2−10 強がるのは無謀
あぁ。今日も、とっても面倒なことになった。本当に面倒過ぎて、嫌になっちゃう。
そんな事を考えつつ……ミアレットはジットリと、元凶のアンジェレットを睨みつける。大体、ミアレットはマモンと1対1で魔法の手解きをしてもらうつもりだったのだ。それが、あれよあれよと言う間に生徒が4人に増えれば、面白くない。
(……まぁ、エルシャが一緒なのは構わないけど……。どうして、アンジェレットさんも一緒なのよ……)
ペアを組む予定なのだから、エルシャの魔法への理解が深まるのはミアレットとしても喜ぶべきだし、彼女の講師はハーヴェンが担当する以上、不満もない。だが、アンジェレットはそうではない。彼女は迷惑にも、エレメントだけはお揃いなのだ。当然ながら、彼女もマモンが面倒を見ることになるのが、ミアレットには非常に不満である。……これでは、聞きたいことも聞けなくなるではないか。
「とは言え……一応、概要を言っておきますと。さっき、エルシャちゃんが言っていた通り、今日は授業の穴埋めで来ているだけでな。そんなもんだから、ミアちゃんに合わせた補講がメインだ。アンジェレットさんにレベルを合わせるなんて事はしないから、そのつもりで」
人気講師の特別授業に混ぜてもらえる……そんな高待遇さえも当然だと、アンジェレットが気分を高揚させているのも、束の間。彼女の上機嫌をはたき落とすように、マモンからちょっぴり辛口な前振りが飛んでくる。
(あっ、そこはちゃんと対応してくれるのね。……だったら、知りたい事を教えてもらえるかなぁ……)
きっと、マモンもミアレットの不満を見透かしたのだろう。面倒見がいい彼にしては珍しく、突き放すような事を言ってくれるが……。
「まぁ! 先生は私がミアレットのレベルについて行けないと思っておいでなの⁉︎」
「ほぉ……?」
しかしながら、本当にプライドだけは高いアンジェレットは萎縮するどころか……あろうことか、ギャンギャンとマモンに噛み付いた。そんな彼女にマモンは怒らないばかりか、ニコニコと笑顔を浮かべている。しかし……ミアレットには、マモンの笑顔がこの上なく恐ろしい。
(これ……アンジェレットさん、完璧に虎の尾を踏んだわー……。先生達相手に、強がるのは無謀だって……!)
高位の天使や悪魔は、相手の魔力をそれとなく感じ取ることができる。どこまで正確に測ることができるのかは、ミアレットも知らないが。今までの発言からしても、彼らは魔力が「多い・少ない」を見抜いていることは、何となく想像できると言うもので。なので、マモンはとっくに知ってもいるはずなのだ。……アンジェレットの魔力適性が、そこまで高くないことを。
(それなのに、そんな事を言って大丈夫かな……)
いくらアンジェレットが迷惑な相手だと言っても、揉め事はゴメンである。しかしながら、ミアレットの祈りを無視して広がるのは、ただただ不穏な空気ばかりかな。
「なぁ、ハーヴェン先生。……ちょっといい?」
「おぅ。……何かな、マモン先生」
さっきまで、互いに呼び捨てだったはずなのに。ますます不穏な雰囲気を醸し出し、コソコソと内緒話をし始めるハーヴェンとマモン。しばらく後ろ向きで話し合っていたが……最後にハーヴェンが「グー!」と親指を立てて、何かの了承を示す。……一方でミアレットはその瞬間、確実に何かに巻き込まれた事を悟った。
「ほんじゃ、ま。これから、ミアちゃんとアンジェレットさんの魔法の使い方を見させてもらおうかな」
「魔法の使い方、ですの?」
「えっと……具体的に、何をすればいいんです?」
「別に難しいことじゃないよ。今から、ハーヴェンには水属性の初級魔法・アクアバインドをダブルキャストで展開してもらう。それぞれに全く同じ錬成条件で水の的を作るから、ミアちゃんとアンジェレットさんには風属性の魔法を使って、アクアバインドの解除に挑戦してみてほしい」
エレメントの相性が悪い魔法をぶつけた場合、優位関係にあるエレメント側の魔法で、強制的に効果を消失させられることがある。そして、ハーヴェンが展開しようとしている魔法・アクアバインドは風属性に弱い。やりようによっては確かに、風属性であるミアレット達にも解除は可能だろう。だが……。
(絶対、普通にやってもクリアできない気がするわー。だって……相手はあのハーヴェン先生よね?)
術者が水属性のスペシャリストである時点で、一筋縄ではいかないだろうと……ミアレットは警戒を募らせる。
あくまで普通にやって対処できるのは、「普通の魔術師が、普通に展開した魔法」に限った話であって、使い手が熟練者だった場合はエレメントの優位性はあまり意味をなさない。……優秀な魔術師によって展開された魔法というのは、得てして、錬成も工夫されている事が多いのだ。ハーヴェンのことだから、エレメントの弱点をカバーする構築くらい、しっかりと組み込んでくるに違いない。
「つー事で、ハーヴェン。いっちょ、頼むわ」
「あいよ、任せておけって。清廉の流れを従え、我が手に集え。その身を封じん……アクアバインド、ダブルキャスト!」
鮮やかに展開されたのは、綺麗に直立するアクアバインドの柱が2本。ご丁寧に、ミアレットとアンジェレットのそれぞれの正面に展開されたそれは、水流ならではの僅かな揺らぎこそ見せるものの……相当にしっかりと錬成されているのだろう。僅かな音を立てるでもなく、直立不動で大地にどっしりと鎮座している。
「……! えぇと、この場合は……」
やはり……これはただのアクアバインドではない。ミアレットは異常なまでの透明度を保つ水塊を見つめながら、突破口を掴むにはどうすればいいか、悩む。
(……セバスチャンさんの魔法よりも確実に硬いわ、このアクアバインド。……多分、普通に魔法をぶつけても無駄な気がする……)
アクアバインドが風属性の魔法……特に雷系の魔法で効果が損なわれるのは、割合知られている事ではある。だが、攻撃魔法を純粋にぶつけただけでクリアできるような出題を、ハーヴェン達がしてくるとも思えない。
「こんなの、攻撃魔法で分解すれば良いのでしょう⁉︎ ミアレットは、何をそんなに悩んでいるのかしら?」
「……だといいんですけど。多分、直球の攻撃魔法は通じないと思いますよ、これ」
「フン! どうせ、攻撃魔法を使えないだけなのでしょ? いいわ、いいわ。ここは上級生の私が、お手本を見せてあげる!」
悩むミアレットを尻目に、アンジェレットが意気揚々と攻撃魔法を展開し始める。そうして、ぎこちないながらも無事に魔法を放つが……。
「煌めく風よ、天を臨め! 風の息吹を刃と成さん……ウィンドブレイド!」
アンジェレットの手元から放たれた風の刃は、一直線に柱へと飛んでいく。しかし……アクアバインドの表面に当たった瞬間にプシャっと情けない音を立てては、水の肌に傷1つ付ける事さえできずに、すぐさま消失してしまった。
「……えっ……? ちょ、ちょっと! どうしてよ⁉︎」
「……だから、言わんこっちゃない……」
慌てふためくアンジェレットを横目に、ミアレットはやれやれと肩を落とす。
確かに、何事にも正攻法というものは存在する。だが……今回の対象は明らかに、構築を工夫された特殊な魔法だ。対策なしに崩せるほど、ヤワな作りをしていない。ただ突風を発生させるだけの魔法では……ベテラン魔術師の魔法を解除せしめるには、程遠いのである。
【魔法説明】
・ウィンドブレイド(風属性/初級・攻撃魔法)
「煌めく風よ 天を臨め 風の息吹を刃と成さん ウィンドブレイド」
空気を圧縮し、風の刃を作り出すことで対象を切り刻む攻撃魔法。
初級魔法のため魔力消費量が非常に小さく、攻撃魔法には珍しく連発もある程度は可能……と言えば、使い勝手が良さそうな印象を受けるが、実際には魔法の効果範囲が非常に狭いため、連発できないと使い物にならないと言った方が正しい。
硬い外皮を持つ魔物や、鎧などの武具を装備している相手など、防御力が高い相手には思うような効果が得られない事もあるので、錬成度を高めるテクニックが非常に重要となる魔法である。




