7−30 問題を起こしてくれた方が好都合
「ククッ……それはまた、面白い事になってきましたね」
「……いや、面白い事で済ませないでくださいよ、副学園長センセー……」
カテドナ&ロッタの完璧なお給仕で、ちょっとグレードアップした気がするランチの席にて。ミアレット達と同じ席を囲む気になったらしいアケーディアが優雅にお茶を啜りながら、ガラの報告に目を細めている。
「折角です。モリリン・ファラードはそのまま泳がせておきましょうか。ガラの鼻が正しいのであれば、彼女の杖はグラディウス由来の異物となるでしょうし。……持ち込まれた経路を特定するためにも、しばらく鼻の高さくらい、そのままにしておいてやりましょう」
「でも、モリリンさんは大丈夫なんですか? ガラさんの話だと……あの杖、グラディウスの枝と同じ匂いなんですよね?」
ガラが中庭で険しい表情を見せたのには、彼の鼻が懐かしくもない生まれ故郷の匂いをキャッチしたからだった。どうして、モリリンがそんな物を持っているのかは不明だが。本性に狼の姿を持つガラの嗅覚もまた、ハーヴェンと同じく非常に優れている。まして、グラディウスの匂いは彼にとって馴染み過ぎているもので。……勘違いはあり得ないだろう。
「大丈夫ですよ。モリリン・ファラードは学生寮住まいです。魔法学園の敷地内にいるのですから、何かあってもすぐに対処できるでしょう。むしろ、問題を起こしてくれた方が好都合ですね」
「うわぁ……」
ドス黒い笑顔を浮かべながら、「変化があったら、研究対象にするのも面白い」等と、聞いている側としてはちっとも面白くないどころか、不安しかない事を呟く副学園長先生。……彼の言う通り、ロケーションが魔法学園内であるのなら、如何様にも対処はできるのだろう。だが、モリリンへの悪影響について、何も考慮していないのが恐ろしい。
「……ミアレット様。こうなったらば、アケーディア様を止めるのは不可能かと」
「そうなのです?」
「えぇ。アケーディア様は常々、退屈凌ぎの楽しい事をお探しですから。今回の事案は、退屈凌ぎにピッタリですもの。憂鬱の真祖様が易々と手放すとは思えません」
「えぇぇぇ……退屈凌ぎで済ませないでくださいよぉ……」
ミアレットのカップに淀みなくお代わりを注ぎながら、そっとカテドナが解説するところによると。アケーディアは憂鬱の真祖であるがために、自身も何かとネガティブになりがちな傾向がある。そんな気鬱に苛まれがちな副学園長先生は「興に合う研究」に没頭することで、気を紛らわせているのだが。……彼が研究以上に憂鬱を忘れられるのが、こうしてたびたび発生する「トラブル付きの面白そうなイベント」であるらしい。それも、自分が程よく首を突っ込めれば、言うことナシだそうで……。
(……副学園長先生って、もしかしなくても、めっちゃくちゃ面倒な人なんじゃ……)
どうやら、アケーディアは静寂を好むと見せかけて、お祭り騒ぎがお好きな模様。弟のマモンさん(戦闘狂)とは違う意味で、血気盛んでもあるらしい。
「あうぅ……でも、何かがあってからじゃ遅いんですってぇ……」
「よろしいではないですか。しばらく、泳がせると同時に勘違いさせておけばいいのです。ガラ殿の話からしても、モリリンが言っていることは嘘であることは確定でしょうし……嘘を暴いてやった時に、どれだけ絶望することやら」
今から、叩き落とされるのがとても楽しみですね……なんて、こちらはこちらで、「フフッ」と嗜虐的な微笑を見せるカテドナ。
(ね、ねぇ……ミアレット。本当に、大丈夫なのかなぁ……)
(大丈夫じゃないと思うわ……)
(えぇ、このままだとモリリン……マズいんじゃない?)
アケーディアにもお代わりを注ぎに離れたカテドナの背を見つめ……両隣からエルシャとアンジェとが、ヒソヒソと「大丈夫じゃないよね、アレ」と不安げに囁く。
ガラの話からしても、モリリンが持っていた杖はグラディウスから持ち出されたものであるのは、間違いないだろう。エルシャやアンジェが「グラディウスのリンゴ」の餌食になり、深魔へ変貌した前例を考えても、グラディウス産の武器だなんて、不安要素しかない。悪魔な副学園長先生やメイドさん達にとっては、大したことではないのかも知れないが。普通の人間である生徒達からしてみれば、明らかにオオゴトである。
(……きっと、カテドナさん達は妙に慣れちゃっているんだろうなぁ。心迷宮とか、変な武器とか……)
確かに、心迷宮から魔法道具が具現化することはままある事だし、実際にミアレットとランドルはアンジェの心迷宮で高性能な武器を手にしている。DIVE現象が確認されてからと言うもの、「作り手不明の魔法道具」が人知れずひっそりと生み出されていることも、珍しいことではなくなっている。
流石に、グラディウス産の武具は身近な存在ではないにせよ。ハティブロートの例もあることだし、アケーディアは全てが全て有害ではないと考えているフシがあるようで。少なくとも、瘴気に慣れている悪魔達にしてみれば、些細な事で流されてしまうものなのだろう。
(ミアレット様。……少し、よろしいでしょうか?)
(えっ? えっと……ロッタさん、どうしました?)
(ミアレット様達と同様、私めも問題だらけだと感じます。カテドナ様のご意見を否定するつもりはありませんが……あまり、楽観視しない方がよろしいかと)
そんな中、ロッタが意外なことをコソリとお嬢様達に囁く。
カテドナは何かとミアレット第一で動くため、他の人間……特に、少しでもミアレットに害意がある人間には、非常に苛烈な態度を貫こうとする。アドラメレクとして完璧な彼女は、主人第一の姿勢も完璧であるが故に、周囲にドライになりがちなのは否めない。
一方で、ロッタはあくまでキュラータの代理で配属されたメイドさんであるため、現状はミアレット専属ではない。この差のせいか、ロッタはまだ彼女達以外の人間に配慮を向ける甘さもあるらしい。
(もしお望みとあらば、このロッタめがお供いたします。そのご様子ですと……お嬢様方は助けたいのでしょう? モリリンなるご令嬢を)
(うん……。できれば、助けてあげた方がいいと思う……)
(そうね。モリリンは気に入らないけど……私も助けるに一票。なんだか、他人事に思えないのよね。……あの必死さが)
ロッタの囁きに対し、エルシャとアンジェは迷いもなく「助けた方がいい」の見解を示す。そして、ミアレットも彼女達の意見に反対する理由は何1つ、なかった。
(私も賛成。このまま、放っておけないわ。カテドナさんもきっと、お願いすれば協力してくれるとは思うんだけど……あの調子だからなぁ。助けるついでに、精神的にコテンパンにしそう……)
ミアレット至上主義なカテドナのこと。ミアレットのお願いとあらば、いくら嫌いな相手とて、お仕事はきちんとこなしてくれるに違いない。しかし同時に、ミアレットへの「不敬(?)」に対するお仕置きが未知数過ぎる。ここは素直に、ロッタを頼った方がいいだろう。




