1−30 諦めにも近い理解と順応
分け前をあげるだけでも、相当の「大サービス」なはずなのに。あろうことか、渦中のお兄様は分け前の中でも最上級品を寄越せと宣った。そんな彼の業突く張りっぷりに……ミアレットは「ダメだこりゃ」と呆れる他にない。
「え〜と……もちろん、この破片は本来は私だって受け取る資格がないのは、分かってますよ? ……マモン先生の貢献度、90%だったし……戦闘では完璧に足手纏いだったし」
「へぇ、そうだったのですか? それじゃぁ、やっぱり先生の見立ては間違っていたことになりますね。僕だったらきっと、戦闘でもお役に立てたでしょうし」
「いいえ? 先生の見立ては間違っていないと思うわ。だって、あなたを連れて行ったら、エルシャの心迷宮に拒絶されていたと思うし」
「……知ったような口を利くんですね? 何を根拠に、そんな事を……」
「う〜ん、根拠はないんだけど……。正直なところ、マモン先生が全部やっつけてくれたから、わざわざ手助けは必要ない気がするし……。それで、多分なんだけど……あなた相手に、エルシャは道を示してくれることはなかったんじゃないかな〜、って思うの。エルシャ、相当にあなたを嫌ってたみたいだし……」
「別にエルシャに嫌われていたとて、何の不都合もありません。利用価値もなければ、助けになることもありませんから」
「うわぁ……それ、お兄さんの発言じゃない気がするわー」
よほど自分に自信があるのだろう、セドリックは傲慢な答えを返してくる。そんな彼相手に、なんて言ってやればいいかな……と、ミアレットが思いあぐねていると。セドリックに対して「恩情」は必要ないと、ティデルが横から補足を加えてくれる。
「……ミアレット。それ以上は無駄だろうし、相手にしなくていいから。コイツ、根本的に色々と勘違いしているみたいだし……」
「かも知れませんね……。妙に話が通じないし……」
ますます呆れましたと言わんばかりに、ミアレットがティデルに同意を示せば。ミアレットの反応が不服と見えて、セドリックが噛み付くように鋭い声を上げる。
「なっ……! お前みたいな何も知らない平民に、何が分かるって言うんだ!」
「あーあぁ、何つーか。……ホント、全面的に救えないわね、あんた。ミアレットはとっても勉強熱心なもんだから、本当に色んな事を知っているわよ? それに……この子の方が、魔力量も遥かに高いし」
「なん、だって……? 僕が平民に、魔法で負けている……?」
ティデルの暴露に、セドリックは尊大に振る舞う余裕も削がれた様子。そんな意気消沈した彼を見届けて……ティデルが更に残酷な現実を教えてくれる。彼女によると……これから先、セドリックは一生檻の中で生活する可能性が高いのだそうだ。
(そう、なんだ……。だから、ティデル先生もこれ以上は無駄だって言っていたのね……)
この世界における、塀の中の暮らしがどんなものかは想像もできないが。少なくとも、自由はなさそうだとミアレットは理解する。そんな不自由にあっては、いくら貴重品を持っていたとて……有効活用できる可能性は、非常に低い。
「とにかく、コイツは事情聴取も含めて、身柄を本校預かりになったのよね。それで……あっ、来た来た。……審問官のお出ましだわね」
「審問官……?」
ティデルが「久しぶり!」と手を挙げて、歓迎する相手を見やれば。パリッとしたお揃いのスーツを着こなした吊り目がちの少女と、ちょっぴり気の弱そうなお兄さんとが翼をしまいつつ、芝生の庭に軽やかに降り立つ。それぞれの翼の形状を見る限り……少女は天使で、お兄さんは悪魔のようだ。
「お久しぶりですね、ティデル。お元気そうで何よりです」
「ま、お陰様でそれなりにやってるわサ。で、リヴィエル。早速で悪いんだけど……そろそろ、マモンの魔法が切れそうなのよね。チャチャっと容疑者を引き取ってくれる?」
「承知しました。ところで、ご担当のマモン様は……」
リヴィエルと呼ばれた少女が、辺りに視線を泳がせれば。結局はお嫁さんに振り回されたままらしいマモンが、リッテルをお姫様抱っこした状態でやってくる。
(うわぁ……マモン先生、眉間に思いっきりシワよってる……!)
……きっと、マモン本人も不本意なのだろう。なかなかに険しい表情をしているが、平常運転で会話に混ざってくる。そして、周囲もリッテルの暴挙に慣れているのか……誰1人、彼の状況に疑問の声を上げる者もない。
(この人達、スルー力がハンパないんですけど。……普通、これはツッコむところよね……?)
しかし、悲しいかな。そう思うのは、ミアレットだけらしい。普通に会話を敢行する時点で、これはこれで「いつもの事」で流されているようだ。ここまで華麗にスルーされるとなると……ある意味、マモンは相当に不憫である。
「ハイハイ、ここにおりますよ……っと。深魔はしっかりと沈静化済みだから、安心していいぞ。心迷宮に関しては……ちっと懸念事項が残る結果になったが。さっき、その辺も含めて攻略結果レポートを送信したから、詳細は後で確認してくれよな」
「いつもながら、迅速なご対応に感謝いたします。では、私達も速やかに仕事を済ませてしまいましょうか。……セバスチャン。悪いのだけど、拘束魔法の準備をお願いしていいかしら?」
「うん、もちろん。任せてよ」
リヴィエルが背後に控えていたお兄さん……セバスチャンに、抜かりなく拘束魔法のお願いをしている。様子からするに、彼の拘束魔法はマモンやリヴィエルとは違うエレメントの魔法なのだろう。
風属性の拘束魔法の場合、ウィンドチェイン以外は対象者に意図しないダメージを与えてしまう可能性がある。しかし、そのウィンドチェインは本来は足止めがせいぜいの魔法であるため、対象者を移動させることを考慮していない。なので、対象者を拘束した上で「連れていく」となった時には、風属性の拘束魔法は不適切となる。
(ウィンドチェインは使えない……となると、セバスチャンさんのは、どんな魔法なんだろう? きっと、エンドサークルとも違うタイプの拘束魔法なのよね……)
そして……セドリックは今も自由を削がれているが、エンドサークルは魔法陣上に相手を閉じ込めるタイプの魔法だ。対象者の逃走を完璧に阻止できる反面、移動もできなくなる。だからこそ、マモンはエンドサークルの発動時間を1時間程度に調整しており、心迷宮の攻略完了前に効果が切れる可能性も考慮した上で、追加の応援を要請していたらしい。
(それにしても……この人達を敵に回すのだけは、本当にやめとこ……。それぞれが強いのもそうなんだけど、連携プレーもできちゃう時点で、絶対に敵わない気がするわー……)
個としての強さはもちろん、団体としての強ささえも兼ね備えた魔法学園の面々を前に……ミアレットはいよいよ、諦めにも近い理解と順応を示し始めていた。
【登場人物紹介】
・リヴィエル(地属性/光属性)
神界の「排除部門」に所属する、上級天使。
戦闘面では地属性ならではの防御性能と、特殊武器・ラディウス砲の適合者という強みを持つ。
また、「拷問」をさせたら右に出る者はいないとまで言われ、恐れられている存在だが……本人は至って真面目に、淡々と任務に取り組んでいるだけだったりする。
さりげなく既婚者であり、パートナーに強欲の上級悪魔・セバスチャンがいるためか、何かと「浮いた話」に弱い天使達の中にあって、比較的落ち着いた性格。
・セバスチャン(水属性/闇属性)
強欲の上級悪魔・アークデヴィルを本性に持つ、何だか頼りなさげな印象の青年。
アークデヴィルは「知識欲の塊」と評される悪魔であり、セバスチャン自身も相当に勉強熱心かつ、好奇心旺盛である。
生前が小説家(本職は悪魔研究家)だったせいか、「ペンは剣より強し」を地で行くタイプ。戦闘がやや苦手。
リヴィエルの夫であり、普段は彼女の活動サポートとレポートを担当している。
【武具紹介】
・ラディウス砲(光属性/攻撃力+98、魔法攻撃力+75)
神界にて開発された、特殊武器。
雷鳴石と神鉄の合金・ストームプラチナを主な素材としており、雷鳴石が引き起こす「雷鳴症」への耐性がない者は装備できない。
そのため、神界でも装備者は3名に限られている。
一方で、装備さえできてしまえば魔力の消耗を最低限にしつつ、最大限の威力を弾き出す凶悪性を秘めており、魔力装填にもさほど時間もかからないため、連発が難しい攻撃魔法の弱みを見事にカバーした武器と言える。
特に、光属性を弱点にしている相手に対しては圧倒的な攻撃性能を誇る。
【補足】
・雷鳴石
大悪魔・マモンの怒りを買い、一夜にして滅んだ旧・ヴァンダート王朝付近で採掘される、魔法鉱石。
マモンの放った攻撃魔法に付随した膨大な魔力と、それによって殲滅された天使・約70名ほどの遺灰、更にはヴァンダートの砂漠を形成していた黄魔鉄鋼が結びつき、結晶化したもの。
天使の遺灰を主原料としているせいか、悪魔が近くにいると紫色に光る。
魔力と一緒に瘴気をも溜め込む性質があり、継続的に触れると「雷鳴症」を引き起こす可能性がある。
一方で、魔法道具素材として高水準であったことから、かつての人間界では「雷鳴坑夫」と呼ばれる奴隷を発掘に起用しており、多くの坑夫達が「雷鳴症」で命を落とした。
雷鳴石を安全に加工する場合は、瘴気の薄い場所でしばらく保管し、「毒抜き」をする必要がある。
・神鉄
神界でお清めされ、禊ぎを受けた白銀。
マナツリーの加護を宿し、大天使達がそれぞれ持ち得ている「神具」と同等の硬度と神聖性を持つ。
非常に強い光属性を帯びる鉱物であり、これを素材にした武具は基本的に光属性を強化・吸収する性能が付与される。
・雷鳴症
瘴気によって発症する、様々な「瘴気障害」のうち「雷鳴石」に起因する後遺症のこと。
発掘されたばかりの雷鳴石は瘴気を多量に含んでいる状態のため、耐性がない者が触れた場合、一時的に火傷や皮膚の爛れ、重症化すると患部の壊死を引き起こす。
更に継続的に雷鳴石に触れ続けると肉体的な欠損だけではなく、最終的には骨髄の損傷にも発展し、激しい鼻血・喀血・関節痛を伴いながら、やがて死に至ることとなる。




