7−29 お家のための野心
キュラータが思いがけない良心を発揮している、その頃。
午前中の授業を終えたミアレットがエルシャやアンジェ、ランドル達と一緒に中庭に出てみれば。憩いの場でもある噴水の前で、取り巻き達に囲まれているモリリンの姿が目に入る。
(あちゃー……どうして、選りに選ってこんな所で遭遇するかなぁ……)
ミアレットは仲良し4人組で、王子様達との待ち合わせにやってきたのだが。悪いことに、ご指定が中庭の噴水前なのだ。食事の席を移すことはできるだろうが、このまま噴水前の待ち合わせを続行するのは、少々厳しい。
(ねぇ、どうするの? ミアレット)
(うーん……どうしようかなぁ。隠れたら、今度は待ち合わせが成立しないわ……)
(とりあえず、少し近くで待っていればいいんじゃないすか?)
(ランドル……それ、見つからないかしら? 見つかったら絶対に面倒よ、アレ)
今のところ、モリリンや取り巻き達はミアレット達に気づいていない。相当に「素敵な話のネタ」があるらしく、他の生徒達(多分、彼らも待ち合わせだろう)がやや迷惑そうな顔をしているのにも、気付こうとしない。
「モリリン様! 素晴らしい武器ですわね!」
「うふふ、いいでしょ? 武闘会に向けて、当家自慢の魔法武器を持って参りましたわ!」
「えぇ、とっても格好いいですわ!」
「そうでしょう、そうでしょう!」
盛り上がっているのは、当事者と取り巻き達のみ。待ち合わせの苦難に顔を顰めている皆々様の視線を物ともせず、モリリンの得意げな声が大仰に響いてくる。どうやら、彼女はご実家から魔法道具を調達したようで……きっと、生来から目立ちたがり屋なのだろう。素敵(?)な魔法道具のお披露目に余念がない。
(でも……あれ? ファラード家って、ちょっと落ちぶれているのよね?)
モリリンが掲げているのは、頭に真っ赤な宝石を乗せた、いかにも高級そうな漆黒の杖。何やら黒い樹木からできているそれは、テラテラと異常に艶やかであり、ミアレットはそこはかとない違和感を覚える。
「ミアレット、どうしたの?」
「あの杖、本当にモリリンさんの家にあった物なのかなぁ……? 魔法道具って、かなりの金額で売れるはずだし……傾いているお家に残っているのは、不思議と言うか……」
「それも、そうっすよねぇ。ファラード家にそんな魔法武器があったら、とっくに売り払われていると思いますし」
「言えてる。ウチもお金が足りない時は、壺やら銀食器やらを売りに出してたわね……」
何やら同族意識に駆られたのか、アンジェが遠い目をしながら呟く。
歴史はあっても、魔力適性も先見の明にも乏しかったヒューレック家は、表向きはアンジェの先代(つまりは父親)で潰えた事になっていた。その事に関して、当のアンジェはとっくに吹っ切れているし、自身の専属執事だったランドルと一緒に暮らしていければ構わないと、今は慎ましやかな生活にも慣れてしまっている。一旗上げてやろうとか、返り咲こうだとか、アンジェの中にはお家のための野心もとうにない。
「でも……ちょっと心配だわ」
「えっ? 心配?」
「えぇ。貴族は面子を守ることを、何よりも優先するから。あの武器が万が一、ファラード家のものじゃなかった場合は、どこかから無理に調達してきたってことよね。……見栄を張るために、悪いことをしていないといいのだけど」
しかも、野心はないどころか、他所様の事情まで心配できる余裕まで見つけたらしい。アンジェは自身の境遇も重ねてか、モリリンの様子に眉尻を落としている。
「あぁ、それもそうっすね。ヒューレック家の財政が赤字続きだったのは、見栄っ張りなアンジェレット様の散財が原因でしたものねぇ」
「そんな事、蒸し返さないでよ、ランドル。……今はそうでもないでしょ」
アンジェレットの散財は見栄のためというよりは、変身願望のためだったようだが。その辺りは秘密の黒歴史部屋由来の情報なので、ミアレットもランドルも、口元に生ぬるい微笑を浮かべるだけに留めておく。しかし、問題はかつてのアンジェレットお嬢様の散財具合ではなく、モリリンお嬢様のなりふり構わない虚勢具合の方だ。
「でも、本当にファラード家にあったものかもしれないわ。だって、ファラード家は魔法道具製造が得意なお家だったし」
「それもそうね。根拠もなく疑って、変な心配をしてやる必要はないわ。どちらかというと……うーん。私はあの武器を持ったモリリンさんと対戦しないといけないのかぁ……」
「あっ、そうなるわね。頑張れ〜、ミアレット〜」
「……アンジェ、楽しんでるわよね? それ。もぅ、他人事だと思って」
結局、待ち合わせ問題が解決しないまま……4人でそれなりのお喋りを楽しんでいると。ミアレット達の背後から、気忙しげなガラがやってくる。そうして、コッソリ「お迎えに来ました〜」と小さな声を掛けてきた。
「あっ、ガラさん。どうしました……は聞かなくても、いいかなぁ」
「はいっす。……いやぁ、あの様子じゃ、王子様達が出てったら大騒ぎになりそうでしたし。とりま、俺だけで迎えにきました。副学園長先生も、来賓室を開けてくれるって言ってましたー……。その方が静かでいいでしょって」
とにかく、行きましょ?
ガラに移動を促され、4名様も素直に従う。ガラの提案を断る理由は一切ない上に、アケーディアの配慮は願ったり叶ったり。それでなくとも、最近は何かと周囲が騒がしい王子様達のご機嫌があまり良くないのだ。ディアメロは不機嫌な様子を隠しもしないが、ナルシェラは我慢強い分、相当に抱え込んでいるようで。……たまに表情筋が仕事をしていない時があると、彼の張り付いた苦笑いにミアレットは気を揉んでいた。
「……」
「あれ? どうしました、ガラさん」
「なんか、あの武器……嫌な感じがするっすね。ちょっと調べた方がいいかも……」
「えっ?」
ヒクンと鼻を鳴らし、ガラはいつになく鋭い眼差しでモリリンが手にしている杖を睨みつけている。何やら、黒い杖に不穏な気配を嗅ぎ取ったようだが……とりあえず、具体的なことは後回しにする事にしたようで。すぐさま、いつものヘラリとした表情を取り戻すと、「とりあえず、行きましょうか」とクルリと背を向けた。
(なんだろ……ガラさん、何か心当たりがあるのかなぁ?)
ミアレット達の背後では、やっぱりお披露目熱が治らないモリリンの高笑いが響いている。モリリンの上機嫌はさておき……ガラの似合わない真剣な眼差しに、ミアレットは違和感を覚えっぱなしである。




