7−48 目立ちたがりの悪癖
人の口に戸は立てられない。そんな事を呟いたのは、とある天使だったか。
しかして、彼女のお言葉を直接聞いていないロッタにしたらば、それは絶対に耳に届かない忠告でしかなく。忠告が届こうが、届くまいが……噂が駆け巡るスピードを甘く見たが故の窮地を、ロッタは未だに想像できていない。
(……なるほど。私はもう、期待もされていないという事でしょうか。まさか、ここまでアッサリと外出を許されるとは)
今夜もやって来たるは、魔法学園本校の学生寮。昼食の側仕えをボイコットしたせいか、或いは、純粋に使い物にならないと判断されたのか。カテドナはミアレットの下校時刻にようやく現れたロッタにかける言葉はないと、冷酷な視線を寄越すばかり。肝心のミアレットに経過報告をしようにも、「鞍替えも外出もご自由に」と先制攻撃でカテドナにシャットアウトを食らっては、彼女と話す機会さえ与えられなかった。
(この私が蚊帳の外とは、屈辱的な! しかも、鞍替えするだなんて思われているのは、甚だ心外です……!)
だが、これこそがカテドナ流の躾である。
カテドナはロッタが目立ちたがり屋であることを熟知しており、彼女にとって注目されない事……仕事を与えず、無視する事が最大のお仕置きになると理解している。そう、カテドナはとっくに気付いていたのだ。ロッタの目立ちたがりの悪癖は、元来のもの。つまりは生前からの気質であり、しぶとく根付いた無意識下の習性であると。同じ悪魔であるカテドナはしっかりと見抜いていたし、悪魔としての習性を理解しつつも……自覚できない限りは軌道修正は不可能だろうと、敢えて放置をすることでロッタ自身に気づかせようとしている。
(第一、カテドナ様もカテドナ様です! そんなにもディアメロを優先せよとおっしゃるのなら、自分がやればいいではないですか! ミアレットの方を譲ってくれても、いいはずです!)
……だが、しかし。結局はこの調子なので、ロッタがカテドナの深慮に気づく日は遠そうである。
そもそも、示された主人相手に「譲る・譲らない」の物差しを充てる事が、非常におかしな事なのだ。あくまで仕事なのだから、相手を選り好みしている時点で意識が足りないとするべきだろう。だが、ちやほやされる事が日常的に染み付いてしまっているロッタは、主人の方こそ挿げ替えが効くと考えているフシがあるし……何より、生前はそれで通していた部分もあったので、彼女がそう考えるのはある意味で自然でもあった。
本人には未だ、思い出せぬ事ではあるが。ロイスヤード家などの突出した執事の家……つまりは「名門」とされる一族は下級貴族ではあるものの、一定の発言権と影響力を持ち、「彼らが誰に傅くか」で「その家の本当の当主は誰なのか」をそこはかとなく匂わせる事もできる。
生前のロッタ……つまりは、カルロッタ・ロイスヤードはまさにその典型例。彼女がリュシアンにのみ仕えていたから、叔父一家は歯痒い思いをし、歯噛みしていたのだが……それが叔父一家を煽り、他の使用人にとって働きづらい環境を作っていたなんて、当のカルロッタは考えもしなかった。彼女のリュシアンに傾倒するが故の視野の狭さは、彼女自身にそれなりの権力があったせいで、矯正される機会に恵まれなかったのだ。
(まぁ、いいでしょう。ミアレットの要望を満たし、モリリンを助けてやればいいだけのこと。そうすれば、カテドナ様や、あの裏切り者の鼻を明かしてやれるに違いありません)
既に白んでいる彼らの鼻を明かしてやるのは、なかなかに難儀であるが。ロッタは「女神の愛し子」のラベルが貼られているミアレットの機嫌さえ繕えば、問題ないと考えている。そして……魔力適性を持たない王子よりも、優秀な魔力適性を持ち、女神の息がかかっている相手の方が「自分には相応しい」と酔っているのだ。
(それに、ディアメロは見た目だけは整っていますからね。……私が目立たなくなるではありませんか。やはり、付くならばミアレットの方が遥かに好都合です)
……色々と御託を並べたが、鯔のつまりはそういう事である。生粋の貴人であるディアメロはそれはそれはもう、その場にいるだけで華やかな空気が漂う「目立つ人物」。いくらロッタが男装の麗人で鳴らしたところで、本物の麗人と並べられたらば、色褪せて見えるのは自然なこと。だが……その状況がロッタには我慢ならなかった。その点、ミアレットであれば見た目は平々凡々。能力的には優れているのだろうが、外観は自分の方が優っているとロッタは値踏みしている。それが失礼だなんて、毛程に感じてもいない。
(さて……と。今夜は思い切って、踏み込んでしまいましょうか。モリリンがこんなに遅くまで、何をしているのか……探るとしましょう)
沸々と絶え間なく湧き上がってくる、不満を一旦は忘れる事にして。ロッタは、アッサリと学生寮内に潜入するとモリリンの私室までやって来ていた。……一体、何をしているのだろう? 周囲に誰もいない事を抜かりなく確認すると、そっとドアに耳を当てるが……。
「モリリン様ぁ。調子はどうですか?」
「えぇ、あなたが貸してくれたこの杖のお陰で、何もかもが順調よ。魔法も前よりも一段と上手く使えるようになったし……何より、この杖の効果がとってもいいわ」
「そうですか〜。気に入ってもらえて、何よりですぅ。僕もこうやって招き入れてもらえるポイントが増えて、万々歳なんです」
「あら、そうなの?」
中から聞こえてくるのは、モリリンが誰かと対話している様子だった。モリリンは1人だと思っていたロッタにしてみれば想定外であるが、同時に彼女の内情を探るには都合もいい。
どうやら……彼女達の話からするに、ガラが「嫌な感じがする」と言っていた例の杖は借り物であるらしい。この段階で、「ファラード家秘蔵の魔法道具」が真っ赤な嘘だと判明したが。ロッタとしては杖が借り物である以前に、その効果とやらが非常に気になる。
(杖の効果……? 魔法武器には確かに、特殊効果が備わっているものも多いと聞きますが……話の流れからするに、あまり良い向きではなさそうですね)
もっと、何か分からないかな。ロッタは努めて息を殺して、更にぐいとドアに耳を押し当てる。そうして、更に聞こえてくるのは……ロッタにもちょっと身に覚えのある、不都合な現実だった。
「それはそうと……この杖の効果かは知らないけど、執事までゲットできそうなの」
「ほえ? その杖に、そんな効果あったっけ……? まぁ、いいや。モリリン様、良かったですね〜。これで、更に貴族っぽくなりましたね」
「えぇ、そうなの! なんでも、ファラード家の執事だって名乗る女がいるとかで……ウフフ。噂で持ちきりなのよ」
まさか、それは……自分の事だろうか?
盗み聞きしている気まずさはさておき、思い当たることがある手前、ロッタは背筋がゾゾッと冷えるのを感じる。確かに、情報を引き出すために仕方なしにファラード家の執事を名乗っていたし、それを訂正もしなかったのだが。放置したことで、本格的にファラード家の執事認定されるだなんて、思ってもいなかった。
「あれ? でも、その口ぶりだと……モリリン様、そいつに会ってないんです?」
「そうなんだけど……まぁ、その内会えるだろうから、間違いなくうちの執事だって言っておいたわ!」
しかも、モリリンは否定するどころか嘘を誠と偽り、大々的に喧伝していると言うのだから、ますます都合が悪い。落ちぶれた貴族は虚勢を保ち、見栄を張るためならば、無理も虚偽も呆気なくやって見せる。だが、ロッタにしてみれば没落貴族の執事だと勘違いされたのは、屈辱以外の何物でもなく。到底、プライドが許さない。
「異議ありッ!」
そうして、ロッタが後先考えずに、突入すれば。室内には黒々とした杖を携えるモリリンと……その杖に巻き付き、チロチロと舌を出している1匹の白蛇の姿があった。




