2−13 魂胆、丸見えですけどー?
「……帰るわよ、ランドル」
「えっ? どうしてっすか、お嬢様。折角、お勉強会に混ぜてもらえるのに……」
トップクラスの魔術師直々に教えてもらえるとあって、魔法学園に通うことができないランドルは勉強にも乗り気である。その上、ご一緒することになったラゴラスのお嬢様は噂で聞いていたよりも遥かに控えめで、素直だった。この調子なら気兼ねする必要もなさそうだと、ランドルも安心していたのに……。
「えぇ? 執事さん、帰っちゃうの? ライバルがいる方が、一緒に頑張れると思ったのに……」
「いや、俺もできれば帰りたくないんすけど」
もちろん、「以前のエルシャ」であれば、アンジェレットに負けず劣らずの傲慢娘ではあったのだろうが。「現在のエルシャ」は、ある意味で別人である。ランドルが混ざる事に異を唱えることもなければ、むしろ一緒に頑張ろうとまで言えてしまう度量も持ち合わせていた。
「私はもう帰るって言ってるの! 平民と落ちこぼれに混ざって、勉強だなんて冗談じゃないわ!」
「さっきまで強引に皆さんに混ざろうとしてたのに、今更何を言ってるんすか。お嬢様、これはいい機会なんですから、ちゃんとお勉強させてもらいましょうよ」
「だって、さっきから酷いじゃない! 私には何の説明もないのに、あんな試験じみたことをさせて! お陰で恥をかかされたわ!」
何の説明も受けていないのは、ミアレットも同じだと思う。
先生達はアンジェレットだけを貶めようとして、あのような出題をしたワケではないし、実際にミアレットだって前情報も条件も提示されていない。ただ違いがあるとすれば、自発的に指南書を読み込んでいたかどうか、くらいである。
「いや、ミアちゃんもアンジェレットさんも、条件は一緒だったろ? ヒントはあげてないし、正解を教えていたわけでもない。アクアバインドの錬成や効果も、全く同じものを用意してたし……」
「そんなの関係ないわ! この場の誰よりも私が格上なのだから、優先的に扱うべきよ! 私には真っ先にヒントを寄越すのが、スジじゃなくて⁉︎」
「……その判断基準、どっから来てるんすかね……?」
しかし、基本的には「自分中心」で世界が回っているアンジェレットは、道理も理論も通じないワガママを通そうと、ヒステリー気味に騒ぎ出す。自分の不用意な発言に、周囲が敵らだけになってしまうことにさえ気付けずに……尚もランドルを急かした。
「……仕方ないっすねぇ。お嬢様が帰ると言うのなら、従うしかないし……。すんません、先生方。せっかくのお誘いですけど、俺達はこの辺でお暇させていただきます。えぇと……色々と、お嬢様が申し訳ありません……」
具体的に「何が申し訳ないのか」までは、ランドルは言及しないものの。アンジェレット以外の全員が、ランドルが言わんとしている事も察しては、苦笑いしてしまう。可哀想に……お嬢様のお言葉はどんなに曲がっていようとも、一応は従わなければならないのが、召使いの辛いところである。
「だったら、アンジェレットさんだけ帰ればいいじゃない」
「はっ?」
しかし、他所様のお嬢様・エルシャにはアンジェレットの道理は通用しない様子。それでなくとも、アンジェレットのワガママは目に余るものがある。ここは同じ貴族である自分が注意せねばと、思ったのかも知れない。
「大体……呼ばれてもいないのに屋敷にやってきて、庭先で大騒ぎするなんて、マナー違反だと思わないんです? 私、アンジェレットさんを呼んだ記憶は一切ないんですけど」
「そ、それは……」
お呼ばれしていないのは、ミアレット達も一緒なのだが。一応、ラゴラス伯夫妻(エルシャの両親)から「いつでも来てくれて構わない」とご了承は頂いているし……と、そこは考えなくても良いかと、ミアレットは強引に割り切った。今はとにかく、難敵相手に立ち向かうエルシャを見守るに限る。
「……ここはヒューレックの屋敷じゃなくて、私の屋敷なのですけど? だったら、ゲストでもないアンジェレットさんじゃなくて、私の方が優先されるべきだと思いません?」
「何を偉そうに……!」
「偉そうなのは、アンジェレットさんの方じゃない。上級生だってだけで、無理やりミアレットとペアを組もうとしたり、私達の邪魔をしたり。ミアレットも迷惑がっていますよ?」
「そ、そんなことないわ! ね、ねぇ、ミアレットさん⁉︎ 私の事、迷惑だなんて言わないわよね⁉︎」
「いえ、実際にとっても迷惑ですけど……」
きっとアンジェレットは「迷惑だなんて、滅相もない」……なんて、言葉を期待していたのだろうが。ミアレットの口から出たのは期待とは程遠い、辛辣な拒否だった。
「あ、あんまりよ……! 私はただ、ミアレットのためを思って……」
「いや、私を利用しようとしている魂胆、丸見えですけどー? 昨日といい。今日といい。絶対に私のためじゃなくて、自分のためですよね? それ」
引き続き冷めた視線に、冷めた口調で応酬するミアレット。それでも、これ以上刺激するのは良くなかろうと……ミアレットはため息まじりで、妥協案を出してみる。……アンジェレットはどうも、お嬢様補正で思い込みが激しいフシがある。下手に刺激しすぎたあまりに、深魔に堕ちられたら堪ったものではない。
「とにかく、今は大人しく一緒に勉強しません? 私を利用することよりも、自分で何とかする方がいいと思いますよ?」
ミアレットとしては、かなり頑張った提案である。本当は一対一で教えてもらおうと思っていたのだし、完全にアンジェレットはお邪魔虫でしかない。しかし……。
「もういいわ! いいわよ、帰ってやるわよ! 本当に、帰っちゃうんだからね! ひ、引き止めても無駄なんだから!」
「……」
きっと、引き止めて欲しいんだろうな。その場の誰もがそう思うものの、素直に彼女の思惑に引っ掛かる者もいない。そうして、これまた思い通りの声がかからないことに、ワナワナと震えていたかと思うと……アンジェレットはフンと苛立ちげにそっぽを向いて、走り去っていった。
「あーあぁ……やっぱ、俺だけでも追ってあげた方がいいのかなぁ……」
「いいんじゃないですか? 別に。執事さんがここで追いかけたら、アンジェレットさんは反省しないと思いますし」
「そりゃぁ、そうなんですけど……でも、すみません。やっぱり、お嬢様の側仕えが優先ですんで。またの機会があれば、混ぜてくれると嬉しいです」
何だかんだで仕事熱心なランドルは、結局はアンジェレットが心配な様子。またとないチャンスをフイにしてまで、一礼とともに去っていくのだから……口ぶりや態度は軽薄でも、ランドルのお嬢様への忠誠心は意外と重いのかも知れない。




