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不承転生者の魔法学園生活  作者: ウバ クロネ
【第7章】思い出の残り火
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7−20 肌は青白く、脈は赤黒く

「それはそうと、ヴァルクス様。あなた、リュシアン・ファニアをご存知?」

「リュシアン・ファニア……ですか? えぇ、存じていますよ。クージェでは有名人ですし、ハルデオン家とも縁故がありますから」


 いよいよ、尋問が始まる……と思っていた矢先にルエルの口から飛び出したのは、これまた全くの無関係と思われる登場人物。この状況でどうしてリュシアンが出てくるのか、ヴァルクスには理解できないが。一方のルエルはヴァルクスの答えに満足したのか「よろしくてよ」と嬉しそうに微笑む。


「まずは最初の前提をクリアできて、安心致しましたわ」

「最初の前提ですか? それは私がリュシアン・ファニアを知っている事でしょうか?」

「えぇ、そうなるわね。実は、私達はリュシアンが命を落としかけた流行り病の正体を調べているの。ハシャド王に盛られていた毒による症状と、リュシアンが罹っていた流行り病の症状に類似性が見られたものですから」


 何か、ご存知ありませんこと? ……なんて、ルエルは上品な言葉と一緒に、またもニコリと微笑むが。一方のヴァルクスは天使の微笑みに、生きた心地がしない。


(やはり、こいつらは私を疑っている……!)


 続くルエルの説明によると、ハシャド王の病状と記録に残っていたリュシアンの病状に一致する部分があるそうで。肌は青白く、脈は赤黒く。高熱に浮かされ、意識は朦朧。ハシャド王は普段から鍛えていたこともあり、一命を取り留めたが。ハシャド王の病原が毒であることも判明しているため、毒薬のルーツを探りたい……というのが、彼女達の目的のようだ。


「聞けば、リュシアンが罹患した流行り病にハルデオン家の方々は罹らなかったとか。そこで、何かしらの特効薬をお持ちだったのでは? と思っているの。ですから何か、記録が残っていれば教えていただきたくて。お心当たり、ございませんこと?」


 ハルデオン家が流行病に罹らなかったなんて、誰から聞いたのだろう。隠蔽されていたと思っていたハルデオン家の秘事が明るみに出かかっている事に、ヴァルクスは更に緊張しつつ……とにかく押し通さねばと、気を引き締める。


(ここは……知らぬ存ぜぬで通すしかないか)


 記録があるか、探してみましょう……と、協力的な態度を示し、差し障りのない返事をするヴァルクス。「あいにくと、詳しいことは知りませんが」と白々しく添えつつ、考え込むフリまでして見せるが。ハルデオン公爵ともなれば当然の如く、ヴァルクスは知っている。……霊樹戦役直後に、ハルデオン家が何をしていたのか。そして、その時に「やらかした事」の経験が今も尚、ハルデオン家の叡智として生き残っており……ハシャド王に盛った毒はともかく、ヴァルムートの瘴気障害を発生させたのは事実だ。


(……いずれにしても、ハシャドの毒はハルデオン家が用意したものではない。ここの「知らぬ」は虚偽にはならんだろう)


 抜かりなく慇懃に、それでいて自然に。ハルデオン家の男児は幼い時から、魔法技能だけではなく政略知識や帝王学も叩き込まれる。ヴァルクスの冷静さは、この教育の賜物であるが。それもこれも、帝王の座を狙うが故であるが……それ以上に、霊樹戦役直後の「隠し事」にまつわる鬱憤が尾を引いているからだった。


 ハルデオン家は霊樹戦役直後から魔力適性をいち早く取り戻していたが、一方、当時の帝王には魔力適性を再獲得できないままの期間がある。当時の帝国を類稀なる智謀で導いていたとは言え、魔力適性を獲得できない帝王なんぞ、実力至上主義の帝国では無能でしかない。そんな焦りに囚われた帝王にとって、真っ先に魔力適性を「当然のように」取り戻したハルデオン家は、非常に疎ましい存在になりつつあったのだ。そうして、次第に……嫉妬に駆られた帝王はハルデオン家ではなく、ファニア家を重用するようになっていく。

 だが、帝王の心離れに焦ったのは他でもない、ハルデオン家だ。クージェ帝国始まって以来、常にトップに近い地位に君臨してきた彼らにとって、帝王の心1つで立場が揺らぐなど、屈辱でしかない。

 それでも、当時のハルデオン家当主は慌てこそすれ、驚く程に冷静でもあった。表立って帝王に挑戦状を叩きつけるのは賢い選択ではないと判断した彼は、秘密裏に牙を研ぐ事を選ぶ。そして、利用する事にしたのだ。帝王に重用され、急激に地位を上向かせていたファニア家を始めとする……目障りな有力貴族達を。


(そして、ひい祖父様は『グレゴール白書』に手を伸ばし、相手を都合よく作り替える技術に目をつけた)


 現代において、魔技術応用学の人体への適用は全面的に禁止されている。『グレゴール白書』が禁書指定されているのは、その全面的に禁止されているはずの魔技術応用学の人体への適用を推奨する書であり、かつ「無敵兵を作るための書」と認識されているからだ。もちろん、これらの表向きの書評だけでも、危険な書物であることに間違いはない。だが……『グレゴール白書』にはそれ以上に背徳的な内容が記載されており、この書物の危険性は「無敵兵作成メソッド」だけには留まらない裏事情がある。

 魔力の器の分割・譲渡に、魔力適性を他者へ移行する方法……そして、人格の書き換えやそれに伴う、精神支配の秘策。これらは全て『グレゴール白書』を元手に、戦時中の帝国が「強い国作り」を目指す一環で大々的に推し進めていた方策であり、それらを集約した内容が「無敵兵の育成」であるだけで、下敷きにされている技術はどれもこれもが危険極まりない。

 「無敵兵」のインパクトが大きかったが故に、それを可能にした技術については「帝国最大の汚点」と見做され、「なかった事」にされつつあるが。ドサクサに紛れて、ハルデオン家は『グレゴール白書』のオリジナルと一緒に、禁術もちゃっかりと受け継いでいた。


(この事実だけは、何がなんでも隠し通さねば……!)

 

 もちろん、ヴァルクスの曽祖父が禁術に手を染めた事には、当時はまだ生まれてもいないヴァルクスの意思は反映されようがないし、現時点では無関係で済ませられるくらいの潔白は保証されている。だが……問題は、当のヴァルクスも『グレゴール白書』の中身に精通し、ヴァルムートの畜魔症を維持してきた時点で、絶対に無関係とは言えない点にある。

 このことが露見したらば、ヴァルクスの命もハルデオン家の栄光も、儚く散ることとなろう。いくら、妹が第一王妃とは言え。清廉潔白を地で行くハシャドが、ヴァルクスの罪を見逃すとも思えない。

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― 新着の感想 ―
ハルデオン家すげーっ! なるほどね、彼らなら特効薬くらい作れそうですね。
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