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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第2章】目指せ! オフィーリア魔法学園本校
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2−4 グダグダ悩んでても、仕方ないんじゃない?

「なんだって? セドリックが消えた?」


 ミアレットとエルシャが中庭で作戦会議をしている、その頃。諸々の懸念事項の報告と情報整理のため、オフィーリア魔法学園・本校に久しぶりにやってきていたマモンは、魔法学園副学園長であり、兄でもあるアケーディアからセドリックが失踪したと告げられていた。

 それでなくとも、エルシャが深魔に堕ちたのは実兄の悪巧みが原因である。物騒な戦利品の存在もあり、マモンとしても一刻も早く、セドリックを問い詰めるべきだと思っていたのだが……。


「兄貴、ちょっと待てよ。セドリックが放り込まれてたのって、例の監視房だよな?」

「えぇ、そうです」

「魔法が完封されてるあそこから、脱出ってできるもんなのか?」

「副学園長の僕でも無理ですね」

「……だよな? それに、セドリックは水属性だったはずだ。そもそも、転移魔法の類は使えないと思っていたんだが……?」

「……そうですね。風属性以外に転移魔法が存在するとすれば、闇属性のポインテッドポータルのみです。彼が人間である以上、この魔法の行使は不可能でしょうし……あと残る可能性があるとすれば、魔法道具の所持ですが」

「お仕置きの時は、魔術師帳も含めて道具類は丸ごと没収だろ? 魔法道具を持ち込むのは、無理じゃねぇ?」

「そうなんですよねぇ……。しかも、扉が開けられた形跡もないものですから。……どうやって彼が逃げたのか、分からない状況なのです」


 マモンとソックリな顔を顰めながら、さも悩ましいとアケーディアが嘆息する。

 監視房には外からしか開けられない扉が1箇所と、天井付近に口を開けた、採光のための窓が3つ。窓自体は非常に小さく、子供が通り抜けられるどころか、月を仰ぎ見ることさえ叶わないくらいに狭い。


「……となると、外から助けた奴がいるって事になるか?」

「ですけど、扉は開けられた形跡がないのです。外部から助けるって……あっ」

「兄貴も気づいたか? それだったら、可能性はゼロじゃないだろ?」

「……そういう事ですか。外部から魔法道具を持ち込めれば、脱出する術はあるかもしれませんね。この場合の侵入経路は窓になりそうですが……ふむ。あの隙間を通り抜ければいいのであれば、小動物に変身でもすれば、何とかなりそうですし」


 とは言え、それも人間には難しいだろうと、アケーディアは考える。

 まず、この世界に純粋な変身を叶える魔法は、今のところ存在していない。新しい魔法を作ればそれこそ、可能性はゼロではないが。……概念の流用先と思われる変身魔法・メタモルフォーゼは非常にクセのある魔法であり、構築概念も難解な傾向がある。その上で厄介な前提条件を孕んでいる魔法でもあるため、上級魔法の指南書に掲載すらされていない。


(ポインテッドポータルも、メタモルフォーゼも、人間が使えるとは思えませんし……この場合は、脱出を幇助したのがそれなりの存在だと考えた方が良さそうですか……?)


 だとすると……セドリックを攫ったのは、グラディウス側の住人だろうか?

 現代のゴラニアにおいて、純然たる悪役は存在していない。天使や精霊はもちろんのこと、悪役と位置付けられがちな悪魔や堕天使でさえ平穏な日常を謳歌できるほどに、少し前までのゴラニアは本当に平和だったのだ。そう……グラディウスの魔力が、世界を汚し始めるまでは。もし、ゴラニアの平和に仇なす相手がいるとするならば。それは不協和音の元凶である、グラディウス側の手の者だと考えるのは、ごくごく自然な推察だろう。


「いずれにしても、分かんねーものは、分かんねーんだし。ここでグダグダ悩んでても、仕方ないんじゃない?」


 そうして、いよいよ深みにハマり始めたアケーディアの懸念を、あっけらかんとマモンが受け流す。しかしながら、本来は慎重で用心深いはずの弟が、わざわざ軽薄に振る舞う理由も悟っては。アケーディアも素直に、後ろ向きな考察を中止した。


「……それもそうですね。ここで僕と君とでいくら話し合っても、何も解決しません。それに……僕は考えすぎると、どうもネガティブになってしまうのが、いけない。あまり、深刻に悩まないようにしないと」

「そーそー。こういう時は、サクッと気分を切り替えるのも、大事だぞ。それに、まだ手掛かりは残っている」

「ほぅ? そうなのですか?」


 アケーディアの気質を、ようよう知り尽くしてもいるのだろう。すぐに「憂鬱」になりがちな兄を安心させようと、マモンがちょっとした世間話をし始める。


「ほれ、兄貴も知ってるだろ? 深魔を意図的に発生させようって奴らがいそうだってこと」

「えぇ、もちろん。特殊祓魔師達を分校へ視察に出したのだって、各校にそれらしい兆候がないかどうかを、確かめるためでしたし」

「うん、そうだったな。で……報告書にも書いた通り、今回のターゲット・エルシャちゃんは意図的に深魔に堕とされた可能性が高い。……セドリックの手によってな」

「……なるほど。そのエルシャは、セドリックの実妹でしたね。だとすると……エルシャが何か覚えていないか、確認するのが良さそうですか?」

「そういうこった。だから、早速エルシャちゃんに事情聴取……と、言いたいところだけど。一気に色んなことがあり過ぎたからな。まだ心の傷も癒えていないだろうし、焦りは禁物だ」


 およそ悪魔らしからぬ、穏やかな笑顔と配慮を滲ませて。マモンが更に、仕掛けてきた手の内もアケーディアに明かし始めた。


「それに、ちょいと仕込みもしてあってな。……キーパーソンには個人的に、唾をつけてある」

「おや……気になる魂の持ち主でも、見つけましたか?」


 悪魔にとって、魂は一種の糧でもある。どうしても魔力が足りなくなった時、存在意義を見失いそうになった時。彼らは自分よりも弱い相手から魂が担保する存在意義を搾取することで、自己肯定感と征服欲とを満たそうとする。そして、悪魔であるマモンの「唾をつける」という発言の趣旨を、同じ悪魔であるアケーディアが「そちらの向き」で誤解するのも無理はない話だが……。


「違う、違う。イマドキ、そんなお行儀の悪いことはしねーよ」

「それじゃぁ、なんだと言うのです……」

「俺が気にしてるのは、魂の質じゃなくて、教え子の可能性の方だ。昨日、一緒に心迷宮攻略ついでに……協力してくれたミアちゃんと、対象者のエルシャちゃんの魔術師帳に、俺の権限でアイテムボックスを解放しておいたんだ。そんでもって、彼女達には戦利品でもある、深魔の破片を持たせてある」

「あぁ……全く、君は本当に大胆なことをしますねぇ……。それで? 君はまさか、彼女達をずっと見守るつもりでいるのですか?」

「ま、そんなとこだなー」


 さも当然と返される、弟の無謀な返事。そんな彼に、やれやれとアケーディアが呆れたように首を振るが。一方のマモンは、どことなく得意げだ。


「あまり褒められた方法じゃないし、彼女達を囮にするつもりもないけど。破片が具現化された時に、マーキングもしておいた。変な動きがあったら、すぐに分かるぞ」

「なるほど。しかしながら……変なところで悪魔の領分を発揮しなくても、いいでしょうに」


 マモンは紛れもなく、強欲の大悪魔である。表立って物欲を発揮することはないものの、興味のある道具にそれとなくマーキングを施し、所在を把握する特殊能力を持ち得ている。人探しには使えないし、本人にはあまり積極的に使うつもりもないようだが。それなりに便利な能力なのは、間違いない。


「ま……それこそ、強欲の性分ってヤツだな。もちろん、黙って横取りなんざ、しないぞ? でも、深魔の破片は欲しがる奴が大量発生するくらいの貴重品だ。……万が一があった時には、ちゃんと駆けつける準備くらいはしておくさ」

「……いいでしょう、好きになさい。君であれば、大抵のことは力尽くで解決できるでしょうし。とは言え……くれぐれも、無理はしないでくださいよ」

「おっ! 俺のこと、心配してくれるのか?」

「当たり前でしょう⁉︎ それでなくても、君は色んなことに首を突っ込むのですから、危なっかしいったらありません‼︎」

「う、うん……一応、それなりには気をつけるよ……」


 意外な兄の剣幕に、ちょっぴりたじろぐマモン。しかしながら……心配されるのは、愛されている証拠とサッサと割り切り、副学園長室を後にするのだった。

【登場人物紹介】

・アケーディア(地属性/闇属性)

魔界に君臨する、大悪魔の1人。オフィーリア魔法学園の副学園長。

6種類の「欲望」と2種類の「感傷」を統括する悪魔のうち、アケーディアは「憂鬱」を司る。

魔界でも最初に作られた大悪魔ではあったが、ヨルムンガルドの不手際により、不完全な状態で生み出された。

「出来損ない」として生を受けたが故の扱いに嫌気が差し、出奔した人間界で試行錯誤(とかなりの悪行)をしていたが、最終的にはグラディウス鎮静化に助力した功績を認められ、現在は伴侶の妖精族・ヴェルザンディと人間界で暮らすことを許されている。

非常に卓越した魔法知識を持っており、殊に、魔法同士を掛け合わせて新しい魔法を作り出す「魔法構成学」に明るい。

諸事情により、マモンと瓜二つの顔をしているため、よく双子に間違えられるらしい。


・ヴェルザンディ(地属性)

妖精族の中でも言霊の扱いに長ける上級精霊・ドルイダスであり、魔界の大悪魔・アケーディアの妻。

アケーディアが人間界で試行錯誤している期間に出会った精霊で、一度は死別(に見せかけて、アケーディア側が蒸発しただけである)扱いとなっていたが、霊樹戦役後の再会を機に、元鞘に収まる格好で再婚している。

「憂鬱」を性分として抱える夫をよく理解しており、アケーディアが素直に甘えられる数少ない相手である。


【魔法説明】

・ポインテッドポータル(闇属性/上級・転移魔法)

「我が祈りに答えよ 我が身を汝の元に誘わん ポインテッドポータル」


あらかじめ固有紋様による魔法陣を刻み、基準点(通称・アンカー)を構築しておくことで、距離・空間の乖離に関係なく、どんな場所からでも基準点への移動を可能とする。

種族限定魔法を除けば、風属性以外で唯一の転移魔法。アンカーを刻む際に大量の魔力消費が発生するため、上級魔法に分類される。

一方でアンカーの構築に成功さえすれば、紋様を共有してもらうことで、術者以外も同様に移動が可能となる。また、アンカーを刻んだ術者が死亡さえしなければ、基準点が消失する事もない。

なお、アンカーの記録は「祝詞」に記憶されるため、「祝詞」を持たない人間には行使できない。


・メタモルフォーゼ(闇属性/上級・補助魔法)

「汝が姿を我が衣とせん 汝が存在を我が物とせん 泡沫の夢を メタモルフォーゼ」


術者が知り得る対象に変身する魔法。

発動するには、術者が対象のディテールをおおよそ把握していること、相手が既に生存していないことが挙げられるものの、厳密には「魂が元の肉体から離れ、別の個として還元されている」が本来の条件と定義される。ニアイコールで「対象が死亡していること」が条件だと簡易的な解釈が罷り通っているが、「複数の自我が同じ形で存在していないこと」が魔法としての正しい解釈である。

元は魂を蔑ろにして、相手と強引に1つになるという欲望を原点としており、禁呪に指定はされていないものの、結果的に「相手を亡き者にする」必要性があるためか、大々的に存在を公開されていない魔法でもある。


【補足】

・魔法構成学

魔法学の中でも、魔法構築に焦点を当てた応用学問の1つ。

魔法の構築概念を分解し、必要な構成理念を抽出、その上で複数概念を掛け合わせることで新しい魔法を生み出すアプローチを模索するための学問。

対象魔法の構成概念を熟知していることが前提となり、魔法概念に付随する専門知識も必要となる。

オフィーリア魔法学園のカリキュラムでも、かなり高度な学問と位置付けられており、魔法構成学の講義受講には上級クラスへの昇進が条件となっている。

生徒向けと言うよりは、教師向けの学問として扱われることが多い。

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