2−9 不本意ですが、お知り合いです
確かに、ラゴラス邸は貴族街にある。それでもって、きっと同じ貴族であるヒューレック邸も貴族街にあるに違いない。だが……ハーヴェンが「例のストーカー」と言っていた以上、彼女がライバルのラゴラス邸にやって来たのは、奇遇でも、偶然でもないだろう。
「なぁなぁ、ミアちゃん。……あちらさん、やっぱりミアちゃんのお知り合いで、合ってる?」
「はい、合ってます。非常に不本意ですが、お知り合いです。あっ、誤解しないでください。……友達でもなんでもありませんから」
「そ、そうか……」
隠し切れていない存在感(悪目立ちとも言う)を発散し続ける、アンジェレットの方に顎をクイとやりながら。マモンが微妙に生暖かい眼差しで、様子を窺っている。
(なんて紹介すればいいんだろうなぁ……。そもそも、アンジェレットさんとお知り合いだなんて思われるの、超不満なんですけどー……)
きっと、アンジェレットは今まさに、自分が注目の的だとは思いもしなかったのだろう。その場の全員で、冷ややかな視線を送っている状況で、これまた間抜けにもヒョコッと顔を出す。そして……勢い、バッチリと合う、視線と視線。
「あっ……」
「あっ……じゃ、ないですからね! そんな所で、何をコソコソとしているんですか! 恥ずかしくないんです⁉︎」
「え、えっと……い、いやぁ……。ミアレットを街中で見かけたものだから、お茶でもと思って……」
「……言っておきますけど。孤児院の前から付いて来てたの、バレてますから。アンジェレットさんとお茶をしたいとも思いませんし、サッサと帰ってくれません?」
いつになく厳しいミアレットの拒絶に、アンジェレットが「都合の悪い相手」なのだと、しっかりと理解させられるハーヴェンとマモン。一方で、わざとらしくウルウルと瞳を揺らしているアンジェレットは、頼みもしないのにズズイとやってきては、勝手な提案をぶちまけてくるのだから……本当に厄介だ。
「まぁ、なんて酷い……! あなた、ヒューレック家にそんな事を言っていいの? 私は孤児のあなたにも、しっかりと上流貴族のマナーを教えてあげようと思って、来たのに……!」
「そんな事を頼んだ覚えもないですし、そういったマナーが必要になったら、エルシャに相談します。……エルシャのお父さんとお母さんも、いつでも来て良いって言ってくれてますから。そちらにお願いすることは何もないです」
「なんですって⁉︎ もちろんヒューレックにだって、いつでも来てくれて良いのよ⁉︎」
「……いや、そういう事を言ってるんじゃなくて……」
絶妙に通じない話に、ミアレットが脱力していると……先生方は何かに気づいたらしい。ふぅむと唸りながらも、予想外の相手に声をかけ始めた。
「お話中、すまないんだけど……そっちの男の子、ウチの生徒じゃないよな?」
「へっ?」
ハーヴェンの質問が想定外だったのだろう。アンジェレットが間抜けな声を出したが……それに構わず、今度はマモンが自分の魔術師帳をふむふむと見つめながら、アンジェレットではなく、付き人と思われる男の子に声を掛ける。
「うん、生徒名簿にも見かけない顔だな。……かなりの魔力を感じるが、どうして学園入りしなかったんだ?」
「俺は代々、ヒューレックに仕える家柄の出ですから。学園に通うよりも、仕事をしないといけなくて……」
「そうか、そいつは残念だなぁ。……この感じだと、そっちのご主人様よりも魔力適性がありそうなんだが」
あっけらかんとした表情からするに、マモンは他意もなく本当のことを言っただけなのだろう。だが、彼の指摘はプライドの高いアンジェレットにしてみれば、非常に面白くない。これまたよせば良いのに、あまりよろしくない向きの誤解をしては、強引にこちら側に混ざろうとしてくる。
「ちょっと! 私を無視して、召使いに声をかけるなんて……何なのよ! 第一、こんな所に本校の先生がいるなんて……どうせ、ラゴラスの差金なんでしょ⁉︎」
「えっ? ウチは何もしてないですよ? えぇと……ミアレットが学園都合で早退になったから、その穴埋めで授業をしてくれるって事になったみたいで……」
「お黙り! 落ちこぼれには聞いてなくてよ! どうせ試験を有利に進めてほしいって、賄賂でも渡したんでしょ! そ、そうよ……前回もきっと、私の方を落とすように仕向けたのだって、ラゴラスに違いないんだから!」
1人で勝手にギャーギャー騒いで、学園とラゴラス家の不正をでっち上げては、「どうだ!」と言わんばかりに胸を張るアンジェレット。しかしながら……自分の主張が各方面を敵に回す内容であることに気づけないのは、アンジェレット本人のみである。周囲の視線が冷え冷えとしていくのに気づかないのも、本人ばかりなるかな。
「うわ〜……昨日もそうでしたけど。アンジェレットさんって、救いようがないくらいに空気読めないんですね……」
「うん……。私も、これはないと思う……。それにお金なんか渡さなくても、お兄様は実力で試験をパスしただろうし……」
「第一、学園側が賄賂を受け取る理由がないんだよなぁ。魔力適性があれば、誰でも入学できるし……授業料も貰っていないし……」
「ま、人間の先生にはちゃんとお給金は出しているけど。俺達は給料をもらう必要もないからなー。食わなくても生きていけるし、俺はコーヒーがあれば十分かなー」
「そ、そうなんすか……。お嬢様。やっぱり、今日は退散した方がいいと思いますよ。……さっきの発言、完璧に滑ってますし、自爆してますし」
「そ、そうなの……?」
その場にいる全員に勘違いを指摘されて、みるみる内に萎れていくアンジェレット。ここまでダメ出しの集中攻撃を食らったら、流石に「空気が読めない」アンジェレットも引き下がる……と、ミアレットは思ったが。しかしながら悪魔男子というものは、底抜けにお人好しな生き物でもあるらしい。いかにも「見るに見かねた」様子で、予想外の提案を投げてくる。
「そういう事だったら、2人も一緒に魔法のお勉強、するかい? 俺はそれでも構わないけど……マモンはどう?」
「俺も構わないぞ。丁度、風属性と水属性で2人ずつみたいだし……いいんじゃない?」
おそらく彼らの提案には、あらぬ誤解を解く目的も含まれているのだろう。先程まで呆れた表情も引っ込めて、穏やかにその場を収めようとしてくるが……。
(うわ……これは絶対に、色んな含みがある顔だ……! 先生達、何を企んでいるんだろ……)
ミアレットとしては、既に嫌な予感しかしない。




