1−3 とてつもなく世間が狭い
「そうだったの。それは大変だったわね、ミア」
孤児院に帰ったと同時に、院長先生を捕まえて。ミアレットが「今日の顛末」を愚痴混じりで報告すれば。アーニャも貴族様の横暴には困ったもんだと、呆れるより他にないらしい。
「本当、頭に来ちゃう。私はただ、先生に指名されたから答えただけなのに……」
「えぇ、私もミアは何も悪くないと思うわ。それなのに、複数人で文句を言いに来るなんて。どれだけ、根性が曲がっているのかしらね?」
そうして、労いの意味でもミアレットに温かいココアを出してくれながら、しっかりと相談に乗ってくれるつもりなのだろう。ミアレットの向かいに、アーニャが腰を下ろす。
「それで? そのエルシャちゃんとやらの親御さんに、私からガツンと言った方がいいのかしら?」
「うぅん、そこまでは必要ないかも。アーニャ先生がどんな相手か分かれば、ちょっかいも止まると思うし。まぁ……エルシャ本人はピンと来ていないみたいだったけど……」
「ふふ、ミアはやっぱり大人よね。そうよね。下手に突いて、深魔になられても困るし。……そういうひん曲がった輩に限って、逆恨みするもんだから」
「ですよねぇ……」
あんなにも募っていたイライラが、アーニャに話すだけで落ち着くのだから、不思議なものだ。その上で疲れを癒してくれる甘いココアを口に含めば、自然と心も体もゆるりと解ける。
「……でも、勝手にアーニャ先生の名前を出しちゃったのは、間違いないですし……。ご迷惑だったでしょうか?」
「まさか! あなたを守るためだったら、名前くらいはいくらでも貸してあげる。もちろん、場合によっては実力行使もやってあげちゃうわよ。まぁ……それは最終手段だけどね」
そこまで言って、茶目っ気たっぷりにウィンクしてみせるアーニャ。そうして、最後に「今日もよく頑張りました」と、ミアレットの頭を撫でてくれる。
アーニャは割合気が強い方ではあるが、決して乱暴者ではない。その上で、普段から子供達を相手にしていることもあり、聞き上手である。そんな彼女を前に……ミアレットは生前にこそ、こんなお姉様に会いたかったと考えてしまう。
「ふ〜ん……でもさぁ。ちょっとはやり返してやった方が、いいんじゃないの? そいつ……そのまま放っておいても、深魔になりそう」
「あら、ティデルはそう思う?」
途中から話を聞いていたのだろう。ミアレットの背後から、アーニャにティデルと呼ばれた少女が話に参加してくる。ティデルはアーニャと一緒に子供達を見守っている孤児院の職員で、見た目は幼いが……中身は堕天使である。
(こうなってくると、ますますここの世界観がよく分からないなぁ……)
ミアレットが内心で戸惑うのも、無理はない。「普通の世界観」であれば、堕天使は天使と敵対関係にあると相場は決まっている。だが、ミアレットが(転生して)生まれた「ゴラニア」では天使と悪魔、そして堕天使までもが和解しており、「深魔」さえいなければ平和そのものだったらしい。
「……何つーか。昔の私に似てるのよね、性格の曲がりっぷりが。私は天使だったから、堕天で済んだけど。人間が悪意まみれだと、ヤバいんじゃなかった? 今のうちに、矯正しておいた方がよくない?」
そうして、私にもココアを頂戴とアーニャにねだりつつ、ティデルがミアレットの隣に腰を下ろす。皮肉たっぷりにかつての自分を引き合いに出しつつも……彼女もミアレットの事を心配してくれている様子。頬を膨らませては、一緒にエルシャのやり口に怒ってくれている。
「ミア、いい? 何かあったら、アーニャだけじゃなくて、私にも相談しなさいよ? ミアをいじめる奴は徹底的にボコってやるんだから」
「うん、ありがとう、ティデル先生。でも、大丈夫よ。どうせ、口だけの相手ですもの。ちょっと言い返しただけで、逃げていったし」
「そう? なら、いいんだけど。ま、私はついでに暴れたいんだけどねー」
「あはは、ティデル先生らしー」
しかし、「本当に頭に来るわー」……と言いつつも、それも仕方ないかとティデルがため息をつく。彼女の話によれば、天使や悪魔、精霊等の「魔力ありき」の存在は魔法が使えて当たり前ではあるものの、人間の場合はそうもいかないらしい。そもそも、人間は「魔力適性」……魔力を感じ取ることができ、扱うことができる特性……がない限り、絶対に魔法が使えない種族。そして、その適性は血筋に左右され、ゴラニア世界の「貴族」は本当に「高貴な血筋」であることが前提条件なのだそうだ。
「私も天使になる前は貴族だったから、よく知ってるけど。……貴族にとって、魔力適性の高い・低いは冗談抜きでお家柄の存続に影響するんだわ。だから、そのエルシャとか言うのも、焦っているのかもね。平民に魔力適性が負けているとなると、プライドはズタズタでしょうから。とは言え……ミアレットはそもそも、シルヴィアから預かった時点で、生まれが特別ってことは分かってるんだけどー」
「そ、そうですよね……(これって、囲い込まれてるってヤツ……?)」
因みに、蛇足ではあるが。その女神・シルヴィアも、元々はこのルシー・オーファニッジ出身の孤児だったとかで、たまに顔を出す程に身近な存在である。気まぐれにふらりとやってきたと思ったら、アーニャ達と他愛のないお喋りを楽しみ、「好物」だと言うアーニャのシチューに舌鼓を打って帰っていく所までが、女神様の行動パターンであるが……おそらく、彼女もこっそりとミアレットの様子を見に来てもいるのだろう。いや、ここまで環境が手厚いともなれば、逃げ出さないように監視していると言う方が正しいかもしれない。
そう、ミアレットは女神様達ぐるみで囲い込まれているのだ。志半ばで野垂れ死なれても困ると思われているのか、セーフティネットも万全ならば、生まれた時から神様とも顔見知りだなんて、イージーモードにも程がある。例え、本人が望まざるとも。……ミアレットの周囲だけは、とてつもなく世間が狭いのであった。
【登場人物紹介】
・ティデル(水属性/闇属性)
神界の霊樹・マナツリーの意図に反駁し、翼を黒く染めた堕天使。
しかし、堕天のきっかけを作った天使と和解した後、大天使・ルシエルの恩情にて粛清を免れる。
その上で、様々な葛藤と誤解が解けたこともあり、孤児院の職員として配属されていた。
皮肉屋で斜に構えた態度をとりがちだが、反面、非常に仲間思いだったりする。