1−2 孤独を愛する少女
「グスッ……! な、何よ! そこまで言わなくてもいいじゃない……」
ミアレットは本当のことを指摘しただけだったのだが、エルシャには耐え難い屈辱だったらしい。悪目立ちした延長で、ミアレットの前でポロポロと泣いてみせるのだから、嫌がらせとしても本当に悪質である。
(あぁ……マジで面倒臭い……)
しかし一方で、ミアレットの視線は冷ややかだ。そもそも、ミアレットにはエルシャをやり込めようという意図も、貶めようという意思もない。エルシャが勝手に突っかかってきて、勝手に傷ついただけ。それなのに……。
「ちょっと、エルシャちゃんに謝りなさいよ!」
「そうよ、そうよ! 孤児のくせに、生意気なんだから!」
取り巻き達がやんややんやと、囃し立てるものだから、事態は収束する気配もない。周囲は一方的にミアレットを悪者扱いするつもりのようだ。
(もういいや。どうせ、この子達とはお友達をやっている必要もないんだし……)
こうなればいっその事、孤独を愛する少女になってしまうのも……一考かも知れない。
「はぁ……本当に、どうしようもないんだから……。馬鹿馬鹿しくて、話にならないわ」
「な、なんですって!」
「最初に突っかかってきたのは、そっちでしょ? 大体さー……“孤児上がり”だなんて、言っている方がよっぽど意地悪じゃない。それこそ、そこまで言わなくてもいいんじゃないの?」
「ゔっ……で、でも!」
「エルシャちゃんは貴族で……!」
「だから、何? 貴族だか、お姫様だか、なんだか知らないけど。勉強する気がないんだったら、学校に来るなっつーの。その方が、余計な恥もかかなくて済むでしょうに」
「化けの皮が剥がれた」とは、今のミアレットの事を言うのかも知れない。彼女の豹変に、少女達はハクハクと口を動かすだけで、何も言い返せない様子。
それはそうだろう。今まではエルシャの言い分を聞くだけだったミアレットが突如、反撃に出たのだから。少女達はどうすればいいのか分からないのも、当然だ。それでなくても、吹っ切れてしまったミアレットの舌鋒はキレッキレである。年端もいかない子供には、中身が28歳の大人を言い負かすことは難しい。
「……もう、いいかな? とにかく、放っておいてくれない?」
「こっ、このままでは、済まさないんだから……!」
「へぇ、そう。もしかして、パパにでも泣きつくつもり?」
「そ、そうね! こうなったら、お父様にコテンパンにしてもらうんだから!」
「そっか。それは、楽しみね」
「……えっ?」
そうして今度はニヤリと微笑む、ミアレット。その笑顔はどこか、不気味ですらある。
「ふふ、やれるものなら、やってみたら?」
「な、何よ……本当に、やってやるんだから……!」
「そう。そんじゃ、私は帰ったら……アーニャ先生に相談しなくっちゃ。カーヴェラの貴族様に虐められているって言えば、エルシャのお家ごと吹き飛ばしてくれるかも」
「アーニャ先生? ……誰、それ?」
「とことん、エルシャは抜けてるのね……。ま、いいか。アーニャ先生はウチの孤児院の院長先生なんだけど、それなりに有名人みたいだから。もしよかったら、お父様とやらに聞いてみれば? アーニャ先生って知ってる……って」
「え、えぇ……?」
「アーニャ先生」を知らないなんて。本当にエルシャは(分校とは言え)魔法学園に通っている自覚はあるのだろうかと、ミアレットは改めて呆れてしまう。
アーニャ先生は孤児院の院長である以前に、魔界からやってきた上級悪魔だ。魔法もバリバリに使えるし、ミアレットにとっては頼り甲斐のある格好いいお姉様である。そして、オフィーリア魔法学園公認魔術師としての肩書きも持っているのだが……非常勤教師という事もあり、花形の魔術師より目立たない存在なのは、否めない。
(まぁ、エルシャの目的はハーヴェン先生みたいだし……炎属性の先生が目に入らないのは、仕方ないのかもね……)
手元の学園支給の「魔術師帳」で、教員リストのページを開くと同時に、今度はフムフムと物思いに耽るミアレット。そうして、名簿の中にいる顔ぶれのほとんどが「顔見知り」であることに、女神様達の過保護さをまざまざと思い知る。
エルシャが「憧れているの!」と公言して憚らない「ハーヴェン」は、「特殊祓魔師」と呼ばれるトップクラスの魔術師だ。しかしながら実際に会ってみると、本人は非常に穏やかな「気のいいお兄さん」でしかなく……とてもではないが、魔界の大物悪魔とは思えない。そして彼を始めとした、「天使の息がかかった悪魔達」はどういう訳か……ミアレットが育った孤児院、ルシー・オーファニッジに縁があるそうで、たびたびお土産を持参しては遊びに来るのだ。なので、教員リストの錚々たる面々とは、既に面識があったりする。
おそらく、マイを誑かした女神様達はガッチリ彼女を守ると同時に、確実に囲い込むつもりでもあるのだろう。生まれて間もないミアレット(マイ)が孤児院で覚醒した時点で、間違いなく確信犯である。
(しかし、この世界って……どういう設定なのかしら? 天使と悪魔が孤児院を経営していたり、協力して魔法学園を運営していたり……)
ようやく(文句を垂れながらも)、エルシャ達が離れて行ったのを見届けながら。改めて、放り込まれた世界に思いを馳せるミアレットこと、マイ。彼女が前世で暮らしていた「日本」もそれなりに、文明が発達していたと思っていたが……やはり魔法が存在する世界となると、発展加減は別次元だ。
まず、今しがた彼女が眺めている「魔術師帳」は元々いた世界の「スマートフォン」に似ているものの、性能は完璧に別物だと言っていい。魔法道具だと言われるそれは、まず「電池切れ」をしない。原動力を魔力としているため、空気中にわずかでも魔力があれば、いつでも稼働可能だ。しかも、恐ろしいほどに頑丈かつ、使い勝手も抜群。持ち主の魔力反応とリンクしており、いちいちパネルを操作しなくても、瞬時に持ち主の思考に基づいた「必要としている情報」が表示される仕組みになっている。
(いや、マジで画期的だわー……とは言え……)
《お探しの情報は見つかりませんでした》
パネルに素っ気なく表示された文字を見つめては、ミアレットはため息をついてしまう。
……「元の世界に帰る方法」を始めとした、「検索結果が存在しない」、あるいは「制限がかけられている」情報はどう頑張っても表示されないのだ。また、学生の年齢に設定を合わせているのだろう。今のところトップメニューの「ライブラリ」に表示されているのは「初級魔法」の指南書のみで、中級魔法以上の情報はミアレットの魔術師帳には表示されていない。
それでも魔術師帳1つで、ある程度の情報や、欲しい物品が揃うのは嬉しい限りである。ちょっとしたおやつが食べたいともなれば、必要数を入力して「注文」をタップするだけで、転移魔法により瞬時に手元に届く。なお、物品の交換には学園内でのみ利用できる「チケット」の数値を消費する仕組みになっており、授業に参加したり、テスト等でよい成績を収めたりすると適宜支給される。
(……うん。ここは気分転換するに限るわ。チケットも貯まっているし、おやつを交換しようかな……)
そうして、何気なく表示された「チョコレートマフィン」を注文し、すかさず口に含む。……ありがたい事に、こちらの食文化も相当に発展しており、おやつは見事にハズレがない。
なお、ミアレットはエルシャを始めとする、学友達がやっかむ程に成績は優秀である。そして、優等生ならではの懐の潤い具合も、嫉妬の対象なのだろう。
(いや……この程度で躓いていたら、日本に帰るための魔法なんて、絶対に作れないと思うし)
中身は大人なのだから成績が優秀なのは、当然と言えば、当然かも知れないが。こんなところで、中身が老けていることが強みになるなんて……と、ミアレットはチョコレートマフィンを頬張りながら、人知れず苦笑いしてしまうのであった。
【登場人物紹介】
・ハーヴェン(水属性/闇属性)
オフィーリア魔法学園に所属する教師の中でも、「特殊祓魔師」と呼ばれる深魔討伐のエキスパート。
外観は人好きしそうなお兄さんと言った風情だが、中身はエルダーウコバクという暴食の大物悪魔である。
大天使・ルシエルが契約主であると同時に、彼女の夫でもあるが……妻に頭が上がらないらしく、常に尻に敷かれている苦労人の旦那様・その1。
料理上手でもあり、家事全般もスマートにこなす。
・ルシエル(風属性/光属性)
神界に3人いる大天使の1人であり、「調和部門」と「救済部門(後任募集中)」を兼任している8翼の天使。金髪碧眼。
小柄で愛らしい姿をしているが、聖槍・ロンギヌスを所持しており、神界でもトップクラスの実力を誇る。
冷静沈着な性格で、やや軟派者揃いの天使達の中にあって、割合マトモな感性の持ち主ではあるが……。
夫であるハーヴェン(とその料理)にメロメロなあまり、彼絡みの問題となると、途端に怒りの沸点が低くなる特徴がある。
【補足】
・魔法道具
魔力に親和性のある魔法素材を媒体に、あらかじめ構築された魔法を封入した道具のこと。
利用者の魔力状況に関わらず、誰が利用しても一律効果を発揮する。
形状や用途・効果は様々であるが、素材の入手難易度が高いことや、封入される魔法を作成者が使えることが前提であることから、総じて貴重品である。
なお、魔法学園の生徒達が持たされている「魔術師帳」は、神界で利用されていた天使達の魔法道具・「精霊帳」(天使達の身分証明書のようなもの)を参考に設計されており、持ち主の魔力状態や、魔法の習熟度などの情報を神界へ送信し、収集・集積する目的もある。