7−39 人の口に戸は立てられませんわ
出口を暴漢ごと木っ端微塵にした執事と、その主人らしい女に凄まれて。失禁寸前で恐怖に耐えながら、坊っちゃまが白状したところによると。彼自身は秘薬をどこで買えるのかは知らされていないが、彼の父親であれば知っているだろうとのことで……「僕は何も悪くないもん!」の一点張り。結局、彼から引き出せたのは、秘薬を売っている同業者がいるらしいというところまでだった。
「貴族であるなし以前に……矜持のあり方が問題な気がしますねぇ。これでは、平民と同列に扱われるのも当たり前……あぁ、いえ。坊っちゃまのようなクズと一緒くたにしたらば、平民の皆様にも失礼ですか」
「うぐ……」
丁寧な言葉であっても、内容は不遜そのもの。坊っちゃまの話を聞き終えたキュラータは尚も、軽蔑の様相を隠しもしない。一方で、あまりに辛辣な指摘に坊っちゃまは悔しそうに歯軋りしているものの……言い返したくとも、怪物相手に口答えしたらば命が危ういと分かってもいるのだろう。ただただ不満そうに口元を歪めるだけで、言葉も出てこない様子。
「あのぉ……ところで、俺達はもういいっすかね?」
「あら? もういいも何も、あなた達には最初から用はなくってよ。とりあえず許して差し上げるから、サッサと失せなさいな。去るなり、騒ぐなり、好きになさい」
荒くれ者の威勢はどこへやら。余程に痺れを切らしたのか、周囲の男達がおずおずとルエルとキュラータにお暇を乞えば。ルエルがヒラヒラと手を振り、いかにも面倒臭そうにあしらう。そうされて、少しばかり安堵の表情を取り戻した彼らは……我先にとばかりに、脱兎の如く逃げ出した。
「……本当に自分のことしか考えていないのですねぇ。そんなに慌てなくても、取って食ったりしませんのに」
彼らが去った後に残るのは、キュラータに返り討ちにされた武器の残骸が転がるばかりの、閑散とした空間。雇い主を放置して一目散に逃げ出すのといい、持ち込んだ鉄屑を放棄したままなのといい。彼らには責任感というものはないらしい。
「しかし、よろしいので?」
「あら、何がかしら?」
「忠義のない雑兵というものは、得てして口が軽いものです。きっと、マーコニー家の醜態も存分に吹聴してくれる事でしょう。ルエル様が一応はお許しになったのに……あのままですと、台無しになりますよ?」
「そうかも知れないわね? ふふ……でも、それは仕方がないことではなくて? いくら私とて、人の口に戸は立てられませんわ」
去るなり、騒ぐなり。含みのある言い回しをしたルエルの意図も器用に読み取って、結局のところ、彼女は最初から許すつもりもなかったのだと、キュラータは確信する。
(ルエル様もなかなかに意地がお悪い。自分で手を下さずとも、しっかりと罰を与えてきますか)
コロコロと笑うルエルはこの上なく美しいが、この上なく容赦もない。この手厳しさは、引き出せた情報量の少なさに不満があっての事だろうが……いずれにしても、坊っちゃま達の末路は確定したも同然。後は何もせずとも、口さがない噂によって勝手に没落してゆく事だろう。
「いずれにしても、これ以上話すこともなさそうね。……さて、と。キュラータ。その子を送り届けたら、ミュージカル観劇に参りますわよ」
「そうなりますか。えぇと……ふむ、ソワレのお時間には間に合いそうですね。マチネとは役者も異なるでしょうし、私めも非常に興味があります」
「そ? それじゃ、決まりね。あぁ、あなた方ももう結構よ。これに懲りたら、レディを軽々しく扱うような馬鹿な真似は2度となさらない事ね。……まぁ、もう2度目はないでしょうけれど」
だって、これから没落してゆくのでしょうから。
明らかに満面の笑みで言っていいことではないし、清々しい表情になるべき場面ではないが。坊っちゃま達の末路には興味もないと見えて、ルエルは足取り軽くキュラータにも撤退を促す。……後に残された坊っちゃま達の処遇は、結局のところ……彼女達には関係のない事でしかない。
***
(しかし、どうしたものでしょうねぇ……。ルエル様の誤解は残ったままなのが、非常に心配です。ネタにされた暁に、私めはどうなってしまうのでしょう……)
着るのに手間取ったと言っていた割には、脱ぐのは簡単だったようで。ご本人的には格好いいらしいライダースーツを脱ぎ捨て、いつの間にか、ルエルはいつも通りの洒脱なツーピースに着替えている。そんな浮かれ癖も治らない天使様に従い、平民街へ行く道すがら。キュラータは目の前の天使様のウキウキ加減に、頭痛をぶり返していた。
「……キュラさん……?」
「あぁ、お目覚めですか、リリカ嬢。……ご無事で何よりです」
キュラータが内心であれこれと懸念事項を浮かべていると、腕の中からか細い声が聞こえてくる。回復魔法が苦手なルエルの手による治療だったので、少々不安だったが……怪我はきちんと回復されているようで、しっかりとリリカがこちらを見つめている。しかし……。
「キュラさん、あのぅ……」
「えぇ、どうしました? リリカ嬢」
「……キュラさんって、人間じゃなかったの?」
怒りに任せて本性を曝け出したのが、少々よろしくなかったらしい。朦朧とした意識の中でも、彼女はしっかりとキュラータの横暴を見つめていたようで……自分を抱き上げている相手が「怪物」であると認識しては、怯えた表情を見せている。子鹿のようにプルプルと震えている少女の振動を感じ取ると、キュラータは小さく「ご自身で歩けますか?」と尋ね、リリカが頷くのを見届けては……そっと彼女の身を下ろした。
「……必要以上に、苦しい思いをさせてしまいまして、申し訳ございません」
「うぅん、大丈夫。私が攫われたのが、悪いと思うし。それに……あのね、キュラさん」
「はい。いかが致しましたか?」
「……キュラさん、格好良かった」
「はい?」
おや? この子は怯えていたのではなかったのか?
キュラータは意外なリリカの呟きに、頓狂な声を上げてしまうが。続け様にヒシと腰あたりに抱きつかれて、ますます混乱してしまう。
「えっと、リリカ嬢? 歩くのがお辛いようでしたらば、お運び致しますが……」
「そうじゃないの。えっとね、キュラさん。……私、執事になれるように頑張るね」
「……話の筋が見えないのですが。それはどのような……」
「もちろん、キュラさんと一緒に働くためなの! 大人になって、ちゃんと執事になったら、一緒に働いてくれる?」
上目遣いで、そんなことを言われたところで……キュラータは上手い返しも思い付かず、マゴマゴするばかり。一方で……普段は冷徹なキュラータが慌てているのが、面白いのだろう。ルエルが嬉しそう爆笑したと同時に、キュラータにしてみればとっても迷惑な事を言い始める。
「ウフフフフ……アハハハハッ! まぁまぁまぁ! それはとっても素敵ですわね、リリカさん! 私も全力で応援しますわ!」
「本当ですか⁉︎」
「えぇ、もちろん。お気づきの通り、キュラータは人間ではありませんもの。寿命もありませんから、いつまでも待って差し上げられるでしょうし」
「そうなんですね! キュラさん、歳を取らないってことは……このままって事ですか⁉︎」
「そうよ〜。だから、慌てずに素敵な執事を目指して頂戴ね、リリカさん」
「はい!」
確かにキュラータは歳を取らないし、このままではあるのだが。もちろん、問題はそこではない。
「ちょ、ちょっとお待ちください、ルエル様! 勝手にそのような事を吹き込んでは……」
「もう、照れなくてもよくてよ? こんなに可憐なお嬢さんに思っていただけるなんて、幸せ者なんだから〜」
右隣から「コノコノ〜」と主人から脇を小突かれ。左隣から「大好き」と少女に抱きつかれ。両手に花と言われれば、確かに幸せ者かも知れないが。正直なところ、「姉上」の事で頭が一杯なキュラータにとっては、余計な恋愛は迷惑以外の何物でもなかった。
【登場人物紹介】
・リリカ
クージェの平民街に住む、ごくごく普通の少女。現在10歳。
ひょんな事からキュラータに出会ったことにより、彼と同じ「格好いい執事」になることを目標に定めたらしい。
それとは別に、意外と年上好きなようで……キュラータに憧れており、恋愛対象として見ている様子。
なお、ルエルの猛烈なバックアップもあり、彼女の願いが叶えられちゃったりするかも知れないが……それはまた、別のお話。
・ルルド・マーコニー
霊樹戦役後に叙爵された、新興貴族の一家・マーコニー男爵家の次男。現在15歳。
魔力適性を持たない血筋のため、父親共々、魔力適性を手に入れて「本当の貴族」に仲間入りする事を夢見ていた。
マーコニー家は貴族社会では新参者かつ、魔力適性を持たないこともあり、「貴族の皮を被った平民」と罵られることもあったりと、なかなかに肩身の狭い思いをしてきたらしい。
その鬱憤もあってか、自分より弱い立場の相手(特に平民)には必要以上に横暴に接しがち。




