2−1 エレメントが被らなくて、何より
本校の入園選考試験は、約1ヶ月後。そして、2人1組での合同試験となるが……必ずしもペアを組んだ生徒が揃って選考をパスできるわけではなく、焦点は生徒個人の資質にあるらしい。そんな事を説明されていたことも思い出しつつ、ミアレットは選考試験が2人1組で行われる意義も、何となく理解していた。
(多分……心迷宮の攻略には、魔術師同士の連携が必要だからだろうなぁ……)
フライングで意図しない「体験学習」(しかもぶっつけ本番)をしてしまったミアレットは、いくら高レベルの特殊祓魔師とて、1人での任務は非常に危険だろうことも理解していた。
マモンによれば、心迷宮は「現実世界とは異なる法則で縛られている」ものらしい。そして、彼は「強いだけの奴には、易々と攻略できない」と自虐混じりで言ってもいた。その上で……ミアレットも彼の言葉がほぼほぼ正しい事を、否応なしに理解させられている。ただ1つ、疑惑があるとすれば……。
(マモン先生だったら、実力でゴリ押しできる気がするわー。……普通の人間には、あの動きは無理ってだけで……)
多分、彼の自虐はただの謙遜だろうとミアレットは踏むものの。あの修羅場でさえ、最終深度がレベル4程度だった事を考えると……心迷宮の難易度は、まだまだ上があるという事でもある。……明らかにレベル配分がおかしいし、自分1人だけでは絶対に攻略できない自信が、ミアレットにはあった。そう……人間の魔術師だけで攻略しようとなった時。心迷宮は明らかに、単体での突破は不可能な作りになっているのだ。
深度2程度の心迷宮でさえ、属性攻撃に対して「レジスト」と呼ばれる、抵抗力の法則が適用されていた。このことから、決まったエレメントしか使えない魔術師の単騎突入では、レジスト項目によっては成す術もなく撤退もあり得る。例えば、水属性に対する抵抗力が適用されている心迷宮に、水属性の魔術師が挑んだところで……魔物への有効打を見つけることができず、返り討ちにされるだろうことは想像に難くない。
(となると……やっぱり、ペアを組む相手は、違うエレメントの生徒がいいってことよね。まぁ……私は、エルシャと組むって決めてるんだけど)
改めて教室をそれとなく、見渡せば。まだまだ本格的にペアを決めかねている生徒が多い中で、ミアレットはエルシャと一緒に選考試験に挑戦すると約束している。しかも、エルシャは水属性の持ち主なので、風属性のミアレットと組むにも申し分ない。彼女とエレメントが被らなくて、何よりである。
「あっ、エルシャ。おはよう……って、その髪! どうしたのよ⁉︎」
そんな風に、相方でもあるエルシャの登校を教室で待っていると。今朝はいつも通りの時間にやってきたエルシャを見るなり、安心する前に驚いてしまうミアレット。それもそのはず、昨日まではキッチリと綺麗に纏められていた彼女の銀髪が、ものの見事にショートカットになっているではないか。
「うん、おはよう、ミアレット。……ちょっとスッキリしたくて、切っちゃった。お父様にはめちゃくちゃ泣かれちゃったけど……お母様はいいんじゃない、って褒めてくれたの。どう? 似合う?」
女は失恋すると髪を切る……なんて、ちょっとした迷信もあるけれど。エルシャのそれは、覚悟の表れなんだろうなと、ミアレットはそっと思い至る。ともなれば、ここで友達としてかけるべき言葉は……。
「えぇ、とっても似合ってるわ。まぁ、エルシャは美人だから、どんな髪型でも問題ない気がするけど」
「そ? ふふ、ありがと」
核心には触れずに、「似合うよ」と言ってあげればいいだけだ。まだまだ心の傷が癒えていないだろう彼女に、敢えて現実を突きつける必要はない。
「はい、みなさん、おはようございます。出席を取りますので、席に着いてください」
「あっ、もうそんな時間か……ミアレット、また後でね」
「うん。また後で」
エルシャとの会話が途切れた、程よいタイミングでミアレット達の担任教師・フェリーラが教室に入ってくる。そう言えば、これからしばらくは「選考試験」に向けた特別カリキュラムが組まれるのだっけ……と、思い出しながら、ミアレットはフェリーラの言葉に耳を傾けていた。
【登場人物紹介】
・フェリーラ・アルマディ(水属性)
オフィーリア魔法学園・カーヴェラ分校にて教師を務める魔術師。29歳。
クージェ帝国との国境に位置する、ルクレス地方の城塞都市・ミットルテ出身。
カーヴェラ分校の出身者でもあり、母校で初等魔法を教える傍ら、自身も特殊祓魔師への昇進を目指している。




