0−3 天使と悪魔の教え
「それにしても、うまく丸め込んだな? シルヴィア。お前にこんなにも意地悪な部分があるなんて、思いもしなかったぞ」
「すみません……。えぇ、私も自分がとんでもない事をマイさんに吹き込んだのは、よくよく自覚しております……。しかし、あぁでも言わなければ、マイさんはそのまま消滅することになったでしょうし……。あれ程までの魔力の輝きを持つ方を失うのは、あまりに惜しいかと……」
「ま、それは妾も同意ぞ。良い良い。夢と希望を与えるのも、我ら女神の役目。……後は、あの娘が自ずと理解するべきこと。可能性がゼロでは無い以上、お前がマイに言ったこともあながち嘘とも言い切れん」
無事にマイの魂を送り出して……2人の女神が安堵と同時に、懺悔のため息をつく。
勢いで「元の世界に帰るための魔法」を作れば良いなどと、口走ってしまったが。言い出しっぺのシルヴィアにも、彼女の望みが限りなく叶うはずのない「奇跡」であることはよく分かっている。そもそも、どうして「ユウト」と「マイ」の魂がこちら側に紛れ込んだのか、女神である彼女達でさえ分かっていないのだ。神さえも理解し得ていない、異世界転生なる超常現象のメカニズムが解明されていない以上……半ばブラックボックスと化している仕組みを、理念で雁字搦めになっている魔法に組み込むのは、甚だ無謀である。
魔法の発動は「詠唱」「錬成」「展開」の3ステップが必要になるが、上級魔法になればなるほど、発動自体のハードルが高くなる。効果や威力が優れている魔法は、「錬成」部分に必要な魔法概念を理解するのに、要求される知識量があまりに多すぎるのだ。
魔法は概念をしっかり理解していないと、不発どころか、想定外の暴走を引き起こして大惨事になりかねない。この世界の魔法は「便利な能力」ではなく、どこまでも「難解な仕組み」でしかなかった。故に、使いこなすには知識も努力も必須。魔力量だけ「チート機能(要するにズル)」で膨大に溜め込んだところで、魔法自体を理解していなければ、満足に発動さえできない。
しかしその一方、概念さえしっかりと把握できればアレンジはできるし、魔法同士を掛け合わせて新しい効果を生み出すことも可能だ。
魔法を使うということは、魔力という原動力を媒体として、特定効果を発揮させるための仕組みを動かすことである。非常に流動的かつ、自由度の高い魔力という素材を自然現象や物理的法則に当てはめては、構築した概念通りに解放する手順に他ならない。そして、優れた魔術師は自分が望む結果をよくよく吟味した魔法概念を下敷きにして、実現せしめるものである。
なので……シルヴィアがマイに持たせてしまった希望は限りなく嘘に近いが、100%実現不可能な現象でもない。
「あの様子であれば、マイの方が有望かの? あの娘にはしっかりと目標があるようだし、漠然と活躍したいだけのユウトよりは、魔法に真剣に向き合いそうだな」
「そう、ですね……。今では人間も相当レベルの魔法を使いこなせるようになったとは言え、まだまだ彼らは魔法を“便利な存在”としてしか、見ていない傾向があります。確かにマナ様のおっしゃる通り確固たる目標がある分、マイさんの方が私達の理想にも応えてくれそうですね」
「……だな。……はぁぁぁ。それにしても、ゴラニアの民はあいも変わらず、愚かよの。折角、こちらできちんと魔力の扱い方を教えてやっても……よくない使い方をする奴が後を絶たん」
「仕方ありませんわ。何せ、魔法は特別なチカラですもの。魔法を使うことができる魔術師が特別な存在だと思ってしまうのも、無理はないのです。ですから、その特別な力をきちんと使ってもらうために、天使様達と悪魔さん達とで魔法学園を作ってもらったのでしょう? 大丈夫ですよ。人間は確かに愚かなのかも知れませんが、失敗から学ぶこともできる生き物です。天使と悪魔の教えに導かれて、きっと……そう遠くないうちに、凶事の根を断ち切ってくれる者が現れると、信じています」
「シルヴィアは人間を信用しすぎているな。……まぁ、いい。確かに疑ってばかりでは、叶うことも叶わなくなるやも知れん。それに……魔法学園については天使長が相当に手を回しているようだし、妾が悲観的に考える必要もないか」
女神2人が記憶消去さえも拒む、「ユウト」や「マイ」のような異端児を受け入れてまで魔術師に仕立て上げたがったのには、非常に根深い訳がある。
かつてのゴラニアでは人間が闇雲に魔力を消費し続けていたせいで、魔力の蒸留塔である世界樹・ユグドラシルが枯れてしまい、人間界から魔法というチカラが消失していた時期がある。しかし、そのきっかけを本当の意味で作り出したのは、叛逆の大天使・ミカエルの思惑であり……平たく言えば、どこまでも人災でしかなかった。ミカエルは霊樹の1つ、ローレライを自らの居城として作り替え、自分を認めなかった神界に牙を剥こうとしたのだ。
そんな裏切り者を神界の天使達は精霊はもちろんのこと、悪魔の力を借りてまで滅しようと試みたが。当のミカエルはローレライに巣食っていた古代の女神に逆に利用されてしまい、敢えなくその魂を散らしている。しかし、ミカエルが作り出してしまった悪しき霊樹・グラディウスは残存したまま。主人を変えてもなお……グラディウスは時間軸の異なる空間に根付き、有害な「悪意と融合する魔力」を大量に吐き出し続けている。
そして……有害な魔力が原因で「深魔」と呼ばれる、異形が出現し始めた。しかしながら、脆弱な人間に正体不明の魔法生物に対する抵抗手段があるはずもなく。世界は僅かな平和を噛み締める間もなく、混沌の世界へと逆戻りしつつある。
世界の窮状を鑑み、天使達は人間に正しい魔法の使い方も教えると同時に、深魔討伐のエキスパートを育てるべく、オフィーリア魔法学園を運営している。そして、オフィーリア魔法学園に入学を許されるのは、魔力適性を持つ者のみ。
魔力適性は魂と肉体の組み合わせに左右される要素であり、女神達の力を持ってしても底上げできる特性ではない。彼女達にできることと言えば、転生先を適合性のある人間に選ぶということと、属性の選択、そしておまけに魔力の器をちょっぴり大きくしてやれる事くらい。
だからこそ、輝かんまでに高い魔力適性を持ったユウトやマイをみすみす、失うのは惜しいとマナもシルヴィアも判断していた。世界を救い得る有望株の確保を前に、記憶の有無を気にしている場合ではない。
「色々と悩ましい事も多いが……この先はそれこそ、ルシフェル達に任せるのが、妥当であろう。かの学びの園は、伊達に魔法学園を名乗っておらん。生徒も選り抜きの粒揃いなら、教師は規格外の一流揃い。ユウトとマイ程の魔力反応があれば、学園に足を踏み入れるのも必然であろうし……あやつらであれば、2人を魔術師として育て上げてくれるに違いない」
「そうですね。ここから先は、私達が介入するべき領域ではありません。静かに世界で輝く彼らの魂を見守る他、ありませんわ」
女神2人は背後に聳える神界の霊樹・マナツリーを仰ぎ見上げては、魂の輝きとその循環とに思いを馳せて……2人の転生者の人生に幸多きことと、願わずにはいられないのだった。
【作者より】
序盤から理屈っぽい説明を突っ込んでしまいましたが。
こちらの物語の「魔法」については『天使と悪魔の日常譚』の設定を下敷きにしております。
こちらだけ読まれている方にもスムーズに読んで頂けるよう、必要な情報は記載していきますが、前作を読まれた方には繰り返しの説明になってしまう部分も多いと思います。
誠に申し訳ございません……。
何卒、ご理解賜りますよう、お願いいたします。