1−1 紛れもない、孤軍奮闘
「深魔」。それは生き物の心に宿る「恐怖」や「悪意」が顕在化した魔物。
古き世界・「ゴラニア」では、この「深魔」の出現による被害が深刻化していた。
ゴラニアの大気を満たす「魔力」は穢れを溜め込んでしまった場合、「瘴気」へと変質することがある。そして、この「瘴気」は生き物の「悪意」や「恐怖」等の「負の感情」に癒着しやすい傾向があり、死者の無念を吸って「魔禍」という魔物へと姿を変えることがあった。だが、「魔禍」には死者の魂は宿ることは無く、彼らの無念……いわゆる「残留思念」が消失した時点で消滅するのが常であり、光に弱いという性質もあってか、そこまで問題視される存在ではなかった。
だが、「深魔」は違う。
彼らは「魔禍」の派生系とも考えられる存在だが、魔禍とは本質的に異なり、悪意ごと魂までもが瘴気と癒着した結果に発生した魔物だ。しかも悪いことに、彼らは悪意を抱いていた相手を忘れており、相手が誰だろうと関係なく、手当たり次第に恨みを晴らそうとする。……つまり、無作為に大暴れし始めるのだ。無関係で、罪のない相手さえも巻き込み……最近では深魔が発生した事により、街1つが壊滅する事態にまで発展している。
***
(と、言われましても……)
やはり、とんでもない世界に連れ込まれてしまった。
マイ……いや、現在は「ミアレット」と呼ばれている少女は机の上で突っ伏し、嘆かざるをえない現実にウンウンと悩んでいた。
「元の世界に帰るための魔法を作る」。それが彼女の揺らぐことのない、最大にして、絶対に「ハズせない」最終目標ではあるが。……その前に、否応なしに魔術師になるための学校に放り込まれたとあらば、魔物退治に駆り出される未来も見えてくるというもの。
(やっぱり、危ない目に遭わされるパターンじゃないですかぁぁぁぁ! 女神様達のバカぁッ‼︎)
……そうして、幾度となく心の中で女神様への恨み節を炸裂させても。誰も慰めてくれないし、苦労を分かち合ってくれる相手もいない。紛れもない、孤軍奮闘である。しかも……。
「あら、ミアレット。いつもながらに、貧相な顔をしているわね」
(出たッ! アホ雪……!)
誰にも理解し得ない、深刻な悩みを抱えていると言うのに。いつもながらに、ミアレットにちょっかいを出そうと、取り巻きを引き連れ仁王立ちしているのは……エルシャ。ミアレットの一応の同級生であり、貴族出身のお嬢様……らしい。
(確かに、見た目だけは完璧なのよねぇ……見た目だけは)
透き通るような白銀の髪に、エメラルドのような深緑の瞳。顔立ちもそれなりに整っているし、何より……衣装の豪華さも相まって、もはや一端のお姫様といった風情だ。
なお、余談ではあるが。「アホ雪」とはミアレットが心の中で付けた、エルシャのあだ名(不名誉なヤツ)である。かつて住んでいた世界で一世を風靡した『アニ雪』こと『アニーと雪の魔女』の登場人物に引っ掛けて呼んでいるだけなのだが。あっちのお姫様は美人なだけじゃなく、魔法も優秀だったのになぁ……とミアレットは自分で命名したクセに、一人で勝手にガッカリしていたりする。
(……でもさぁ。……ここ、学校なんだけど)
キラキラした輝きを纏うのは、大いに結構な事だろう。だが……ミアレットが突っ伏していたのは教室の机であり、場所は学校である。間違っても、ダンスホールでもなければ、パーティ会場でもないし、氷の城でもない。
しかもご丁寧に何かとネタを見つけては、派手な衣装でミアレットにちょっかいを出してくるのだから、ますますタチが悪い。これでは、一緒に「悪目立ち」してしまうではないか。
(こういう子って、クラスに1人や2人、必ずいるもんなのねぇ……)
遠い過去(前世)の記憶から小学生だった頃を思い出しては、妙に生温かい気分になりつつ、やり過ごすミアレット。とりあえずは話を聞いて流してやれば、勝手に溜飲も下げてくれるはず。そうして、いつも通りに適当に応じるはずだったが……。
「フン! 孤児上がりのクセに、調子に乗らないで! さっきの、私だって分かっていたし!」
「さっきの? えっと、どれの事?」
「どれって……えぇと……」
「あっ、魔法概念の基礎のことかな? それとも、属性の相性の話? 或いは……うーん。エルシャさんが答えられなかった問題、ありすぎてどれか分からないんだけど……?」
「なっ……!」
しまった。上の空を通り越して……つい、正直に答えてしまった。
そうして意図せずエルシャをやり込めてしまったと、ミアレットは焦るが……後の祭りである。見れば、エルシャは真っ白だった頬を真っ赤にして、プルプルと震えている。
(ヤッバ。これ、長引くパターンかも……?)
そう、エルシャは非常に残念な事に……あまり、頭の出来はよくないらしい。彼女が答えられなかった問答を、ミアレットがスラスラ答えてしまったのが非常に気に入らず、文句を言いに来たらしいのだが……これでは、却って格好も悪い。
【登場人物紹介】
・ミアレット(風属性)
不慮の事故で異世界転生を果たした、小野塚麻衣その人。
現在12歳。焦げ茶色の髪に青い瞳の、平均的な見た目の少女。
生まれた時から親はなく、孤児院で育った……という設定で、オフィーリア魔法学園・カーヴェラ分校に通っている。
しかしながら……その孤児院が女神(天使達)の息がかかった施設であり、彼女を確実に魔術師に育て上げるため、転生直後に孤児院院長・アーニャに預けられたという裏事情がある。
・エルシャ・ラゴラス(水属性)
ゴラニア大陸中央に位置する、ルクレス地方の首都・大都市カーヴェラの貴族の娘。
チヤホヤされて育ったせいもあり、とにかくワガママで努力が嫌い。
そのため、魔法の成績は今ひとつパッとしない。
孤児でありながら、魔力適性の高いミアレットを敵視している。
・アーニャ(炎属性/闇属性)
ミアレットが育った孤児院「ルシー・オーファニッジ」の院長であり、「リリス」という色欲の上級悪魔。
天使と契約を済ませた「札付き」の悪魔で、天使長の要請により孤児院運営を任されている。
なお、非常勤ではあるが、オフィーリア魔法学園の教師としても名を連ねており、攻撃魔法のプロフェッショナルとしても高名な美女。
【補足】
・エレメントの相互関係と、上位エレメントについて
四大エレメント(以下、ベースエレメント)には互いに相性があり、得意不得意な相手が決まっている。
相互関係は以下の通り。
炎属性:水属性に弱く、地属性に強い
水属性:風属性に弱く、炎属性に強い
風属性:地属性に弱く、水属性に強い
地属性:炎属性に弱く、風属性に強い
また、「光属性」と「闇属性」は、ベースエレメントよりも魔力の根源に近しい上位属性とされており、「ハイエレメント」と称される。
天使は「光属性」を、悪魔は「闇属性」を標準で保持している他、一部の上級精霊もハイエレメントを有している種が存在している。
ベースエレメントの魔法とは異なり、光属性や闇属性の魔法は該当ハイエレメントを持たずとも誰でも行使できるが、ベースエレメントの魔法よりも構築概念が複雑で、発動が非常に難しいのが特徴である。
また、「回復魔法」や「蘇生魔法」は全て光属性に該当し、「即死魔法」や効果が危険な「禁呪」は闇属性であることが多い。