2−18 意図しない任務
「……どしたの、ミア。そんなに怖い顔をして……」
「いえ、なんでもないんです。そういう子って、どこにでもいるんだなぁ、って思って……」
アレイルの苦労話を聞くついでに、宿敵の存在を知らされたので……つい、難しい顔をしてしまったらしい。ティデルに心配そうに指摘されて、差し障りのない返事をするが。そんなミアレットの前に、今度はアーニャがお茶ではなく夕食を運んできてくれる。
「ふふ……そうね。どこにでもいるのよね、そういう勘違いしている子。でも、子供のうちはそのくらいの方が丁度いいかもね? 大人になったら、イヤでも現実を受け入れないといけない事も増えてくるから」
子供でいられる間は、いくらでも夢を見ていいのよ……なんて、微笑みながら。ミアレットの夕食とは別に、アレイルにもスープボウルを差し出すアーニャ。そして、スープボウルを受け取った瞬間に、不機嫌そうだったアレイルの顔がパッと綻ぶ。
「あぁ……! ママのスープ、久しぶりだわ……!」
悪魔の血を引くアレイルも、魔力さえあれば食事は基本的に必要ない。しかしながら、アーニャの料理はアレイルにしてみれば、「お袋の味」。やり手のバリバリキャリアウーマン(ミアレット考)も、母の前だと子供に逆戻りするようで……あんなにもパリッとしていた雰囲気さえ、幸せそうにとろけさせている。
「折角、来たのですもの。心ゆくまで、召し上がれ。さ、ミアも冷めないうちにどうぞ?」
「そう言えば、お腹ペコペコでした……。遠慮なく、いただきまーす!」
品数はそんなに多くはないけれど。アーニャが作ってくれる食事は、きちんと栄養バランスを考えられている上に、しっかりと美味しい。特に野菜をたくさん摂れるという理由で、スープはいつも具沢山でレパートリーも豊富。この1杯だけでも腹が満たされる気がすると、ミアレットも幸せな気分にさせられる。
「……あら?」
しかし……幸せの香りに酔いしれるのも、そこそこに。アレイルが訝しげに、自分の魔術師帳を覗き込んでいる。そして、すぐさま不満そうな顔を作っては、深くため息をついた。
「……ママ。これを頂いたら……ちょっと、出かけてくるわ」
「その様子だと、緊急指令でも入ったのかしら?」
「えぇ。……この街で深魔の発生反応があったみたい。もぅ……ツイてないわ。選りに選って、私が来ている時に出なくてもいいのに……」
アレイルはクージェ分校の校長であると同時に、特殊祓魔師である。深魔が発生した場合、最も近くに居合わせた特殊祓魔師が対処する事になっているそうで、今回の場合はアレイルに白羽の矢が立ってしまったらしい。渋々とスープを飲みながら、魔術師帳の情報を見つめているが……。
「……これ、相当に不味いわ。すぐに行かなきゃ」
「えっと……アレイル先生、どうしたんですか?」
「今回のターゲットなんだけど。……マモン様達から情報共有があったのと、同じ状態で深魔化しているの」
それは要するに……誰かに深魔にさせられたという事だろうか?
まだまだ真相は解明できていないが。エルシャの証言からも、彼女は「黒いリンゴ」によって深魔になったのではないかという事が、何となく示されてもいる。そして、俄かに関連しそうな内容も思い出すミアレット。そう言えば……マモンも例の「彼女」の深魔指数に関して、「なーんか、イヤ〜な感じ」と言っていた気がするが……。
「あの、アレイル先生。もしかして……そのターゲット、アンジェレットとかって言ったりします?」
「えっ? どうして分かったの、ミアちゃん。確かに、対象はアンジェレット・ヒューレックだけど……お知り合い?」
「……不本意にも、お知り合いです。それで、今日のお昼は彼女も一緒でした」
かくかくしかじか……と、ミアレットは今日の出来事をアレイルに説明する。昼間はラゴラス邸で、マモン達の特別補講を受けていたこと。その補講にアンジェレットが強引に混ざってきたが……誰も自分を「丁重に扱わないから」という理由で、勝手に帰って行ったこと。そして……その後、「不自然な深魔化」を経験したエルシャから、トリガーと思われるキーアイテムの存在を知らされたこと。
「そう、そんな事があったのね」
「はい……もしかして、アンジェレットさんが深魔になったのって、私達が軽んじたせいなんでしょうか?」
「う〜ん……それは多分、直接的な原因じゃないと思うわ。だって、彼女の深魔指数は予兆すらないレベルだったのだもの。……急激に指数を増加させたのを見ても、深魔にさせられたセンが強いわね」
そこまで言って、アレイルが名残惜しそうにした後……クイとスープを飲み干す。
「あぁぁ……もっとじっくり、ちゃんと味わいたかったのに……。こればっかりは、仕方ないか。とにかく、ママ。行ってくるわ」
「えぇ、気をつけて。スープはいくらでも作ってあげるから、頑張ってきなさいな」
律儀に「ごちそうさま」と、言いながら。特殊祓魔師の顔に戻ったアレイルは、いざ行かんと……キリリと臙脂色のジャケットを羽織る。しかし、切り替えついでに都合が悪い事も思いついた様子。ミアレットが食事を一通り終えているのを確認すると、今度はニッコリと微笑んだ。
「ミアちゃん、悪いのだけど……よければ、手伝ってくれないかしら?」
「へっ?」
「ウフフ……あなたの活躍、ちゃんと聞いているわよ? もう既に、心迷宮も攻略済みなんですって? でしたら、私が言いたい事……分かるわよね? 大活躍のミアちゃん?」
「……えっと、えぇぇとぉ……」
もちろん、アレイルが言わんとしていることは、よく分かっている。心迷宮の攻略は、ただただ力押しでできるものではないという事も、お知り合いがいた方がスムーズに進められるという事も……身をもって経験させられている。だが……。
(これ、また危ない目に遭わされるパティーンですかぁ……?)
そうだ。そうに違いない。ここは敢えて、分からないフリをして……穏便にやり過ごそう。
そんな事を考えながらも、遠くを見つめて目を泳がせるが……悲しいかな。隣からティデルが非常にありがたい補足を加えてくれる。
「そうみたいよ? しかも、マモンの話じゃ……この間の沈静化任務、ミアがいなかったら危なかったらしいし。かなりの活躍だったって、聞いてるけど」
「まぁ、そうなの⁉︎ あのマモン様についていけるなんて、凄いわ!」
「あ、あぅ……そ、それほどじゃ……」
「それに……アンジェレットとやらとも知り合いなら、丁度いいんじゃない?」
ティデルの一言に、アレイルがとっても満足そうに頷いているが。彼女達の反応に……またも、意図しない任務に巻き込まれた事を理解させられるミアレット。
確かに、アンジェレットとはお知り合いである。非常に不本意ではあるが……彼女の傾向もなんとなく、把握できてしまっている。ティデルの言う通り、ミアレットの同行は丁度良すぎる程に理に適っている。
「……わ、分かりました……私が縁者に含まれるのかは、微妙ですけど。……お手伝い、させていただきます……」
「えぇ、是非にお願い。とっても助かるわ!」
「はい……よろしくお願い致します」
もう、いいや。今回もいい勉強だと、割り切ってしまおう。そうして、ミアレットは自分が完璧に巻き込まれ体質であることも諒解させられて、深くため息をついてしまうのだった。




