7−44 元から薄い化けの皮
(ディアメロ様、ゴキゲンだなぁ……)
朝食の席でも、魔法学園のエントランスへ向かう道中でも。ここ最近、ちょっぴり寂しそうだったディアメロのご機嫌がほんのり麗しい。それもそのはず、今日はキュラータのお出かけがなくなったそうで。ディアメロは付かず離れずのちょうどいい執事の距離感に、安心しきっているのだ。
(それも仕方がないのかもぉ。ロッタさんはいつも一緒ってワケにはいかないもんね)
しかしながら、カテドナと一緒に後ろで控えているロッタの視線が妙に刺々しい気がすると、ミアレットは心なしか違和感を感じてもいる。全面的に不機嫌を露呈する程までは、ないものの。彼女のキュラータに対する視線には、明らかに険があった。そして……。
(多分、キュラータさんも気づいているよね……。これ、大丈夫なのかなぁ)
きっと、ロッタはお仕事を取られたと思っているのだろうと、ミアレットは勘繰るけれど。カテドナもそうだが、キュラータ程の執事が自分でさえも気付いている違和感に、気づけないはずもない。
執事やメイドのお作法には少々疎いミアレットではあるが、普段の洗練された様子からしても、カテドナやキュラータの使用人レベルはマックスだと、思っていたりする。その点……ロッタはまだまだ、メイドさんとしては未熟だと言えそうか。
(ロッタさん、妙にお仕事に穴があるのよね。やっぱり、カテドナさんは流石だわぁ)
ロッタは燕尾服姿こそ秀麗ではあるが、全体的な気配りはカテドナのそれには到底及ばない。特に複数人を相手にするとなると、どうしても取りこぼしが出るようで。彼女のフォローは、妙にムラっ気があるのだ。ミアレット単体への側仕えであるならば、それでも問題ないのだろうが……王子様のように、色々な相手と対面しなければならない要人の専属使用人ともなれば、彼女の対応はあまりに心許ない。
「先輩も一緒なら、俺も安心っす」
「全く、頼りのない……。ガラはもう少しシャキッとなさい、シャキッと」
「えぇぇ? これで、俺も一応はシャキッとしてるんすよ? ね、ナルシェラ様?」
「ふふ……そうだね。ガラ君も一生懸命、頑張ってくれているものね。僕は君が側にいてくれるだけで、安心だよ」
「ほらぁ!」
なお、ガラは相変わらず。ナルシェラのお優しい取りなしに、ガラが胸を張る一方で……キュラータは「やれやれ」と首を振っている。それでも、ナルシェラがそれで良いのならば、多くは求めまいと諦めたようで。「左様ですか」と、呟くに留めた。
(アハハ……。やっぱり、キュラータさんは大人かもぉ)
流すべき所は、サラリと流す。この淡白さも大人ならではの処世術だと、ミアレットはこっそり感心してしまう次第である。
***
ミアレットが午前中の授業に出かけている間、ナルシェラとディアメロはどうしても手持ち無沙汰になってしまうものらしい。そんな「隙間時間」も有効活用してもらおうと、キュラータは王子様達向けの教材を探しに、魔法学園本校の魔法書架へと足を運んでいるが。一緒に付いてきたロッタの視線に、有り余る敵愾感を感じ取っては、小さくため息をつく。
(やはり、見られていますねぇ……。しかも、並々ならぬ対抗心のおまけ付きと来ましたか)
そんな視線を受けて、キュラータがジワジワと思い出すのは、生前のカルロッタの困った習性・「リュシアン坊っちゃま至上主義」であった。
彼に忠誠を誓い、彼の幸せを求め過ぎたあまり、カルロッタはリュシアン以外の相手を徹底的に見下すようになっていったが、その変質を止められなかったことを……キュラータは今更ながらに、深く後悔している。
(姉上の独善のせいで、どれだけの使用人が理不尽な思いをし、どれだけの使用人が辞めていった事か……)
そもそも、他の使用人達だってリュシアンを蔑ろにしたかった訳ではない。だが、雇い主がすげ替えられてしまった以上、出資者の意向に沿おうとするのは自然な反応でもあろう。そうして、他の使用人達が叔父側への傾倒を余儀なくされる中、頑なにリュシアン優先の姿勢を崩そうとしなかったカルロッタであったが。その態度が叔父一家の気に障り、リュシアンへの冷遇に拍車をかけていた事……そして、他の使用人達に如何ともし難いジレンマを押し付けていた事を、果たして彼女は気付いていただろうか。
ロイスヤードの家督を継いだ彼女は年若いと言えど、歴としたファニア家の家令……つまりは、使用人の最高責任者でもあった。それが故に、叔父一家に諂う他の使用人達には異常なまでに厳しい態度を取り、使用人達に暴力や鞭を振るうことも度々あったらしい。……「らしい」になってしまうのは、アルフレッド青年の目前では、彼女の横暴が鳴りを潜めていただけではあるが。当時のカルロッタの性格と、次々に辞めていった使用人達の様子からしても、「事実だろうな」がキュラータの正直な所感だ。
「ロッタ殿。私めの背中に、何か付いておりますか?」
だが、今は思い出に耽っている場合でもないだろう。王子様達の興味を惹きそうな魔法書を何冊か見繕った所で、ただただ背後に立っているだけのロッタに声を掛けるが。返ってきた反応もまずまず反抗的なのだから、始末に負えない。
「別にそういう訳ではありませんが。こんな事も使用人の仕事なのでしょうか?」
「こんな事……? 主人のために適切な書を選ぶのも、非常に重要な仕事かと存じますが」
「……主人、ですか。ふーん……そう。キュラータ殿は本当に、王子を主人と認めておいでなのですか?」
こんな所で、化けの皮を剥がさなくても良いだろうに。元から薄い化けの皮を剥がしたところで、キュラータのロッタへの印象は大幅に変わりもしないが。ロッタの物言いは「意外と人間臭い」キュラータにしてみれば、流石にカチンと来るものがあった。
「その態度は非常にいただけませんね。私めはディアメロ様の専属執事でありますし、無論のこと、彼を主人と定めております。……ディアメロ様への不用意な侮辱は、非常に不愉快です」
ただそこに居るだけで威圧的なキュラータが目元に凄みを乗せれば、大抵の者は恐れ慄き、立ち竦んでしまう。長身な上に、顔の造形こそ整ってはいるものの……目元は異常なまでに鋭く、髪をオールバックにしている事もあり、コメカミもよく目立つ。つまりは、ちょっとオコになるだけで青筋も非常に目立つのだ。それはそれはもう、ウキウキと躍動する位に。
「くっ……!」
そんな凄みだけではなく、青筋もキッチリ刻んだキュラータの強面に耐えられないのは、ロッタも同じようで。ちょっと睨まれただけで怯むのだから、彼女は「自分よりも強い相手」には相変わらず弱いのだと、キュラータは尚も内心で落胆している。
「……この程度で腰が引けるようでしたらば、まだまだですね。そんなにも示された主人に従うのがお嫌ならば、魔界に帰るがよろしい。あなたのような未熟者を寄越されたところで、こちらとしても甚だ迷惑です」
「なっ……!」
姉の悪い部分は、アルフレッドが知るままだった。
グラディウスを裏切ってまで、人探しを敢行してみたはいいものの。ようやく探し当てた「敬愛する姉上」は、思い出の中で生息する幻でしかない。悪魔になっている時点で、ロッタには生前の記憶はないだろうけれど。彼女のヒトトナリを測るには、もうもう十分だろう。そうして、キュラータは理想のカルロッタを追うことを、ついぞ諦めていた。
(思い出は綺麗なままの方が幸せでしたか。いや、いっそのこと……思い出さなければ良かった)




