1−33 元凶の残滓
「ミア、今日は大活躍だったわね。兎にも角にも、お疲れ様」
「いいえ……私、ほとんど何もしていません……。ドアを探したのと、声を張り上げた位しか……」
「謙遜することはないわよ? マモンもミアがいてくれて助かった……って、褒めていたし」
「そ、それなら、いいんですけど……」
エルシャのお屋敷で「お夕食」をいただいてから、ティデルと一緒に孤児院に帰ってみれば。ある程度の事情は把握していると見えて、アーニャは根掘り葉掘り聞く事もなく……まずは一息とホットミルクを出してくれる。
「それで? 明後日はマモンと一緒に、魔法の勉強をするんですって?」
「そうなりました……。今日の授業を勝手に早退にした埋め合わせ、らしいです。丁度、学校もお休みですし……」
「そう。ふふ……だったら、色々と教えてもらうといいわ。あれで、マモンは教え上手だから」
ですよねー……と、ミアレットは力なく頷いてしまうものの。今更ながら「心迷宮攻略」の道中、ミアレットの質問にも面倒臭がる事もなく答えてくれていたことも、思い出す。まだ肝心の「イメージソース」の効果については、聞きそびれてはいるが。それも含めて、丁寧に教えてくれるに違いない。
「それはそうと……ティデルも夕食はなしで、大丈夫なのかしら?」
「うん、大丈夫。思いの外、ご馳走をいただいちゃって、お腹いっぱいだわ。それこそ、私は何にもしてないのにねー」
「娘をどうかよろしく!」……そんな親心を爆発させたらしいラゴラス伯爵夫妻に引き止められ、ティデルとミアレットは貴族様の晩餐をご一緒させていただいたのだが。豪勢な上に、量も多いものだから……ミアレットは未だに、重たい腹を摩っている。なお、最大の功労者でもあるはずのマモンは、お留守番している小悪魔達が心配とかで……晩餐会には参加せずに、そのまま魔界へと引き上げていった。
(ま、それも当たり前かぁ……。マモン先生は甘いもの苦手みたいだし、食事も必要ないみたいだし……)
天使や悪魔は魔力さえあれば、基本的な食事は必要としない。魔力が足りなくなりそうな時だけ食事で補うのが基本的なスタイルであり、食事をしないと生きていけない人間とは生物的な構造が違うらしい。その上、マモンには何やら「甘いものが食べられなくなったトラウマ」があるとかで……基本的にはコーヒーが飲めれば、あとはどうでもいいそうだ。
(でも……なんか、妙に引っかかるのよね……。マモン先生、何かを隠している気がする……)
経験値も山分け、戦利品にもほとんど手を付けず。その上、本来であれば制限されているはずの「アイテムボックス」の開放まで。……正直なところ、彼の対応はこれ以上ない程に、至れり尽くせりだったように思う。もちろん、普段から律儀な悪魔男子のこと。彼の大盤振る舞いには、ミアレットを強引に巻き込んでしまったことに対する迷惑料も含まれているだろう。だが……ここまでの「大サービス」の連発は却って不自然な気がすると、ミアレットは中身は大人なりに、考えてしまう。
(とは言え、今の私が気にしなくてもいいことなのかもね……。きっと、知っておくべきことだったら、教えてくれるだろうし……)
それでなくても、今日の濃厚な「体験学習」の情報量は、ミアレットの処理能力を遥かにオーバーしている。あれこれと体感したことを思い返しては、しっかりと復習しておこうと思うものの。どう進んでも、魔術師……延いては特殊祓魔師に仕立て上げられそうな末路が見えるようで、今から恐ろしい。
(……アハハ……とにかく、余計な事に首を突っ込まないようにしなきゃ……。これ以上、厄介事に巻き込まれたくないし)
そうして、ミアレットは敢えて現実から目を逸らすものの。しかし……彼女がいくら目を逸らしても。不都合な現実の方は、ミアレットとの関係を手放そうとはしないのだった。
***
「それで……あなた。これ、まさか……」
「……あぁ。何気なく心迷宮を攻略してみたが……こんなにも激ヤバいモノが具現化するなんて、思いもしなかったぞ。リッテル、悪いんだが……明日の朝イチで、そっちさんの鑑定に回してくれるか」
「えぇ、もちろんよ。任せてちょうだい」
2人きりの時間を楽しむ……訳ではなく、魔界の自宅に戻って早々、難しい顔をして話し込む、マモンとリッテル。そんな彼らの目の前には、黒々とした1本の枝が鎮座している。グラディウスの枝……と戦利品として称されたそれは、ベテランの特殊祓魔師でさえ初めて手に入れる代物だった。
「今のところ、瘴気を出している様子はなさそうだが……僅かに魔力の流れを感じるな。この感じだと、放っておいたらそのまま根付くかも知れない」
「でしたら、急いだ方が良さそうね。ルシエル様にも話を通しておくわ」
「そうだな。んで……俺は別枠でハーヴェンにも伝えておくよ。あいつも相当の手練れではあるが、霊樹の伐採手段はないだろうし。……一緒に対策も考えた方が良さそうだ」
カリホちゃんがいなければ、俺も一緒だけど。そんな事を呟きながら……その「カリホちゃん」が示した懸念事項も思い出し、マモンは尚も渋い顔を崩さない。
それもそのはず、心迷宮の中で霊樹が芽吹き始めたのもそうだが、心迷宮の外……つまり、現実世界にまで元凶の残滓が具現化するなんて、前代未聞だったのだ。しかも、陸奥刈穂の刃の通りからするに、「グラディウスの枝」は暗黒霊樹の性質をしっかりと有しているというのだから……これ程までの不安要素もないだろう。
確かに、「深魔の破片」と呼び習わされる貴重な魔法道具素材の出現は、早い段階から確認されてはいた。だが、これはあくまで対象者の心……つまり、現実世界の住人の記憶に付随する要因から発生した物であり、突き詰めて考えれば、発生源はグラディウスそのものではない。だが、陸奥刈穂の見立ても考慮するならば。……今回残された「グラディウスの枝」は、完全に霊樹起因の名残と見て、間違いない。例え、ちっぽけな枝1本であろうとも。メモリーリアライズを介しても尚、霊樹の名を冠した道具が発現したとなると……不吉な存在感は、あまりに大きい。
「あなた……大丈夫?」
「……あぁ、大丈夫。これ以上、変な事が起こらないといいんだが……ま、起こった時はそれこそ、俺達でなんとかすりゃぁいい。……120年前みたいに」
「そうね。……えぇ、そうよ。きっと大丈夫。みんなで力を合わせれば、なんとかなるわ」
今から悩んでいても仕方ないと割り切っては、2人は互いに頷き合うものの。……彼らの言いようのない不安は、拭えないままだった。




