2−21 弓の名手
この執事さん、結構歪んでいるかもしれない。いや……そもそもヒューレック家とベルルフィ家の関係自体が、根本的に捻くれているだけかも。
少なくとも、彼の暴露で主人であるヒューレックよりも、召使い側の実力の方が上だということが判明したが……それも嘘ではないだろうと、ミアレットは考える。
“そっちのご主人様よりも魔力適性がありそうなんだが”
ランドルに関して、マモンが言及していた通り……彼には魔法使いの適性がしっかりあるのだろう。一方のアンジェレットが「あの出来」である時点で、本来はランドルこそが学園へ通うべきだったのだ。
(あれ? ……でも、ランドルさんも一緒に学園に来れば、アンジェレットさんのお世話をできるだろうし、わざわざセドリックと組まなくたって、ランドルさんと試験に受けられるんじゃ……)
ランドルの兄達はヒューレック伯夫妻の付き人……つまり、担当している相手は学園の生徒ではないので、彼らが学園に通えなくなるのは、まだ分かる。しかし、ランドルはそうではない。彼であれば、アンジェレットと一緒に学園へ通う選択もあるのでは……?
「……2人とも、ストップ」
「えっ?」
ミアレットがあれこれと、アンジェレットとランドルの関係性に想いを巡らせていると。曲がり角に差し掛かったところで突然、先頭を歩いていたアレイルが「待った」をかけてくる。
「……敵襲みたいね。距離は約1600メートル。数は……3体かしら?」
既に臨戦体制に入ったアレイルが弓を構えながら、呟く。そんな彼女は目を閉じ、ほんのり尖った耳を澄ましているようだが……1600メートルも先の相手を感知できる時点で、尋常ではない。
「……よし、狙いを捕捉! 2人とも、下がってて!」
「は、はいっ!」
しかも、彼女の感覚はすぐさま標的を絞る精度も持ち合わせているらしい。手元で魔力を練ると同時に、シュボッと炎が爆ぜる音がする。ミアレットの位置からは、アレイルの背中しか見えないが。薄暗い空間にあって尚、堂々とした背中越しの輝きは、一種の神々しささえ感じられた。
「一気に仕留めてあげるわ! 覚悟なさい!」
弦を引き絞り、一気に3本の炎の矢を放つアレイル。力強く「ギュン」と風を切る音をさせながら、凄まじいスピードで放たれる炎の矢。そんな矢が真っ直ぐ……ではなく、器用にカクンと角を曲がり、あっという間に見えなくなった。
(うわぁ……アレイル先生にかかれば、曲がり角とか関係ないんだなぁ……)
相手の姿は見えない。少なくとも、ミアレットとランドルには見えていない。しかも、彼女達がいるのは「曲がり角」である。暗い上に、すぐ前が壁ともなれば……見晴らしは最悪、弓のような投射武器は圧倒的に不利なロケーションだ。そう、不利なはずだった。
「ガホッ⁉︎」
「グルルルッ⁉︎」
しばらくして……曲がり角の先からキャインキャインと、獣のか弱い鳴き声が響いてくる。冗談抜きで、アレイルの攻撃はしっかりと命中したらしい。その様子に……ミアレットはマモンの荒技とは違う意味で、驚愕していた。
(さっきも思ったけど……弓って、こんな武器だったっけ……?)
絶対に違う気がする。間違いなく、自分が知っている武器じゃない。
ここまでくると……ミアレットが知っている世界の弓とは、別物だと考えた方が良さそうだ。
「……とは言え、こうも曲がりくねっていると、私だけでは対処しきれないかも知れないわ」
「そう、なんですか……?」
「今回はまだ3体だったから、対応できたけれど。……恥ずかしながら、私が同時に放てるのは10本までなのよ。ミシェル様なら300体くらいまでなら、一気に殲滅できるのに……あぁ。私もまだまだだわ」
「……10本も打てるだけでも、凄いと思いますけど……? それに、ミシェル様って……誰ですか⁇」
魔術師帳の教員リストを見ても、そんな人物はいないように思えるが……。
「あぁ、ミシェル様は学園の教師じゃないわ。神界の大天使様でね。弓の名手として、弓使い憧れの存在でもあるのよ」
「……つまり、あのルシエル様クラスって事ですか?」
「そうなるわね」
「……」
大天使と言われて、有り難みよりも恐怖が先に来るのは、どうしてだろうか? 普通は天使と言われれば、手を合わせて拝みたくなる相手であるだろうに。
「……ミアさん、大丈夫っすか?」
「え、えぇ……大丈夫です。ちょっと、個人的なことを思い出してただけですから」
「そっすか? なら、いいんですけど……」
少なくとも、今は調和の大天使様の凶暴性を思い出している場合ではないし、こうして心配してくれる相手がいることに、有り難みを感じるべきか。
「それはそうと、さっきの話だと先生だけじゃ厳しいってことっすよね?」
ミアレットが別方向の恐怖に震えている一方で、ランドルがアレイルの「悩み」を拾う形で話を元に戻す。
「そうね。深度からしても、同時発生は3体程度では済まないでしょうし、何より、私自身の感知にも限界があるのよ。……耳はいい方だし、暗くてもよく見えるんだけど。流石に遮蔽物があったりすると、攻撃を外す可能性もあるわ」
アレイルの弓・フレアノートは、魔力を消費して矢を放つ仕組みになっている。もちろん、やろうと思えば普通の矢も番えることはできるが、曲がりくねった迷宮では普通の矢など、まともに使うことはできない。そのため、探索が長期化し、攻撃を外す回数が多くなればなる程、魔力切れも心配しなければならなくなる。
「まぁ……この程度で魔力不足になる程、私もヤワじゃないけど。遮蔽物が多すぎるのよね、今回の心迷宮。ものの見事に鉄格子だらけだし……」
向こう側は真っ暗にしか見えない、細い廊下。華やかな貴族様から生み出されたとは思えない、明らかに異質な暗褐色の空間が、ただただ広がっている。そうして、ミアレットも闇に慣れてきた目であたりを見渡すが……アレイルが言う通り、アンジェレットの心迷宮はどこもかしこも鉄格子で区切られている事に、ようやく気付く。
「……お嬢様が歪んでて、本当にすんません……」
「いや、別に歪んでいると言っているわけではないのよ? トラップがない分、仕掛け自体は単純な方でしょうし」
何も、攻略の難易度が高いのはランドルのせいだけではないだろうに。しかしながら、ランドルには「この光景」にそれなりの気掛かりがあるのか……意味ありげなことを呟いては、肩を落とす。
「やっぱり、お嬢様からは一瞬でも目を離しちゃダメだったんだ。……こうなったのは、俺の責任っす……」
【登場人物紹介】
・ミシェル(地属性/光属性)
神界に3人いる大天使の1人であり、「転生部門」を統括している8翼の天使。
大天使の中では最も古株で、聖弓・アンヴィシオンを使いこなす弓の名手。
しかしながら、色恋沙汰に興味津々過ぎる困った一面があり、ややお調子者の印象が強い。
なお、「悪魔の旦那様(イケメンに限る)」を絶賛募集中……らしい。




