7−23 大義名分(自作自演)の水面下
「それで……どう? 必要な情報は引き出せたかしら?」
可哀想に、ヴァルクスは痛みで白目を剥いている……訳ではなく、ただただ怯えて震えている。本格的な拷問なんぞ御免だと、ヴァルクスが素直におしゃべりをしたものだから、暴力を振るう必要がなかっただけではあるが。情報量も鬱憤晴らしも足りないと、ルエルに対して肩を竦めるキュラータ。
「情報は足りませんが……リュシアン坊っちゃまについては、これが限界でしょうね。直接関与していない以上、委細が分からないのは仕方のないことです」
ヴァルクスがリュシアンについて知っていることは、彼は運悪く一連の「お家騒動」に巻き込まれてしまっただけという現実だった。
(ふむ。ヴァルクス様の言葉を鵜呑みにするならば、諸悪の根源は当時の帝王という事になりそうでしょうか?)
霊樹戦役直後という時代。周囲の貴族が着々と魔力適性を取り戻している中、自分だけが魔力適性を取り戻せないと焦っていた帝王はいよいよ、自分が魔力適性を取り戻せないのは、ハルデオン家のせいだと思い込むまでに至ったそうで。他の魔力適性を取り戻せない「同類の貴族達」を取り込み、ハルデオン家を仮想敵に仕立て上げ、取り潰し(家財の没収)を画策し始めていた。
それでなくとも、ハルデオン家は筆頭公爵家としてクージェ内で「ブイブイ言わせていた」歴史を持つ。やっかみに嫉妬、はたまた、のし上がろうとする野心家が蠢く貴族社会において、帝王の「心の迷い(無様な自己防衛)」は周囲の貴族達にとっても好都合だった。
魔力崩壊に伴う魔力技術の喪失。そして、霊樹戦役終戦後の復興に伴う、魔力の復活。目まぐるしく変遷する魔法環境の変化に戸惑い、疲弊に疲弊しまくっていた社会においても家格を保っていたハルデオン家は、さぞや格好の獲物に見えたに違いない。
(ですが、ハルデオン家は帝王よりも一枚も二枚もウワテだった……)
だが、ハルデオン家はそのまま大人しく取り潰されるような軟弱者ではなかった。それでなくとも、帝王の被害妄想でお家を取り潰されては、貴族の沽券にも関わる。
そうして、運悪く帝王に目の敵にされてしまったハルデオン家はお家存続を賭けた一計を講じる事にしたのだ。「魔力増強剤(禁術利用)」を生成し、貴族や有力貴族一派にも擬似的な魔力を植え付ける事で「同類の貴族達」を帝王の周囲から引き剥がし……取り潰し計画を空中分解させ、ピンチを乗り切った。
だが……魔力を植え付け、帝王の敵愾心を逸らす目論見は達成できたものの。魔力増強剤の副作用が予想に反してあまりに強かった。その「想定外の副作用」が例の瘴気障害と見られる「流行り病」の正体であったが。薬をばら撒いた張本人にかかれば、鎮静剤の生成も容易く。ハルデオン家はいち早く「素敵な特効薬」を作り上げては、「気に入った貴族達」に与えることで、帝王の勢力を削いでいく。
(……そして、リュシアン坊っちゃまは、別の意味でハルデオン家に気に入られたのですね。……ヴァルヴェラ嬢の婿として)
当時のハルデオン当主は本当に強かで、相当に柔軟な魔術師であったらしい。だが、悪いことに……『グレゴール白書』を愛読書にできる程に狂った研究熱(悪趣味)をも持ち合わせていた。彼は想定外の副作用を鎮静化させる大義名分(自作自演)の水面下で、兼ねてから興味があった魔技術応用学の人体への適応を知れっとやらかしている。
そう、ハルデオン家が「普通ではつまらない」と作り出した「素敵な特効薬」の中身は、純粋な解毒剤ではなかった。副作用によって瀕死の淵を彷徨う罹患者に対し、精神的・人格的な書き換え作用を施すことで、ハルデオン家への擬似的な好意を作り上げるためのもので……熱に浮かされる間に、人格を乗っ取る寄生の妙薬だった。
そして、リュシアンはヴァルヴェラ嬢に気に入られたという理由で特効薬がもたらされ、ハルデオン家の目論見通りに彼らへ傾倒していく。当然ながら、ヴァルヴェラとの婚姻も「嬉々として」受け入れたし、表面上はオシドリ夫婦で通っていたが。……キュラータの予測通り、リュシアンの精神は熱病の際に死んでいた。肉体的な死は迎えずとも、内面的な死を迎えて、ハルデオン家の思惑が寄生している状態となっていたのだ。
「なお、それぞれのレシピは残されていまして……」
と、ヴァルクスが差し出した「魔力増強剤」と「鎮静剤」のレシピには、クージェお得意のとある魔法植物がキッチリ含まれていた。……オトメキンモクセイの赤い花。どの程度の濃度の物かは、定かではないが。「素敵なお薬」に全面禁止されているはずの麻薬を活用していた時点で、ハルデオン家の罪は相当に深い。
「リュシアンについては、そのくらいにして。……それじゃぁ、次は」
「心得ております。……黒いリンゴの出どころについて、ですね」
分かっているじゃない。ルエルはキュラータの回答に満足げに頷くと、更なる尋問を命ずる。
リュシアンにまつわる過去の罪を暴いたところで、今度は現代の罪について尋問しましょうかと、キュラータがヴァルクスに再び向き直る。残念なことにこちらの天使と執事は、目先の情報だけで満足できる無欲さはない。しかも、結局はカルロッタに繋がるヒントが無かったともなれば、キュラータのフラストレーションは残ったままだ。
「という事で……ここからは少々、痛い目を見ていただくのもアリでしょうかね? 黒いリンゴの出どころについては、喋らなくても結構ですよ。正直なところ、予測はできますし。あなたの情報はあってもなくても、変わらないでしょう」
「だったらば、ここで解放してくれても良いのではないか? 例のレシピを公開した時点で、当家のダメージは非常に大きい。これ以上は……」
「私達には、ハルデオン家を取り潰す理由はなくてよ? ヴァルヴァネッサ様への義理立てもありますし」
無罪放免とまではいかなくとも、身柄解放はしてくれてもいいのではないかと言い募るヴァルクスに対し、「安心してちょうだい」とニコリと微笑むルエル。……どうやら、ルエルはヴァルヴァネッサをいたく気に入っているらしい。彼女の弁からするに、「お友達」を困らせることはしないということのようだが。
(ルエル様は何かと、王妃様達と仲良くしたがる癖があるようですね。これも1つの傾向として抑えておくべきですか)
グランティアズのナディア妃然り、クージェのヴァルヴァネッサ妃然り。生前の体質なのか、はたまた個人的な趣味なのか。お嬢様気質が抜けないルエルは何かと、高貴な方々と波長が合う様子。今回はそんな「類友」のおかげで、ハルデオン家は存続の危機を免れたが。……本来であれば、帝国側に報告しなければならない内容であるし、個人の一存で隠し通していいことでもない。
「ウフ。リュシアンについて調べているのは、あくまで個人的な趣味ですの。イケメン騎士がどうして、ライバル家のご令嬢と結婚されたのかが、気になりまして。……あぁ、残念ですわ。そこにロマンティックな真実の愛があったら、素敵でしたのに。……マインドコントロールのせいだったなんて、本っ当ーにガッカリですわ……」
ちょっと待て。拷問付きの尋問(まだ未実施)を「個人的趣味」でやらかしているんだ、この天使様は。
「……ルエル様。それは伏せておいた方が良かったのではないかと……。それに、リュシアンを調べる事にしたのは、そういう理由だったのですか? 私はてっきり……」
「あぁ、もちろん。キュラータのためでもありますわよ? ですけど、お仕事には面白味と旨味もないと、張り合いもなくってよ。それに、うふふ……! ハーヴェン様のおかげで黒いリンゴとの接点も判明したのですし、首尾も上々ではありませんこと? これで、大手を振って拷問できますわね?」
「……」
これはどちらかと言うと、キュラータの思い出探しの方がついでな気がする。ルエルの雑多な人間臭さを目の当たりにして、キュラータは内心でやれやれとため息をついていた。天使という生き物は本当に理不尽で、残酷で、それでいて……救いようもない、恋愛脳の持ち主なのだと。




