7−24 軽薄な懐き癖
結局、拷問らしい拷問もないまま。意気地なしのヴァルクスが流暢にお喋りした事によると、例の黒いリンゴをもたらしたのは、リキュラでもグリフィシーでもなく……グラディウスの服心・バルドルだったと言う。
(なるほど、ヴァルムート誘拐も彼が糸を引いていましたか……)
リキュラやグリプトンなど、いわゆる「ナンバー2候補達」よりも更に古株の眷属。生命体ではなく、魔法道具扱いになるそうだが。元機神族と言うディテールもあり、バルドルはグラディウス陣営の中でも一際異彩を放つ存在である。
ヴァルクスも流石に、バルドルの本意までは知らされていなかったものの。少なくとも、分かった事としては……ヴァルムートはあくまで「おまけ」で連れ去られたという事であり、彼らの本命はアルネラだったらしい。
(やはり、ヴァルムートはついでだったようですねぇ……)
アルネラは特殊な魂を持っている可能性が高いので、グラディウスの「お偉いさん」達も興味津々なのだと、バルドルは言っていたそうな。そして……そのアルネラを貴族牢から出すために、フィステラを深魔に仕立てたのは他でもない。ヴァルクス本人だった。
(しかし……この状況は、何をどう飲み込めばいいのでしょう。ガラは意外と、女々しいのですから……)
かつての古巣でもある真っ黒な世界を思い描きながら、視線をゆっくりと横に逸らせば。そこには、すっかり後輩になり切ったガラがキュラータの横で泣き言を吐いている。
結局、タイムアップということもあり、ルエルと共にグランティアズ城に撤収してきたのだが。帰城した途端に、後輩もどきに捕まっては、キュラータは苦労話を聞かされていた。……なんでも、キラキラな王子様達に群がる令嬢達のアタックを上手く御せないとかで。ガラは1人で右往左往していたのだとか。
「全く……カテドナ殿ではありませんが。令嬢の群れなぞ、蹴散らしてしまえばいいでしょうに」
「そんな事、できます? あの優しいナルシェラ様の前でそんな事、できます⁉︎ いや、俺には無理っすよ……!」
「……知らない間に、随分とナルシェラ様に懐いたのですね、あなたは……」
メローが認めたご主人様というステータスと、本性が狼(つまりは、ワンコ)であるディテールとをブレンドさせた結果。ガラは見事にナルシェラの忠犬になってしまった様子。
「せんぱぁい、なんとかして下さいっすよ〜! いや、先輩はいるだけでいいっす! そのガンギマリフェイスで、俺の分も威嚇しまくって下さいっす!」
グラディウス由来の刺々しさは鳴りを顰め、ワンコっぽさ全開。先輩と目したキュラータにまで甘え始めるが。
「……私はあなたの先輩ではありませんよ。気色悪い呼び方は、よして下さい。それに、ガンギマリとは何ですか、ガンギマリとは。失礼も程々になさい」
事もなげに、ワンコの懇願を叩き落とすついでに、失敬な! と、キュラータは不満顔を隠さない。彼としては、ここまで懐かれた記憶はない。
「えぇ〜? それじゃぁ、兄貴って呼んだ方がいいっすか?」
「いやいや、そうではないでしょう」
だが、ガラはキュラータに並々ならぬ同族意識を抱いているようで、今度は兄貴呼ばわりしてくる始末。……何が何でもキュラータを頼りたいらしい。
「……分かりました、分かりましたよ。先輩で結構ですから。とにかく、しっかりして下さい」
兄貴よりはマシだと、渋々ガラの先輩になってしまうキュラータ。グラディウス基準で考えたら、キュラータの方が先に生み出されたのだし、一応は「先輩」になるのだろう。少なくとも、「兄貴」よりはしっくりくる。
「全く……そんな調子では、留守を任せられませんねぇ」
「あれ? 先輩、また出かけちゃうんすか?」
「えぇ。まだ調べ事が残ってましてね。明日もクージェへ出かける予定です」
「えぇぇぇ……俺、また1人で頑張らなきゃいけないんすか? って、あっ。そんな事もないか。……カテドナさんが同僚さんを連れてくるって、言ってたし……」
「同僚?」
知れっとキュラータを先輩と呼びつつ、ガラが教えてくれるところによると。魔法学園では近々、魔法武闘会を開催する予定ではあるものの、大元の目的が目的のため、ナルシェラ達の身辺警護を固める事にしたらしい。期間限定で、アドラメレク・メイドが増員するのだとか。
「そんで、最近に闇堕ちしたとかで、カテドナさんの後輩さんになるみたいっすけど。メイド服じゃなくて、燕尾服を着てて。男装麗人って感じだったっす!」
「ほぉ……燕尾服のメイドですか。それはまた、なかなかに新鮮ですね」
「でしょ、でしょ! 先輩も顔合わせくらい、したらどうっすか?」
確かに、燕尾服の彼女には興味がある。生前の身近にも「そんな女性」がいたのだし、顔合わせくらいはしてもいいかと、軽く考えるキュラータであったが。
「そのアドラメレク、名前は何と?」
「ロッタさんって、言ってましたよ。闇堕ちしてから100年くらいしか経ってないとかで、新参者なんです〜……とも言ってましたけど。ロッタさん、腕っぷしもかなり強いみたいで。護衛にもピッタリって事で、選ばれたみたいっすね」
「ロッタ……ですか」
「うっす。下手な男より格好いいと、メイドさん達にも大人気なんだとか。うーん……まぁ、確かにあの感じだったら、女の子達が放っておかないかもですねぇ。俺もつい、姉御って呼んじゃいましたし」
「その軽薄な懐き癖は、どうにかした方がいいと思いますが……」
続くガラの解説(私見を大いに含む)に、キュラータは目眩にも近い既視感を覚える。アドラメレクは「主人に裏切られて闇堕ちする悪魔」なのだと、聞かされてもいたが。闇堕ちしている時期といい、ピタリと一致するディテールといい。まだ見ぬロッタとやらに、興味以上の疑惑を抱くキュラータ。もしかして、彼女は……。
「そのロッタ殿には、私も顔合わせをしておいた方が良さそうですね。今後もお仕事をご一緒する可能性があるとならば、自己紹介くらいは挟んでおいた方がスムーズです」
「俺もそれがいいと思うっす。ディアメロ様も寂しがってましたし、明日は一緒に魔法学園へ行くっすよ」
「……そうですね」
ディアメロに寂しがられているなんて、思いもしなかったが。総じて弟分と言うのは、兄貴分に懐きたがる傾向があるのだと解釈して。キュラータは少しばかり、こそばゆい苦笑いをこぼしてしまう。




