2−5 モテる自覚があるのかないのか
今日は休みだし……と、ベッドの中でゴロゴロしていたミアレットだったが。ハタと「重要なイベント」が控えていることも思い出し、慌てて飛び起きる。
「……うっわ。もう8時回ってるじゃない……。どうして誰も起こしてくれなか……って、あぁ。……今日は休みなの、アーニャ先生達も知ってるわよね」
折角の休日くらい、お寝坊してもいいじゃない。
普段から、休校日は先生達のモーニングコールは免除されている。きっと、ミアレットが遅くまで予習・復習に励んでいるのも、知っているのだろう。孤児院で魔法学園に通っているのが、ミアレットだけとは言えども。アーニャを始め、孤児院の先生方は皆、子供達の生活サイクルには大らかである。昼まで眠っているなんてことがなければ、まずまず安眠の邪魔はしてこない。
「ゔっ……これは起きられなかった私が悪いかもぉ……」
自戒を込めて、虚しい独り言を溢すものの。もしかしたら、お客様は既に来ているかも知れないと……ミアレットはいそいそと洗面所へと急ぐ。そうしてパタパタとつっかけを鳴らしながら、廊下を行くが。その廊下の先からは、ご訪問を想定していたお客様と、ご訪問を想定していないお客様とが、こちらにやってくるのが目に入る。
「あ、あわわ……マモン先生だけじゃなくて、どうしてハーヴェン先生まで……?」
寝起きでボサボサ頭のミアレットとは対照的に、彼らの方は準備万端の様子。普段の服装からは相当にラフな格好ではあるものの……。揃いも揃って、きちんとシャツにジレを着込んでいるのだから、ネグリジェ姿のミアレットからすれば、当て付けにも程がある。
「久しぶりだな、ミアちゃん。その様子だと……ハハ、元気そうで何よりだ」
「い、いや……元気は元気ですけど……マモン先生だけじゃなくて、ハーヴェン先生まで来てるなんて、何かあったんですか?」
「うん、ちっとなー。ミアちゃんの魔法を見るついでに、ちょいと作戦会議もしましょうって事になってな。んで……ミアちゃんの朝食が済んだら、早速お出かけするぞ〜」
「へっ? お出かけ……? 魔法の勉強はここでするんじゃないんすか?」
いつもの調子で、マモンが更なる想定外を言い放つが。どうやら……ハーヴェンまで揃っているのは、渦中の被害者・エルシャの様子を見るためでもあるらしい。
「ちょ、ちょっと待ってください! えぇと……エルシャって、実は……」
「お? もしかして、まだまだ本調子じゃないのかな? だとしたら、お邪魔するのは申し訳ないか……」
「いえ、そうじゃなくて。……エルシャ、ハーヴェン先生に憧れているって、ずっと言ってたんです。だから、何の気なしに会いに行ったら、驚かれそう……と言うか、大変なことになりそうと言うか……」
エルシャの調子は絶好調とは言えないにしても、髪をバッサリ切ってしまえるだけの潔さを発揮していたのだから、きちんと立ち直ろうとしつつある。それに、彼女自身も上を向こうと頑張ってもいるので、話を聞くくらいであれば問題ないと思う。ただ……お喋りの相手が憧れの人ともなれば、話は別だ。
「あっ、そっちか。う〜ん、参ったなぁ……」
そうして、いかにも困惑した表情で頭を掻くハーヴェン。普段からそういった類の視線には慣れているのだろうが、お仕事がスムーズに遂行できないともなれば、ご本人様的にもあまりよろしくない状況のようだ。
「ほーん? 流石、超人気者の特殊祓魔師様だなー。モテる男は辛いねぇ〜」
一方のマモンは、ハーヴェンが困っているのがちょっと面白いらしい。自身の境遇はヒョイと棚に上げ、軽快にハーヴェンを揶揄うが……。
「その言葉、そっくりそのまま返すぞ、マモン」
「……あ?」
当然の切り返しに、短い声と一緒に何故か硬直するマモン。……どうやら、本気でハーヴェンの返答が予想外だったらしい。
(マモン先生って……モテる自覚があるのかないのか、イマイチ分からないわー)
ある時には「旦那はモテる方が、嫁冥利に尽きる」なんて、軽口を叩いていた気がするが。反面、彼らには異性からモテたいという願望はないらしい。むしろ、あまりモテ過ぎるのは、迷惑がっているフシもある。なにせ……。
(多分、お嫁さんを怒らせるのが、怖いんだよね……)
彼らは天使と悪魔の夫婦である。この時点で、明らかに組み合わせがおかしいのだが。更に恐ろしいのが、彼らは2名とも魔界の超大物悪魔だと言うのに、お嫁さんと契約済み……つまりは、首根っこを掴まれている状態らしい。なんでも、悪魔達が人間界で暮らすには天使との契約(つまりは彼女達への服従)は絶対条件で、浮気を含む「オイタ」は全面禁止なのだとか。
(しかも、ハーヴェン先生のお嫁さんって、メチャクチャ偉い天使様なんだっけ……)
リッテルが相手なら、まだ抱きつかれて振り回される程度で済むのだろう。しかし、大天使・ルシエルを怒らせた場合には、どんなお仕置きが待っているのか、ミアレットには微塵も想像もできない。相手が実力派の大天使ともなれば……それはそれはもう、凄惨な修羅場が待っている気がする。
「あのぅ、それはそうと……そろそろ、準備を再開したいんですけどぉ……」
それはさておき、今はとにかく身支度を整えるのが最優先。彼らの夫婦関係に想いを馳せている場合ではない。
「おっと! それはそれは……失礼しました。そんじゃ、ま。俺達は食堂で待っていようかな」
「ハハ、邪魔してゴメンな。ミアちゃん、また後で」
「はい……」
これ以上、レディの身支度を邪魔するつもりはないと見えて、軽やかに悪魔男子2名が食堂の方へと廊下を引き返していくが……。彼らの背中を見送りながら、ここが本校の廊下だったら、さぞかし黄色い声でうるさいんだろうなと、ミアレットは変な心配と想像をしてしまう。
(はぁぁ……どうしてこうなるのかなぁ、もぅ。私はただ、魔法を教えて欲しいだけなのにぃ……)
寝起きから早々、波乱の予感がすると……起き抜けのせいだけではない、寒気にブルっと身を震わせて。ちょっぴりお寝坊しただけだと言うのに、完全に出遅れたばかりか……想定外のお出かけまで積まれては。ミアレットは朝から、ため息しか出ないのだった。




