2−23 妄想くらいは許されてもいいよね
自分が探り当ててしまったとは言え、これ以上の探索(詮索)は憚られる……と、ミアレットは考えつつ。慣れれば面白い部屋は見れば見る程、ツッコミどころで溢れている。
(ま、まぁ……これはアンジェレットさんの理想なんだし、妄想くらいは許されてもいいよね……)
しかし、ここまで現実とかけ離れた理想を抱いた所で……却って虚しくならないのだろうか?
アンジェレットが不美人だと、言うつもりはないが。丸顔の実物とはかけ離れた、スマートな美少女は肖像画の中から星が飛んでいそうなパッチリ二重でこちらを見つめている。豪華絢爛でケバケバしいドレスは、アンジェレットのちょいポチャボディでは着こなせないだろう。大振りの宝石が付いたネックレスは、付けただけで肩が凝りそうだし……何より、アンジェレットのやや太ましい肩幅を強調しそうで、むしろ付けない方がいい気がする。
「それはそうと、アレイル先生。ここにあるものって、持ち帰れたりするんすか?」
「あら? ランドル君は何か、気になる物があるのかしら? 100%の保証はないけれど……きちんと攻略を達成できれば、持ち帰れることもあるわよ。それに、黒歴史部屋にあるアイテムは本人の理想が元になっているだけあって、無駄に高性能だから。心迷宮攻略中も役に立つことが多いし、使えそうな物は拝借した方がいいかもね」
無駄に高性能だから……等と、ほんのり毒を交えつつ。アレイルの説明からしても、この部屋にある道具類は有用な物が揃っていることになりそうだ。
(……でも、あのステッキはちょっと、なぁ……)
無条件で童心に帰れる、という意味では貴重な武器になり得るが。……実際に振るっている自分を想像したら、笑えるを通り越して、ひたすらサムいとミアレットは遠い目をしてしまう。
「これを持ち帰れれば、お嬢様、喜びそうだなぁ……。でも、大きさ的に無理かぁ……」
「ランドルさん……それ、何ですか?」
ステッキの他に使えそうな物がないかとキョロキョロしているミアレットの一方で、ランドルが金ピカな物体の前で首を捻っている。形状からするに、何かの乗り物に見えるが……。
「あぁ、これっすか? 魔法駆動車っすよ。お嬢様、魔法駆動車で通学するのに憧れていたっすから。……これがあれば、ちょっとはご機嫌になるかも……」
アンジェレットのご機嫌を保つのは、召使いの仕事ではないと思う。それでも、目の前の物体(魔法駆動車と言うらしい)があれば、ランドルのお仕事も楽になるのかもしれない。ランドルに同情的になっているミアレットとしては、是非に持ち帰らせてやりたい気もする。
「それじゃぁ……ちょっと、預かりますね」
「えっ? 預かるって、ミアさん……どうやって?」
「ここをこうして……ランドルさん、少し離れてください」
「あっ、はい……」
こういう時こそ、【アイテムボックス】の出番だろう。魔術師帳から【アイテムボックス】のアプリケーションを起動し、魔法駆動車の下に回収用魔法陣を展開するミアレット。そうして魔法駆動車を無事に【アイテムボックス】へと、収納する。
「ミアちゃんの魔術師帳、【アイテムボックス】を解放されていたのね。送り主はマモン様かしら?」
「はい。この間の心迷宮攻略の時に、戦利品がありまして……その収納用にって、機能を追加してくれたんです。と言うことで……向こうに帰っても残っていたら、お渡ししますね」
「は、はいっす……。えぇと、俺には仕組みがよく分からないですけど……よろしくお願いします」
そんな魔法駆動車がなくなったことで、部屋がより広く感じられる。しかも、魔法駆動車によって塞がれていた入り口があったらしく……アンジェレットの黒歴史部屋には、更に闇深い奥があるようだ。
「……一応、確認します?」
「そうね。何か使える物があるかもしれないし、攻略のヒントも掴めそうだし。行くしかないでしょう!」
「先生、何だか楽しそうですね……?」
「ふふ、そりゃぁね。人様の黒歴史を覗くのは、楽しいものよ。弱みも握れるし」
「うわぁ……」
実に悪魔らしい言葉と微笑を漏らし、アレイルが意気揚々と奥へと進んでいく。しかしながら、ミアレットとしてはもう、色々な意味で腹一杯である。ここまでのキランキランな憧れを見せつけられて、お代わりの処理はできない気がする。
「とりあえず、行きますか。ミアさん……」
「そうですね……。私達にも使える武器とか、あるかも知れないし……」
それはさておき。ランドルは魔法だけではなく、「剣術も仕込まれていた」と確かに言ってもいたが……常に剣を佩く習慣がなかったのか、今の彼は丸腰である。もし刀剣の類があれば、ランドルにも戦闘に参加してもらえるかも知れない。
(いや、私も何かできるようにしないと……それにしても、あぁ。やっぱり魔法だけじゃなくて、武器も使えないとダメかぁ……)
しかしながら、ミアレットは自分の得意武器すら知らないし、持っていない。身体能力もごくごく普通の少女が、いきなり剣を振るえるとも思えない。
(……まさか、さっきのステッキが最適解だったりする……?)
いや、それはない。絶対にないと信じたい。
「アレイル先生? どうです? 何か、見つかりました?」
「うーん……私はこれと言って、ないけど。ただ、この部屋も相当に面白いわ。なるほど、なるほど。アンジェレットさんには、変身願望もあったみたいね……」
「えっ?」
ランドルと恐る恐る、奥の部屋へ突入してみれば。アレイルの言葉を裏付けるように、そこにはかなり特殊な衣装がラベル付きでが並んでいる。もしかして、これは……。
「……大魔女に、大聖女……? あっ、こっちは女神様っぽいっすね。そっか……お嬢様は、こんな感じの存在になりたかったんすね〜」
果ては、「伝説の女勇者」や「お姫様」と銘打たれたコスチュームまであり……選り取り見取り、目移りし放題。「あなたの憧れ、いくつあるんですか?」と言いたくなるラインナップが眩しいと同時に、ちょっぴり痛々しい。
「この剣、ちょうど良さそうっすね。俺はこれを借りて行こうかな」
そんな中、「伝説の女勇者」にセットされていた、胡散臭い輝きを放つ剣を手に取るランドル。……鍔の翼と星マークがやっぱりおもちゃ染みていると、ミアレットは思ってしまうが。まずはランドルに武器が見つかり、何よりである。
(私も何か、借りて行った方がいいかなぁ……でも、何が使えるんだろう……?)
剣? 杖? 弓? 順番に視線をずらしながら、マネキン達の手元を眺めていると……ふと、「大魔女」が手にしている得物に目が留まる。もしかして、これは……?
「そっかぁ。魔女と言えば、箒か……。だとすると、これで飛べたりするのかな? いずれにしても……うん。これだったら、持っていけそう。飛べなくても殴るのに使えばいいんだし、掃除にも使えそうだし。私はこれにしようっと!」
「ハハ……そっすね。箒だったら飛べそうですし、掃除もできますもんね。まぁ……この場で掃除は必要ない気がしますけど……。ミアさんは、現実的なんすね」
妄想と憧憬しかないこの部屋で、掃除ができるなんて発想は庶民の感覚なんだろうと、ランドルのツッコミに苦笑いしてしまうミアレット。攻略のことを考えれば、他の道具も【アイテムボックス】に収めてもいいのかも知れないが。後はこのままそっとしておいた方がいいだろうと、ミアレットは直感的に思うのだった。




