7−46 特段、隠すことでもありませんから
キュラータの言葉はロッタには何も響かなかったようだが、ミアレットの耳にはどこか悲しげな響きを纏って、しっかりと届いていた。声色こそ、あまり変化はないものの……明らかに、キュラータは何かにガッカリしている。
(妙に寂しそうな顔をしているのよね。だけど、これはまた……渋くていい表情だわぁ。このアンニュイな感じ、好物かも……!)
失望? それとも、落胆?
キュラータはきちんと、微笑混じりの「いつもの表情」を繕っているが。何かに傷つき、何かを諦めた空気さえも漂わせており……ミアレットの渋ダンディセンサーを余すことなく刺激すると同時に、以前から感じていた違和感をもブクブクと膨らませていく。
それでなくとも、キュラータは時折、何かを知っているような反応をする。しかも、今の会話からするに……現在のロッタではなく、悪魔になる前のロッタを知っているかのような……?
(そう言えば。キュラータさんも、ロッタさんも……今の状態になったのって、霊樹戦役直後なのよね? それに最初の顔合わせの時、キュラータさん、ちょっと苦しそうな顔をしていた気がするし……)
キュラータは当初から「人を探している」と言っており、そのためにグラディウスを裏切り、「こちら側」に与している。多少の葛藤はあったようだが、結局はスッパリと鞍替えをしでかしたのだから、キュラータにとって「探し人」が非常に大切な相手であっただろうことは、想像に難くない。
すんなり馴染んでしまったため、今となってはキュラータがディアメロの側にいるのには、僅かな違和感さえ感じられなくなっているが。……よくよく考えてみれば、彼がディアメロの専属執事に抜擢されたのには、性別以上に、彼の使用人スキルが高かったことに起因する。そして、彼の所作はグラディウスに呼ばれる前……つまりは、生前から磨かれていたものであるらしい。
(カテドナさんも、キュラータさんの記憶の残り方は悪魔のそれに近いって言ってたけど。……もし、キュラータさんも悪魔になっていたのなら。ロッタさんと、もうちょっと仲良くできたのかしら?)
帝国訪問の際も以前からクージェを知っているような素振りを見せていたし、ここ最近の「調べ事」はキュラータ本人達っての希望であり、ルエルも容認していると、カテドナからも聞き及んでいる。そして、彼女達がここまでの自由を許すのには、キュラータの記憶にグラディウスにまつわる情報がありそうだからに他ならない。
だが、彼に自由行動を許したまではよかったものの。キュラータの代役については少しばかり、人選が難航していたようで。本来であれば、男性のアドラメレクに来てもらいたいのが、神界側の本音ではあったらしい。
(キュラータさんレベルの執事さんとなると、なかなか居ないって話だったなぁ……)
カテドナによれば、男性のアドラメレクは従僕のフットマンか、上位階級のバトラーしかいないのだとか。そして、キュラータの穴を不足なく埋めるとなると、実力と経験が豊かなバトラークラスを呼ばなければならないが……3名(家令を入れると4名)しかいない「超多忙な上級悪魔」が人間界に出ずっぱりなのは、非現実的で。そんな事情もあり、戦闘能力に優れていたロッタが選ばれたそうな。
(でも、ロッタさんは実力だけじゃなくて、プライドも高かった……と)
実力はあったところで主人を見下しているともなれば、護衛としては優秀かも知れないが、使用人としては微妙である。この誤算がキュラータとロッタとの不和を招いているだなんて、誰が想像できようか。
「……いかが致しましたか、ミアレット様」
グルグルと様々な裏事情にミアレットが想いを馳せていると、こちらはこちらで怪訝そうな表情で見つめてくるキュラータ。キリリとした眉根を僅かばかり下げて、明らかに心配そうにされたらば。ここは正直に確認してしまった方が良いだろうかと、ミアレットは質問をぶつけてみる。
「キュラータさんは、昔のロッタさんを知っていたのかなぁって思って。ほ、ほら! キュラータさんが精霊になった時代と、ロッタさんが悪魔になった時代って、霊樹戦役直後だったんですよね? もしかして……キュラータさん、ロッタさんとお知り合いだったとか……?」
「流石はミアレット様。本当に、よく覚えておいでです。……そう、気づかれてしまったのですね」
ふむ、どうしましょうかねぇ。
顎に手をやり、キュラータは思案げに虚空を見上げているが……ここで話すべきではないと、判断したのだろう。いつもながらに冷静かつ、非常に建設的な提案をしてくる。
「そうですね。折角ですから、カテドナ殿も交えて、私めが思い出した事をお話ししましょう。……経過報告は必要でしょうし、ミアレット様がご存知の分には問題ありません」
「そうなんです?」
「えぇ。特段、隠すことでもありませんから。しかし、お話しするにはいささか、お時間が足りません。ですから、お話は後にするとして。この場は一旦、お2人の魔法書も見繕ってしまいましょうか」
「あっ……もしかして、それも聞こえていたんです?」
「さーて、どうでしょうかね?」
これは絶対に、聞こえていたな?
確信犯であることを匂わせつつも、キュラータは耳聡い上に気が利くタチらしい。「初心者には、こちらのレーベルがオススメですよ」と魔法書目録の見方を解説しつつ、蔵書検索のコツもしっかりと教えてくれる。
「魔法書は自力で探せるに、越したことはありません。魔法のアプローチ方法は各個人で異なりますし、何より、自分自身の魔法能力を把握することは非常に重要な事です。魔法名だけではなく、ラベルやタグ等で細かく条件付き検索をしながら、自分に合った一冊を見つけられるよう、パネル操作にも慣れておいた方がよろしいかと」
「そ、そうですよね……。私も自分で探せるように、頑張ります……」
しかも、エルシャにも「自分で探せた方が良い」とアドバイスを加えてくるのだから、なかなかに抜け目もない。
(アハハ……流石はキュラータさん。あのカテドナさんが一目置くだけはあるわぁ)
やはり、こちらの執事さんの使用人レベルはマックスだなぁと、思いつつ。キュラータの素敵なアドバイスもあり、効率的に「自分に合った一冊」を見つけ出せて……とりあえずは一安心のミアレットだった。




