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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第7章】思い出の残り火
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7−42 お前にできる仕事なんざ、何もないから

 まだまだ空が白み切らない、早朝と呼べるかも怪しい未明の時刻。ルルド坊っちゃまは父親に叩き起こされ、朝食も与えられずに黒塗りの馬車に押し込まれていた。


「パパ、モーニングをまだ食べてないよ!」


 朝から見苦しく、ギャンギャン喚いてみたものの。……マーコニー男爵の「決意」は余程に堅いようで。「働かざる者、食うべからず!」と、着の身着のままミルク一杯すらも与えられずに、ガラゴロとルルド坊っちゃまは運ばれていく。


「とにかく、今日からプリカント様の所でご奉仕してこい。いいと言われるまで、帰ってくるな!」

「そ、そんな!」


 あまりの急展開に、ルルド坊っちゃまは目を白黒させるついでに……空腹で目眩を覚えていた。

 視界の端では、父親が馬車の御者にペコペコと頭を下げている。その様子からしても、馬車の持ち主は偉い貴族なのだろうと想像するが。常々、楽観的で自分に甘いルルドのこと。危機感を微塵も抱くこともなく、場違いにもグルメな妄想に耽り始めていた。


(うぅ、腹が減ったぞ……。あっ、もしかして! ご奉仕先のお家で、モーニングをもらえるのか⁉︎)


 ルルド坊っちゃは太めな見た目に違わず、食いしん坊かつグルメさんである。朝食に求める美食と言えば、心ばかりのトーストにポーチドエッグ……なんて、定番のものではなく。彼はバターをこよなく偏愛している、バタラーである。バターをたっぷり塗ったくって、朝からトーストを10枚ほどお召し上がりになるのだ。しかも、一緒にリクエストされるのはガッツリお肉の入ったテールスープや、チーズが隠し味なコッテリチャウダーなどなど。軒並みハイカロリーなものだから……ルルド坊っちゃまの朝食は品数的にも、熱量的も、一般人には二重の意味でお腹一杯になること請け合いである。


(着いたのか……? 僕の新しいお家はどんな所だろう?)


 腹は一杯にならないけれど、夢は一杯で馬車に揺られること、1時間ほど。ガタンと馬車が乱雑に停まったのも意に介さず、ルルドは期待に胸と鼻の穴を膨らませて、どれどれと、馬車の窓からチラリと外の光景を窺うが。……そこにはクージェらしからぬ、純白の研究所らしき建造物がデデンと迫り来るように鎮座している。


(白い建物……? ここ、もしかして……クージェじゃない?)


 一切の無駄を削ぎ落とされた、立方体が並ぶばかりの無機質な佇まい。クージェの街並みもそれなりに無機質ではあったが、ある意味で真逆の眩さに……ルルドはようやく違和感と不安を覚え始める。空はいつの間にか、どんよりと真っ暗で。そこはどこもかしこも、ルルドが知るクージェではなく……。


「トットと降りろ!」

「えっ、降りろって……僕に言ってるの?」

「他に誰がいるんだ? 実験台は実験台らしく、大人しく従っとけ」

「実験台……?」


 確か、父親は「プリカント様は小間使いを探している」と言っていたはず。しかも、改めて見やれば……父親がペコペコと頭を下げていた御者は目つきだけではなく、耳まで鋭い、明らかに人間ではないと思われる風貌をしている。そして、この男に似た雰囲気の相手に、つい昨日にこっ酷く返り討ちされたことも思い出して。ルルドは遅過ぎる恐怖心で体をプルプルと振るわせ始めた。


「いっ、嫌だッ! 僕はこんな所で働きたくない……!」

「働く? いやいや、お前にできる仕事なんざ、何もないから。臨床実験のモルモットでいてくれれば、いいだけだよ。お前みたいな役立たず、なーんにも、期待しちゃいない」


 だから、つべこべ言わず、サッサとしろ。馬を駆るのに使っていた鞭を手元で、ピシンピシンと鳴らしながら、御者は苛立ちげにルルドを促す。しかし、ルルドは御者の言うことを聞き分けるでもなく、その場で情けなくグズグズと泣き出した。そうして、いつまで経っても道理を分かろうとしない坊っちゃまに、御者は躾の鞭を振り上げるが……。


「サイレート。私より先に鞭を与えるのは、反則よ?」

「……あっ。失礼しました、プリカント様。いやぁ、この子豚がとんと意気地なしで……」

「そうみたいね。まぁ、嫌だ、嫌だ。これだから、下級貴族は……情けなさすぎて、反吐が出そう」


 サイレートと呼ばれた御者が、ヘラリと従う相手を見やれば。そこには、少しばかり化粧の濃ゆい小柄な女性が立っている。サイレートの呼び名からするに、彼女こそがご奉仕相手のプリカント様なのであろうが……父親に「頭が足りない」と言われていたルルドでさえも、彼女達のやり取りに希望が見出せない事を感じ取る。


「ささ、プリカント様。こちらをどうぞ」

「えぇ、ありがとう。……やっぱり、新入りには分からせてやらないといけないわよね?」


 キッチリ、骨の髄まで。

 サイレートが手元の鞭をプリカントに譲った、次の瞬間。不気味な言葉と共に、プリカントから飛んできたのは強烈な鞭による一打。頬を抉る勢いの鮮烈に、ルルドは大袈裟に泣き喚くと同時に、堪らずゴロゴロと大地を転がり回る。


「いぁッ⁉︎ い、痛ぁぁぁいッ⁉︎」

「あぁ、あぁ、なんて無様なのかしら……。躾のし甲斐があるのは、いい事だけど。こうも醜いと、見るに耐えないわ」

「本当ですね。ま……この後は俺の方で適当に薬塗って、処置室にぶち込んでおくんで。プリカント様はもうお休み下さい」

「そうさせてもらうわ。それにしても、マーコニーもとんだゴミを押し付けてきたわね。まさか、豚1匹で秘薬と交換だなんて……本気で思っているのかしら?」

「じゃないですか? 今のマーコニーは超欲張りですから。でも、そのご様子ですと……取引はナシになりそうですね?」


 当たり前じゃない。誰が、豚と真珠を交換してやるもんですか。

 手元の鞭をサイレートに返しながら、踵も返してスタスタと白の建造物へと帰っていくプリカント。そんな彼女の背中を見送った後……ルルドに容赦なく伸ばされるのは、サイレートの無慈悲な督促の手である。


「ほれ、サッサと立って歩けよ。それとも……もう一発、欲しいのか?」

「いや、そういうわけじゃ、ないけど……」


 これ以上の追撃は、死んじゃう。ルルドは急かされて、仕方なしにヨロヨロと立ち上がるものの。今更ながらに、自身の身を包んでいるのが防御力も心許ない寝巻きであることに気づいて。お餞別も何もなく、ただただ放り出されて売られた現実に……ルルドはやっぱり涙を溢し続けていた。

【登場人物紹介】

・サイレート(地属性/闇属性)

グラディウスが生み出したアップルフォニーの1人で、主にプリカントの補佐と身の回りの世話をしている。

全体的に卑屈なアップルフォニー達の中でも、特にその傾向が強い。

強き者に従順、弱き者に横暴と、なかなかに屈折した性格であり、嗜虐的なプリカントと馬が合う様子。


・プリカント(炎属性/闇属性)

霊樹・グラディウスが生み出した魔法生命体。

深淵なる者の中でもやや珍しい女性の眷属で、魔法生命体としての正式名称はパールエッジ、「真珠色の淵」の意。

得意武器は鞭。戦闘時には爪からストングへと流し込んだ毒とともに、相手に痛烈な裂傷と嘲笑を与えるのが趣味。

サディスティックな性格で、自らが作り出した「秘薬」を使い、実験台達が苦しむ姿を見るのを何よりも好む。

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