2−20 これまた、ノンストップな感じ
「あっ、そう言えば……自己紹介がまだでしたよね。俺、ランドル・ベルルフィって言います。んで……ま、アンジェレット様の専属執事を子供の時からやってまして」
子供の時から、アンジェレットの執事だなんて。大変だなぁ……なんて、ミアレットは思ってしまうが。それでも彼のざっくばらんな態度に、少しばかり違和感も覚える。ただ漠然とした、違和感でしかないものの。なんとなくだが……彼は、アンジェレットに振り回されているだけではないように思える。
「それはそうと……お嬢様を助ける方法、あるんでしょうか?」
「えぇ、まだ間に合うと思うわ。それにしても……そう。あなたは、彼女を助けてくれる気でいるのね?」
「もちろんです。……いないと寂しいんですよね、お嬢様も」
セドリックとは異なり、お嬢様を「助ける方法」を聞いてくる時点で、ランドルにはアンジェレットを見捨てる気はないらしい。アレイルの問いに、力強く頷いているのを見ても……軽薄な態度の割には、芯も強い様子。いないと寂しいだなんて、可愛げのあることを言ってのけるのだから……それなりに、アンジェレットを憎からず思っているようだ。
「でしたら、すぐにでも助けに行かなきゃね。それじゃぁ、今回の同行者は2名と言うことで……」
ガウガウと足元で抵抗を続ける深魔に向かって、ウィンクをすると、アレイルが自分の手首にそっと手を添える。そうして、メモリーリアライズを起動させると、同じ趣の白銀の腕輪を2つ作り出した。
「それじゃぁ……はい、ミアちゃんに、ランドル君。心迷宮に入るために、これを腕に嵌めて頂戴」
「あ、ありがとうございます……」
アレイルから受け取ったコピー版の腕輪を素直に装備する、ランドル。一方、ミアレットはと言えば……。
「……あぁ。今回はあんまり難易度が高くないといいなぁ……」
「……ミアさんはこれ、初めてじゃないすね?」
「そうなのよぅ……! 今回で巻き込まれるの、2回目なの……!」
「そ、そっすか……」
意図せず攻略要員に仕立て上げられれば、愚痴の1つや、2つ、漏らしたくもなるとばかりに、クダを巻く。しかし、そんなミアレットの事情は我関せずと、アレイルが躊躇いもなくメモリーリアライズを起動し始めている。どうやら……今回は心の準備運動すら、許してもらえないらしい。
(ゔっ……これまた、ノンストップな感じですかぁ……?)
目の前ではDIVE現象が作り出した迷宮の入り口が、容赦無くあんぐりと口を開けている。もうもうと湧き上がる黒い霧に、やっぱり後戻りはできなさそうだと……ミアレットは仕方なしに、またも腹を括った。
「さて……と。さ、行くわよ! 2人とも!」
「はっ、はい!」
「……もちろん、お供しまーす……」
アンジェレットを助けてやりたいという気概は、ミアレットにはあまりないが。不憫な執事さんの意気込みに負けるのも、格好悪いと気分を切り替える。そうして、ミアレットが気分を切り替えている間に……暗転した世界が一気に開けた。
「……今回の心迷宮の舞台はお城じゃないんですね。ここ、どこ? 地下室? まさか……地下牢……?」
「随分と陰気な空間ね。……アンジェレットさんの闇、かなり深そうだわ……」
アレイルの緊迫感いっぱいの呟きに、既に危険度が高いことも思い知らされる。それでもまずは情報を把握せねばと、ミアレットは魔術師帳の「特殊任務実績記録」を確認するが……。
***
発生対象:人間(幼体)
発生日:人間界暦 2722年 290日
発生レベル:★★★
報酬分配:レシオ
迷宮性質:レジスト・風属性
深度:★★★★★
担当者編成
責任者:アレイル(クラス:ダークスレイヤー)
同行者:ミアレット(クラス:メイジ)
同行者:ランドル(クラス:エンチャンター)
***
「前回より、確実に難易度が上がってるんですけど……?」
ランドルのクラスが防御寄りのエンチャンターと認定されたのは、まだまだ軽微な想定外。しかしながら、それ以上の想定外がミアレットの不安を煽りまくる。
それはそうだろう。エルシャの時だって、最終深度は難易度4だったのだ。それなのに、スタート時点から難易度が5もある時点で、目眩を禁じ得ない。……最初から軽く絶望する羽目になるのなら、確認しなかった方が良かっただろうか。しかも、フィールドは陰鬱な地下ダンジョン。もうもう、不穏な空気しか見当たらない。
「……あの。1つ、質問しても?」
「えぇ。どうしました、ランドル君」
「この空間って、お嬢様の精神的なもので出来上がっていたりします?」
「そうなるわね。……ここ、通称・心迷宮は対象者の心理が作り出した、仮想空間。現実とはかけ離れた法則に縛られていたり、不思議な現象が起こったりと……不安定な部分はあれど、概ね、その認識で間違いないわ」
「……そっすか。だとすると、お嬢様はあの事も知ってるのかもしれないなぁ……」
アレイルに移動を促され、周囲の景色を見つめながら歩みを進めるミアレットとランドルだったが。ランドルが意味ありげなことを呟いては、やるせなさげにため息をついた。
「……俺はここのモデルっぽい場所に、実際に降りたことはないんすけど。ヒューレック邸の地下には、お仕置き部屋があるんすよ」
「お仕置き部屋……」
誰に向けるでもなく、アレイルに続きながらも……ランドルが苦しげに言葉を吐き出す。
ヒューレック家は表向きは貴族ではあるが、内情は彼ら執事一家が権威を握っていること。そして、アンジェレットには「無能」と家族から虐げられている実姉がいること。だけど……真の支配者である彼の父・グリプトンは、何故か無能であるはずの姉・シャルレットをヒューレックの正当後継者だと、認めていて……。
「父曰く、シャルレット様は新しい霊樹の女神になる、崇高な存在だとかで……霊樹に迎え入れられる準備をしなければならない、らしいんです。で、元々はそのお仕置き部屋……ま、言ったところで、牢屋っすね。父上が連れ出すまではシャルレット様は普段、そこに入れられてたんすよ」
「……」
魔力適性がない者が生まれることは、貴族にとって致命的な汚点になり得る。しかし、貴族の場合は出産と同時に魔力の測定が行われるとかで……シャルレットの存在をなかった事にもできなかった。
「ご主人様達はシャルレット様を蔑ろにして、時には痛めつけることで、鬱憤を晴らしていたんすよ。自分達も立派に落ちこぼれなのに、弱い立場の娘をいじめることでしか、立場を守れない哀れな人達なんす。まぁ……流石に、アンジェレット様を地下に連れて行くなんてことはしなかったみたいすけど」
それでも、グリプトンが地上へ連れ出したところで、シャルレットの生活はあまり変わらなかった……いや。虐げてくる相手に両親だけではなく、妹まで加わったのだから、むしろ悪化したとすべきか。
「俺、実は三男なんですけど。父上は俺達三兄弟をそれぞれ、ヒューレックの皆さんに1人ずつ付ける事で、シャルレット様への嫌がらせを防がせているんす」
「えっと……それって、つまり……ランドルさんはアンジェレットさんの担当、って事ですか?」
「そういう事っすね」
ミアレットの指摘に、その通りと肩を竦めるランドル。それでも、彼自身はアンジェレット担当であることに不満はないらしい。
「ぶっちゃけた話、ヒューレックが没落するのは、全然困らないんすけどね? 今のご時世、貴族だって威張ってるのは完全に時代遅れですし。俺達の方が魔力も高いもんで、鞍替えも簡単にできちゃうし。でも……ま、腐れ縁ってヤツですかね。お嬢様は遠目に見ている分には、本当に面白いんすよ。……適度に世話を焼いてやる分には退屈凌ぎになって、丁度いいんす。……巻き込まれる周りの皆様には、申し訳ないですけど」
そこ、認識あるんですか。だったら、もうちょっと大人しくさせられません?
巻き込まれた側のミアレットとしては、お嬢様の手綱くらいはしっかりと握っててと言いたいが……。
(えぇと……でも、執事さん的にはワガママな方が面白いになるのかしら……?)
周囲に遠慮を示す、常識的な見解も持ち合わせている反面、ランドルはアンジェレットを遊び相手だと思っているフシがある様子。いや……むしろここまで豪胆でないと、ヒューレックの皆様の専属執事は務まらないのかもしれない。




