7−25 差し障りのない自己紹介に、自然な視線の交差
お目覚めですか……と、聞かれれば。起きてますなんて、ありきたりな答えしか返せないついでに、声の主がカテドナではない事に気付いて、ガバと飛び起きるミアレット。ベッドサイドには、カテドナではない別の使用人。どうやら、モーニングコールの主は彼女らしい。
「お、おはようございます……えぇと。ロッタさん、でしたっけ」
「おはようございます、ミアレット様。女神の愛し子に名を覚えて頂き、誠に光栄です」
「いや、私はそんなに大層な存在じゃないですって……。ところで、カテドナさんは?」
ロッタは何かと物騒になりがちなナルシェラ達の身辺警護に配属されたと言う、新人のアドラメレク。しかしながら、流石に性別の壁は越えられないと見えて、身支度までは請け負っていない様子。王子様達の警護任務は魔法学園にいる間だけのため、朝はミアレットの使用人として控えている。……なお、カテドナは朝食を用意しに行っており、すぐに戻ってくるだろうとのことだった。
「ほえぇ……。私如きに2人もメイドさんを付けてもらえるなんて、贅沢すぎる気がしますぅ……」
「何をおっしゃいますやら。愛し子のお側仕えをさせて頂けるなんて、私めと致しましても、この上ない好機でございます。新参者ゆえ、至らぬ点もあるかと存じますが……ご鞭撻を賜りますよう、お願い致したい所存です」
「あ、あぅぅ……。こちらこそ、よ、よろしくお願い致しますぅ……!」
しかしながら、新人と言えど……ロッタは悪魔になってから100年程経っており、間違いなくミアレットよりは遥かに年上である。悪魔として大先輩のカテドナがいる手前、どうしても「新参者」になってしまうようだが。少なくとも、ミアレット相手にここまで遜らなくてもいいはずである。
(この辺は多分、カテドナさんに言い含められているんだろうなぁ……。あぁぁぁ……ロッタさんも、完璧に勘違いしているっぽい……)
ピシリと燕尾服を着込んだロッタは、カテドナとは別方向に「デキるお姉様」な雰囲気を漂わせている。そんなデキるお姉様達がどうしてミアレットに甲斐甲斐しく傅いているのかと言えば。……ミアレットに「女神の愛し子」などと言う、眉唾物の肩書きがくっついているから。少なくとも、ミアレットはそう自戒している。
(とにかく、起きなきゃ。遅刻しちゃうわ)
何はともあれ、魔法学園へ登学するのが最優先。それでなくとも、騒動の元凶である魔法武闘会の開催が1週間後に迫っているのだ。参加するからには、きっちりと魔法の精度も上げて臨みたいところ。最初は巻き込まれる形で、参加を余儀なくされた武闘会であるが。引くに引けない状況となった今、ミアレットはやる気もやる気であった。
***
「あっ、来たっすね。ミアレットさーん、カテドナさーん! おはようございまーす」
自室で朝食を済ませ、転移パネルが設置されている部屋へ赴けば。そこには既に、準備万端とナルシェラとディアメロにガラ、そして昨夜にクージェから戻ってきたというキュラータが待っていた。キュラータにはまだ調査の仕事があるそうで、彼はクージェへ逆戻りになりそうだが……一応、新顔のアドラメレクとの顔合わせをするつもりなのだろう。無邪気なガラとは対照的に冷静な佇まいを崩さず、ミアレットに一礼をする。
「おはようございます、ミアレット様」
「おはようございます、キュラータさん。えっとぉ、今日もクージェに行っちゃうんでしたっけ?」
「えぇ、そのつもりでおりますよ。ディアメロ様の身辺警護は引き継いでいただけるとの事でしたので、私も安心して出かけられます」
しかして、柔和な言葉の割には探るような視線を投げるキュラータ。ミアレットはただならぬキュラータの眼差しに、首を傾げてしまうが……彼の視線の先にいるのが、ロッタである事にも気づく。
(うーん……なんだろ。キュラータさん、ちょっと思い詰めた顔をした気がする……)
ほんの一瞬であったが。視線の鋭さが増したのを、ミアレットは見逃さなかった。それでも、自己紹介をせねばと思い直したのか……ミアレットの違和感を押し流すような平坦な声で、キュラータがロッタへと挨拶をし始める。
「ロッタ殿とおっしゃるのですね。初めまして。……キュラータと申します。話は行っているかと思いますが……普段はディアメロ様の専属執事をしております。……以後、お見知り置きを」
「えぇ、初めまして。委細はアケーディア様からお伺いしております。お留守の間はしかとナルシェラ様とディアメロ様をお守り致しますので、ご安心を」
差し障りのない自己紹介に、自然な視線の交差。初対面はまずまず、平穏な滑り出しではあるが。ミアレットはやはりキュラータの思わしげな眉間の皺が気になる。どことなく、苦しそうな印象を受けるが……大丈夫だろうか。
「……」
「どうした、キュラータ。何か、心配事でもあるのか?」
やはり、ディアメロにもキュラータの空気感が「いつもと違う」ものに感じられるらしい。隣から、不安げな様子で専属執事に問うが。
「いえ。大丈夫ですよ、ディアメロ様。誠に勝手ながら、本日もクージェへ行って参りますが……カテドナ殿とロッタ殿が付いて下さるのであれば、大丈夫でしょう」
キュラータはすぐさま眉間の皺を浅くして、澄ました顔で答える。それが却って不自然な気もするし、ディアメロも疑り深い眼差しを向けたままだが。ミアレットとディアメロの疑念もなんのそのと、2人の代わりに不服の声を上げたのはガラだった。
「って、先輩! 俺だって、頑張ってるんすよ? 忘れないで下さいっす!」
「忘れられたくないのであれば、カテドナ殿達に頼らずとも、ナルシェラ様達に群がる令嬢達に対応できるようになさい。はぁぁ……あなたの頼りなさだけが、心残りですねぇ……」
「えぇッ⁉︎ もぅ、そりゃないっすよ〜……」
キュラータの口から次に飛び出したのは、いつも通りだと言わんばかりの嫌味。あまりの忌憚なき意見に肩を落とすガラを、ナルシェラが慰めているが。……キュラータの指摘が半ば事実でもあるため、「君はいてくれるだけでいいんだよ」なんて、口説き文句にしかならないセリフをナルシェラに吐かせている時点で、情けない事に変わりない。
【登場人物紹介】
・ロッタ(地属性/闇属性)
憤怒の上級悪魔・アドラメレクを本性に持つ、燕尾服を愛用しているメイドさん。
霊樹戦役直後の時代に闇堕ちしたとされており、アドラメレクの中では新人の扱い。
しかしながら、元から相当の戦闘をこなしていたのか、優れた体術と無駄のないスマートな体躯を持ち合わせており、実力は頭抜けている。
いわゆる男装の麗人。アドラメレク・メイド達を片っ端から「狂わせている」現状もあり、ヤーティが人間界行きに抜擢した経緯がある。




