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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第7章】思い出の残り火
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7−34 全員残らず、蹴落として差し上げます

 多勢に無勢。相手は威嚇と恫喝に余念のない、残念な珍獣達。

 劇場で相手にされなかったのが余程に悔しかったのだろうが、自分の力でやってやろうなんて気概を持ち合わせていないのが、いかにもお貴族様らしい。そんな坊っちゃまと使用人達は仮初の衛兵を揃えられて、既に勝利を確信しているようで……キュラータと少女達を見つめては、ニヤニヤと下品な笑顔を張り付けている。


「……本当に、どうしようもない方達ですねぇ。躾ではなく、折檻をご要望とは。……ふむ。坊っちゃま達は被虐趣味をお持ちなのでしょうか?」


 しかし、一方のキュラータは涼しい強面を崩そうともしない。背後で震える少女達の存在を念頭に置きながら、相手の立ち位置も冷静に把握し、フンと小馬鹿にするような息を漏らす。……この距離、この密集度。大して鍛えられてもいない素人相手では……10分と待たずとも、ケリを付けるのも容易い。


「もし、私めに挑んでくるようでしたらば、痛い目を見るのは必定。あいにくと可憐なレディ達の前ですので、それなりに手加減は致しますし、命の保証もしては差し上げますが。……地位と名誉の保証は致しませんので、そのおつもりで」


 右手は顎に、左腕は腰の位置に。どこをどう見ても劣勢だと言うのに……恐怖で怯える少女達とは対照的に、執事の方は慌てようともしない。その気取り切った態度が、ますます気に入らないのだろう。下品な笑顔を悔しさで歪めると、坊っちゃまが無謀な命令を下し始めた。


「お前達! とにかく、この生意気な執事をやっちゃいなさい! どうせ相手は平民だし、好きにしちゃっていいぞ!」

「……なるほど、それが坊っちゃまのお答えですか。一応、警告は致しましたよ」


 坊っちゃまの「私兵」が剣やらナイフ、ハチェット等を持ち寄っているのを見るに……おそらく「傭兵崩れ」と呼ばれる手合いの者達だろうか。

 いくら平和な世とは言え、ゴラニアにもそれらしい魔獣やモンスターも生息はしている。彼らの生態系に踏み入り、乱すこともなければ人間との接点はほぼないが、それはあくまで街中に限った話。特に、昨今は例の暗黒霊樹のせいで、瘴気に感化されて凶暴化する者が増えている。彼らを鎮めるのも特殊祓魔師の仕事だが、圧倒的に頭数が足りていない特殊祓魔師だけでは、完璧に対応できていないのも、1つの現実である。そのため……彼らの手が回らない分はどうしても、各国で自警するしかない。

 そんな自警の一端を担っているのが、「傭兵」……だなんて、なんともフワッとした括りで総称される戦士達であるが。その全員が誇りを持っているかと言えば、そうではなく。キュラータに凶刃を向けているのは、「傭兵」とは名ばかりの、溢れ者であろう。


(グランティアズの騎士団は魔獣退治もこなしているようでしたが……現代のクージェには、マトモな騎士団はありませんしねぇ。……気品の翳りはこんな所にも、影を落とすのですね)


 いずれにしても、今はお嬢様達を無傷で送り届けることが最優先である。キュラータは嬉々として応戦することに決めると、無茶苦茶に襲いかかってくる暴漢達を一瞥し、視線を走らせること一閃。横凪にされたハチェットを、サイドキックで腕ごとはたき落とし、そのまま踵を上げて今度はナイフ持ちの男の肩へと垂直に振り下ろせば。僅か10秒にも満たない間に、2人の男の利き腕を利用不能にして見せる。


「ウガッ⁉︎ うっ、腕が……!」

「ヒィッ⁉︎」

「あぁ、踵が減ってしまいましたか? これも主人からの賜り物なんですけどねぇ……」


 まるで汚物を踏んでしまったと言いたげに、眉間に不満げな皺を寄せながら……革靴のつま先をコツコツと鳴らすキュラータ。陥落した相手には全く興味もないようで、さもつまらなさそうにもがき苦しむ男達を睥睨している。


「く、くそッ!」

「とにかく、やっちまえ!」

「ほぉ……まだ、かかってくる気概は残っているのですね。いいでしょう、いいでしょう。……全員残らず、蹴落として差し上げます」


 しかし、コケにされて黙っていられないのも、荒くれ者たる所以というもので。彼我の差を痛感しつつも、振り上げた拳を下ろす賢明さは持ち合わせていない。そうして恐れ知らずにも、残りの6人が一斉にキュラータへと強襲を仕掛けるが……。


「ぐあっ⁉︎」

「あべしッ⁉︎」

「ギャァッ⁉︎」


 まずは真っ先に攻撃範囲内(足の長さ)に入り込んだ3名へ、鮮やかなラウンドキックをお見舞いすれば。腹部への衝撃を受け、男達が綺麗な放射線を描いて吹き飛ぶ。しかし、そんな先鋒3名様の着地を見届けさせる間もなく……後ろに控えている残り3名様の懐に潜り込み、次々にハイキックとバックハンドブローを叩き込んで。キュラータは結局、3分もかけずにならず者達を1人残らず降していた。


「なんと、歯応えのない。8人もいて、10分と持たないとは……」

「すごい……!」

「キュラさん、格好いい!」

「ふふ……この位は当然ですよ、お嬢様方。私めは主人の護衛も仰せつかっております。ド素人に負けるようでは、職務を全うできませんので」


 少女達の声援がちょっぴり嬉しいキュラータではあったが、すぐさま燕尾服の襟を正し、尚も戦闘態勢を緩めることはしない。それもそのはず、この程度で済ませる程、キュラータはお優しくもなく。少女達からは背中しか見えていないのをいいことに、残された坊っちゃま達にサディスティックな笑顔を向けては、お仕置きを敢行しようとする。


「ほらほら、あなた達も遠慮なくかかってきなさい。このキュラータめが、漏れなく相手をして差し上げますよ」


 そんな事を言われましても。厳ついのは顔だけだと思っていた執事は、異常なまでの強者でもあったらしい。武器らしき武器は持っていないくせに、あっという間に8人も沈められたとあらば。誇りも義理もない使用人達には、坊っちゃまと一緒に躾を受ける理由もない。


「お、お前達! あいつをコテンパンにすれば、特別報酬をやるぞ! だっ、だから、逃げ……アヒィッ⁉︎」


 たまらず逃げ出した使用人達を引き留めようと、声を張り上げる坊っちゃま。しかし、その声は「ズドン!」とすぐ横から響く、鈍い衝撃音でかき消される。そうされて、坊っちゃまが恐る恐る真横へ顔を向ければ……ほんの数ミリ先で、黒グローブの拳が黒鉄の壁にめり込んでいた。


「……男なら、自分の拳でかかってきなさい。それができない腑抜けが、無様に吠えるものではありません」

「あ、あ……」


 ヘナヘナとその場で腰を抜かす少年貴族は、ハクハクと口を動かすばかりで、これ以上生意気なお口を利くこともできない様子。たったの1撃で戦意喪失とは情けない……と、キュラータは尚も坊っちゃまに軽蔑の視線を投げるが。これ以上は付き合う必要もないと、笑顔を切り替えニコニコと少女達に向き直る。


「怖い思いをさせてしまい、申し訳ございませんでした。……大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫」

「ちょっと怖かったけど……キュラさん、強いんだね! 私、感動しちゃった!」

「それは何よりです。愚か者は放っておいて……さ、行きましょうか」


 キュラータは最初から坊っちゃまの存在はなかったかのように、クルリと背を向け、少女達に声をかける。そうされて、少女達はチロリとほんの少し、心配そうに坊っちゃまを見やるものの。彼女達も坊っちゃまには微塵も興味がないようで、キュラータと共に足早に去って行った。


「……覚えていろよ……!」


 それこそ……捨て置かれた坊っちゃまの怨嗟なんぞ、聞き取れないくらいのスピードで。

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