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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第7章】思い出の残り火
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7−31 夢見心地まっしぐら

 静けさだけは戻ったクージェ帝国立図書館にて。手近なソファに身を預け、キュラータは「花騎士シリーズ」なる一連の雑誌に目を通していた。何の変哲もないシンプルなソファに、異常なまでに仰々しい執事が腰をかけているともなれば、それだけでやや滑稽な空気感が漂うが。周囲の注目を気にも留めず、キュラータは『月刊・騎士道』にやや前のめりで没頭している。


(ふぅむ……他の花騎士特集は、そこまで外れた内容ではありませんね。きちんと、彼らの半生と功績について書かれています)


 なるほど、なるほど。どうもリュシアンの特集だけ筆致の毛色が異なるようで、他の花騎士達は一貫したお堅い記事でまとまっている。ここまで傾向が異なるのは、記事を手がけたライター自体が違うのだろうというのが、キュラータの率直な推察だ。


(おや? 意外と早かったですね?)


 そんなことを考えつつ、キュラータが『月刊・騎士道』の「花騎士シリーズ」を読み耽り、待つ事、1時間ほど。どうやら無事に親の了承を得てきたようで、満面の笑みを浮かべた少女達が律儀に戻ってくる。


「キュラさん、お待たせ!」

「……いや、私はキュラではなく、キュラータなのですが……まぁ、いいでしょう。それで、いかがでしたか?」

「もちろん、大丈夫なの! ママは行ってらっしゃいって、言ってくれたの!」

「左様でしたか。では、参りましょうか」


 怪しい者ではないと言いつつも、シチュエーション的には怪しさ満点だろうに。キュラータは頭の片隅で、「もしかしたら、断られるかも知れませんねぇ」とも思っていたのだが。呆れたことに、少女達の保護者は警戒心もないらしい。リリカの母に至っては「よろしくお願いします」と、ご丁寧に「キュラさん」宛ての手紙と一緒に、幾ばくかの銅貨まで持たせてくる始末だ。


「お気遣いは無用でしたのに。リリカ嬢、この銅貨はお母様にそのままお返しください」

「えっ、でも……」

「此度は私めが勝手にお誘いしたのです。その身勝手に、対価をご用意頂く必要はございません」

「そうなの? ……本当にいいの?」


 キュラータはリリカが差し出した手紙だけを受け取って、銅貨の方は丁重にお断りを入れる。一方で、逐一恭しい彼の仕草や身振り手振りに、リリカは恐縮しつつ銅貨をポケットに滑らせ……少しだけ、安心した様子を見せた。

 リリカとて、分かっている。母親が少しだけ無理をして銅貨を持たせてくれたことや、折角だから楽しんできなさいと精一杯に送り出してくれたことを。だから、「せめて、これ位は持っていきなさい」と差し出された銅貨を言いつけ通りに「キュラさん」に渡したのだが。「本物の執事さん」の懐は相当にホカホカしているのか、対価を受け取るつもりは最初からなかったらしい。


(そう、だよね……。キュラさん、王子様の執事さんだって言ってたし。きっと、ミュージカルも行き放題なんだろうなぁ……)


 ただ居合わせただけの少女達をミュージカルに連れ出してくれる時点で、金銭的な余裕がある事は間違いないだろう。とは言え、金銭的な余裕はあっても、時間的な余裕がないキュラータもミュージカルに行き放題ではないのだが。少なくとも、リリカの目にはそう映っていた。しかも……。


「ほぅ、ここが劇場ですか。なかなかに賑やかですね。あぁ、そうだ。……記念にパンフレットも買っておきましょうか。すみません、お嬢さん。こちらを4部、頂けますか?」


 劇場に着いたら着いたで、キュラさんは観劇料の支払いをまとめて済ませた上に、パンフレットまで買ってくれるらしい。売店の売り子相手にも丁寧に応じて、しっかりと少女達の分まで記念品を調達してくる。


「い、いいの? キュラさん……」

「もちろんです。お嬢様方は発表会のために、リュシアンを調べているのでしょう? こうしたパンフレットも貴重な資料となるでしょうし、遠慮せずにお持ちください」

「ありがとう……!」


 とうとう「キュラさん」呼びさえ否定しなくなったキュラータから、1部ずつパンフレットを受け取れば。少女達はミュージカルが始まる前から、夢見心地まっしぐら。観劇料もさることながら、パンフレットだって1部あたり銅貨3枚と、なかなかにいいお値段である。リリカの母親が持たせてくれた銅貨があれば、一応は買うことができるものの……それだって、1部を買うのがやっとだ。


(執事さんって、お給料がいいのかも……。どうやったら執事さんになれるか、聞いてみようかな……)


 平民と言えど、リリカ達の生活はそこまで貧しくはない。普段の食事に困ることもなければ、日用品が足りないなんてこともないし、街中に張り巡らされている魔力式の交通機関だって自由に利用できる。現代のゴラニアは貴族であろうと、平民であろうと、全ての人間が等しく文明を享受できるように整えられているのだ。確かにクージェを始め、各国の上層部は王族やら、貴族やらが牛耳っているものの。平民達の生活が蔑ろにされているわけではない。

 しかし、格差が全くないかと言えば、そうでもなく。……社会的な格差が存在しているのも、実情だ。そして、格差を実感させられる事例として、娯楽の選択肢の幅は真っ先に挙がる事柄だろう。


(ゔ……そう言えば、周りの人はみんなおしゃれな格好をしてる気がする……)


 ミリエやメアリアはあまり気にしていない様だが。周囲の観客達は貴族なのだろう、明らかに小洒落た装いをしている。片や、リリカ達は義務教育学校指定の制服姿。程よく凝っており、縫製もしっかりしている一着ではあるが、一発で「普通の学校の生徒」……つまりは平民と分かってしまう着衣である。なので……。


「おや? どうしてこんな所に平民が入り込んでいるんだ?」


 貴族ばかりの場所だと、キュラータ以上に悪目立ちする上に、妙に突っかかってくる奴が出てきたりするのだ。

 鼻持ちならない様子で少女達に絡んできたのは、それはそれは腹の出っ張り具合が見事な少年貴族。背後に3人も使用人を控えさせている時点で、良いトコのお坊っちゃまの様だが。


(なんか、嫌な感じ……。うぅ、私達はミュージカルを見たいだけなのに……放っておいてくれないかなぁ)


 平民が貴族街に迷い込むと暴力は振るわれないにせよ、嫌味ったらしい貴族も少なからずいるため、不愉快な思いをさせられることも多い。なので、平民達は彼らの居住区に近寄ることさえ避ける傾向があるし、実際、リリカ達は今日初めて貴族街に足を踏み入れていた。こんな風に絡まれるのも、当然ながら初体験である。

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