれの役割をきっちりとこなし続ければ、魔物の数もようやく数えられるくらいにまで減ったが……。
「……嘘、でしょう……?」
しかし、大量のお猿さん達を片付けたのも、束の間。向こうからズンズンと轟音を響かせ、更なる大物の魔物が姿を現す。目の前にあるものは鉄格子だろうが、味方の魔物だろうが、我関せず。全てを薙ぎ払いながら、やってきたのは……猿は猿でも、ゴリラにも似た大型の魔物だった。
「どうして、こんな所に……アレがいるのよ……!」
「アレイル先生……?」
その威容を認めるや否や、アレイルが絶望の声をあげて呻く。
「えっと……あの魔物、そんなに強いんすか?」
「アレは漆黒ショウジョウ。普通であれば深度7以上の心迷宮にいるはずの、漆黒霊獣クラスの大物よ」
「……はい?」
ちょっと待て。この心迷宮の深度レベルは5だったはず。そして、漆黒霊獣とは心迷宮に巣食う元凶(要するに、ダンジョンのボスである)の魔物だった気がする。
(はいぃぃぃ⁉︎ いきなり、クライマックスですかぁぁぁぁ⁉︎)
今日もやっぱり、ミアレットの心にはサイレント絶叫が虚しく響くのだった。
【魔法説明】
・ラクリマヴェール(水属性/中級・防御魔法)
「清き乙女の涙を掬い 我が祈りとせん その悲嘆を羽衣と纏え ラクリマヴェール」
空気中の水分を集め、圧縮することで水の保護膜を作り出す防御魔法。
柔軟性に富んだ保護膜のおかげで、衝撃系の攻撃魔法や、物理攻撃に対して特に高い効果を発揮する。
消費魔力量は少なめだが、構築難易度がやや高いため、中級魔法に分類される。




