2−12 魔法への情熱
突如始まった、アクアバインドの検証……ならぬ先生達の余興、兼・デモンストレーション。結局は、ハーヴェンもマモンも相当に遊び好きなのだろう。まるで子供のように2人ではしゃいでは、生徒をそっちのけで力比べに興じている。
「さてさて、今度はどんな魔法で来るのかな? マモン先生」
「おっ、随分と煽ってくれるじゃないの、ハーヴェン先生。それじゃ……風神の嘆きを知れ、その身に嵐の罪を刻まん! エアリアルダスト!」
楽しそうに、マモンが次なる一手を繰り出す。しかし……彼が放った魔法は、ミアレットがまだ知らないものだった。どうやら、ここからは中級以上の魔法でアクアバインドの牙城を崩そう、という事らしい。
「ほーん……風系の魔法じゃ、傷1つ付かねーか。次は雷系の魔法で行ってみますかね」
鮮やかに魔法を展開されても、鉄壁のアクアバインドはやはり、微動だにしない。そうして、続け様に別の魔法を繰り出すマモンだったが……。
「雷神の怒りを知れ、その身に轟の罰を下さん……サンダーライトニング!」
「うわっ⁉︎」
展開の瞬間から放たれるのは、強烈な轟音と閃光。それでも、照準は「真正面」に限定した様子。マモンの魔法は律儀に側面のみを包み込んでは、ビリビリと電流で的確に水塊を刺激しているが、アクアバインドを崩すまでには至らない。
「おぉっ! 雷系の魔法でも崩れないか! うーん……やっぱ、あれか? 錬成度ブッパで発動しないと、ダメか?」
「ここで錬成度最大でやっちゃ、ダメだろ。それでなくても、マモンは国1つを吹っ飛ばしたこともあるんだし。みんなを巻き込まないためにも、しっかり手加減してくれよ」
「そうなんだけど、なー。いや〜……ここまで完璧に防がれると、悔しいだろ」
ハーヴェンから錬成度を抑えるように言われて、不貞腐れたようにブーブー言い始めるマモンだったが。
(国を1つ吹き飛ばしたって……軽く言っていい内容じゃない気がする……)
当たり前のように繰り広げられる彼らの会話に、ミアレットは空恐ろしいものを感じずにはいられない。
「錬成度を抑えて、効果を出すとなると……仕っ方ねぇ。あれを発動するかぁ」
「あれ……ですか? 先生」
「うん、あれ。俺が使える中で、最強の魔法を試してみまーす。つー事で……みんな、もうちょい下がっててなー。こうなったら、意地でも正面突破してやるぜ」
「あっ、はい……」
「……ミアレット。それはそうと、大丈夫なのよね? ウチの庭……」
「う〜ん。多分、大丈夫じゃない? 万が一吹き飛んでも、先生達なら直す手段も持っていそうだし……」
そうエルシャに応じつつも、ミアレットも不安で仕方がない。本当に庭が吹き飛ばされなければ、いいのだけど。
(でも、エルシャには悪いけど……先生の魔法はもっと見たい……!)
確かに、庭は心配だ。しかしながら、これは絶好のチャンス。マモンが使える中で最強の魔法ともなれば、次に繰り出されるのは風属性の最上位魔法だろう。使い手さえ限られている魔法を間近で見られる機会なんて、そうそうないに違いない。
(名前だけは聞いたことがあるわ……。確か、魔法名はイエローカタストロフィ……)
各エレメントの最上位攻撃魔法は、魔法陣の色に因んだ魔法名が付いているのが特徴で、全ての魔術師にとって「一度は使ってみたい憧れの魔法」でもある。最上位魔法は各ベースエレメントには2種類ずつあるが、片方はフィールド系の補助魔法なので、派手な効果も相まって……攻撃魔法の方が圧倒的に人気も高い。それこそ、ミアレット達のような下級生達の間にも、魔法名が知れ渡るくらいに。
「天王の名の下に怒号を纏い、荒神たる鉄槌とならんことを……金色の息吹で全てを滅ぼせ、イエローカタストロフィ!」
ミアレットも「名前だけは知っている魔法」をマモンが展開したと同時に、アクアバインドの側面に並ぶ形で、複雑な文様の魔法陣が浮かび上がる。本人の言葉にあったように、錬成度は抑えているのだろうが……その魔法陣1つで、離れた場所にいるはずのミアレット達を包む空気さえもがビリビリと震え、肌を刺激してくるではないか。
(ゔ……魔力の圧、半端ないんですけど……!)
そして……肝心の魔法はと言えば。まるで集中攻撃とばかりに、魔法陣分のスペースから大量の雷の束を迸らせ、ハーヴェンのアクアバインドを穿つどころか、最終的には雷の熱で蒸発させる始末である。
「どうよ、ハーヴェン! 横から突破してやったぞ〜?」
「お見事、って言いたいところだけど。……いくら何でも、イエローカタストロフィを使われたら、無理だって……」
「でも、さー……逆に言えば、ここまでしないと強制解除できないって事だよな? これをやっちまったら、捕獲対象も丸焦げかもなー。う〜ん、錬成度を抑える練習もしないとダメか……」
「うん、遺骨も残らないレベルで丸焼きだろうな。これじゃ、目標達成にはアウトだ」
「だよなー……」
今度はアクアバインドを強制解除できた事ではなく、外側だけを解除する方法について話し合い始めるハーヴェンとマモン。その会話から、中の水分は捕獲対象に見立てたものだったのだと、ミアレットは気付かされるが……。
(いやいやいや、待って待って! 錬成度を抑える練習も何も……ここまでのアクアバインドにお目にかかるケースの方が少ないからね⁉︎)
やはり、先生達の魔法への情熱は方向性がズレている。第一、仲間の魔法を解除する場面があるかどうかさえ、怪しい。
「……なんか、凄いモノを見た気がするわ……。あんだけ派手に雷が出てたのに、庭は無事だし、芝生も燃えてないし。魔法って、ここまでコントロールできるものなのね……」
「そうね。……まぁ、先生達は色々と規格外が過ぎる気がするけど。私達も勉強すれば、最高レベルの魔法も使えるようになれるかも知れないわ。エルシャ、一緒に頑張ろうね」
「うん!」
ヒシと手を取り合うミアレットとエルシャ。目標も新たに、決意を共有できたのは素晴らしい事ではあるが……当然ながら、彼女達の間に割り込もうとしていたアンジェレットは面白くない。マモンの魔法で、インパクトがやや薄れかかってはいるが。ハーヴェンのアクアバインドを強制解除できなかったのは、アンジェレットだけだ。しかも……。
「にしても……アクアバインドって、奥が深いんすねー。俺も使えるけど、あんなに綺麗な柱は作れないし。先生の魔法は、なんか別物みたいっす……」
「おっ、そうなのか? だったら、執事君も上手に使えるように、一緒に勉強するかい?」
「いいんすか⁉︎」
「うん、構わない。勉強熱心な子は、いつでも大歓迎なんだな」
ランドルまでハーヴェンと意気投合しては、しっかりと溶け込んでいるではないか。まるで、アンジェレットの居場所だけが用意されていないかのように、彼女以外のメンバーはこのまま勉強会を続けるつもりと見えて、和気藹々と話を弾ませている。そんな状況に……アンジェレットが癇癪を起こすのも、当然と言えば、当然であった。
【魔法説明】
・エアリアルダスト(風属性/中級・攻撃魔法)
「風神の嘆きを知れ その身に嵐の罪を刻まん エアリアルダスト」
風を圧縮し、空気中に漂う「塵」に鋭利な刃を纏わせることで、一定範囲内の対象を切り刻む攻撃魔法。
攻撃を担う媒体が非常に細かく、小さいため、例え防御に優れた相手であろうとも僅かな隙間や傷があれば、効果を損なう事なく殺傷力を発揮する。
そのため、既にダメージを受けている相手には、更なる猛威を振るう魔法である。
・サンダーライトニング(風属性/中級・攻撃魔法)
「雷神の怒りを知れ その身に轟の罰を下さん サンダーライトニング」
対象範囲に雷を落とす、攻撃魔法。
攻撃スピードが非常に速く、対策もなしに防ぐのは難しいとされる。
構築概念がシンプルかつ、イメージがしやすいこともあり、エアリアルダストよりは発動難易度は易しめ。
反面、攻撃範囲の調整が難しい部分があり、狙いを定めて雷を落とすにはかなりの修練が必要となる。
・イエローカタストロフィ(風属性/上級・攻撃魔法)
「天王の名の下に怒号を纏い 荒神たる鉄槌とならんことを 金色の息吹で全てを滅ぼせ イエローカタストロフィ」
風属性において、最高威力を誇る攻撃魔法。
雷同士を結束させた「束」で落とし、魔法発動中は電流値を保った状況を作り出すため、数ある雷を利用した攻撃魔法の中でも桁外れの殺傷力を持つ魔法。
対象を死亡させるどころか、肉体ごと完全に消滅させる。
まさに「破滅」の名前に恥じない効力を発揮する魔法であるが、電流値を保つための構築概念が難解であること、雷を束状にするまでに操るのが難しい事に加え、消費魔力も非常に膨大なことから、発動難易度も破滅的な様相を呈している。




