2−17 目標、捕捉したり
(ゔぅ……今日も色々とてんこ盛りだった気がするわー……)
心迷宮の波及効果について、教えてもらえたまでは良かったが。先生達のご鞭撻と作戦会議に熱が入りすぎたあまり、すっかり遅くなってしまった。またしても、ミアレットの頭脳はキャパオーバーである。
そんなミアレットが我が家でもある孤児院へ帰宅したのは、夕刻を迎えてから。ハーヴェンとマモンはミアレットを孤児院まで送り届けた後は、それぞれのご家庭へと帰って行ったが……明日からは通常業務に戻るため、深魔の発生調査や調伏等で各地を回る予定なのだとか。しかも、セドリックの行方を探しながらともなれば、彼らも相当に忙しくなりそうだ。
(次に会うのは、本校の入学式だろう……かぁ)
しかしながら、既に本校へ登学するのも確実とされている以上に、特殊祓魔師の候補生として期待されている事が、ミアレットとしては非常に気分が重い。生前は特に期待もされない人生を送って来た手前、こうして期待されまくると……却って肩身が狭く感じるのだから、不思議なものだ。
「ただいま戻りました〜……」
それでも、エルシャと一緒に頑張ると約束したし……と、ズシリとのしかかる先生達の期待も、ようよう受け流し。ミアレットが食堂に顔を出すと……そこにはアーニャとティデルだけではなく、懐かしい顔ぶれまで揃っていた。
「お帰りなさい、ミアちゃん」
「あっ! アレイル先生、お久しぶりです。今日はこっちに帰って来てたんですね」
母親譲りの艶やかな金髪を揺らし、ミアレットに微笑むのはアレイル。悪魔と人間のハーフである。彼女は生まれも育ちもカーヴェラであったが、特殊祓魔師に認定されてからは諸事情により、クージェ分校の校長として派遣されている。そして、クージェ分校のお仕事がひと段落すると、こうしてカーヴェラに帰ってくるのだが……。
「と、言うことは……クージェ側は選考試験、終わったんですか?」
「えぇ、なんとかね。今年は18人を本校へ送り出せそうなんだけど……更に1人を特例措置で出すことになったから、ちょっと心配なのよねぇ……」
「特例措置……?」
「あー、さっきの面倒な坊ちゃんの話?」
「そうそう。それですわ、ティデル様」
そんなことをアレイルと話していると、ティデルが人数分のお茶を運んできつつ、話に混ざってくる。困ったもんだと肩を竦めては、アレイルを労うのだから……「例の面倒な坊ちゃん」は相当の問題児のようだ。
「そいつもガルシェッド出身、だったっけ? 確か、アレイルが泣く泣くクージェへ行かされているのも、ガルシェッド家のせいだったわよね?」
「そうなのです……。クージェ出身なんだから、グロウルが向こうの校長をやってくれれば良かったのに。彼にはクージェの校長は務まらないという判断になったそうで……」
アレイルの話を要約するに……グロウル校長先生は魔術師としてはそれなりに優秀でも、古来から実力至上主義社会を貫いてきたクージェ帝国の分校に据えるには、やや実力不足が目立つらしい。それでなくとも、クージェ分校に集まる生徒は他の拠点の生徒と比較しても、圧倒的に魔力適性が高い者が多いのが特徴で……先生より魔法を上手く扱えてしまう生徒もいたりする。そして、自分よりレベルの低い教師の言うことは聞かず、反抗的な行動に出る者も少なくないそうな。
(だからアレイル先生が遥々、帝国まで行っているのかぁ……)
アレイルであれば、カーヴェラへ帰ってくるのも容易いだろう。しかしながら、クージェ分校は生徒の素質が高いばかりではなく、人数も多い。その上で、教師の数も多いので……校長であるアレイルは生徒の管理に加え、教師の統率までしなければいけないこともあり、なかなかに多忙を極めている。故に、彼女がこうしてカーヴェラに帰ってくるのは、数ヶ月に数日程度になってしまっている。
「とは言え、そのお坊っちゃまは養子なので、厳密にはガルシェッド家出身ではないのですけれど」
「あ、そうなの?」
「はい。神の御子として、ガルシェッド家に女神様から預けられた経緯があるそうでして。それで、彼も魔力適性だけは本当に高いんです。だけど、妙に自意識過剰と申しますか……変な妄想癖があるようで、女性に対する距離感が非常に近くて。ですから……私も含め、女生徒や教員達も色々と困惑しております……」
「……」
なんだろう。何かが、ビビッと来たぞ?
ミアレットはアレイルがため息と一緒に吐き出した、苦労話に耳を傾けるが……例のお坊っちゃまのディテールが、見ず知らずのとある知り合いに近しい気がすると、嫌な予感を募らせる。
(……もしかして、彼が……)
マイを異世界転生に巻き込んだ元凶・ユウトだろうか?
「あの……アレイル先生。もしかして、その子……炎属性だったりします?」
「あら? よく知っていたわね、ミアちゃん。その通り、イグノ・ガルシェッド君は炎属性ですが……まぁ、縁組上はグロウル先生の甥っ子になりますからね。もしかして、カーヴェラでも噂になっていたかしら?」
「い、いえ……そういうワケじゃないんですけど……」
今の彼はイグノ・ガルシェッドと言うらしい。しかも、アレイルの話を聞けば聞くほど、疑念が確信に変わっていくのに……ミアレットは俄かに頭痛を覚えた。
初歩的な攻撃魔法しか使えないのに、根拠のない有り余りまくった自信。自分さえ良ければ他はどうでもいいと言う、自己中心的過ぎる思想。その上、例の視察でクージェを訪れていたハーヴェンにまで食ってかかっては……本校への登学を別方向からもぎ取ったと言うのだから、色々な意味で恐ろしい。
……目標、捕捉したり。彼こそがミアレット……こと、マイがぶっ飛ばすと心に決めた仇敵・ユウトに違いない。
(この恨み、晴らさでおくべきか……! ここで会ったが、12年目……!)
こうなったら、何がなんでも本校に登学して、キャツにギャフンと言わさなければ。ライブをお預けにされたマイの恨みは、深淵のそれを思わせる程に深いのだった。




