7−19 あなたに拒否権はなくってよ
一体、どこで嗅ぎつけられた? ハルデオン公爵家当主・ヴァルクスは突然の来訪者に、焦燥を隠せない。
第一王妃でもある妹の紹介でやってきた「お客様」を応接間に通して、仕方なしに対面させられているものの。こうして顔を合わせれば、お客様達が異質な集団であることをまざまざと思い知る。
まず、向かいの左手に腰を下ろしているのは、フィステラの深魔を鎮めた特殊祓魔師・ハーヴェン。……この前情報だけでも、凄腕の魔術師なのは推して知るべし。いかにも無害そうな顔をしているが、相当の魔法を使いこなすだろう時点で、頭の回転も早いと考えていい。
(特殊祓魔師ともなれば、地頭はいいとすべきか。迂闊な事は言わん方がいい)
正面から右手側には、ハーヴェンの弟子だというガルシェッド家の少年。お茶と茶菓子を運んできたメイド相手に、ニコニコと愛想を振りまき、彼女達の名前を聞き出そうとしているのを……ハーヴェンに嗜められている。
(妙に浮いた奴だが……まぁ、こいつはおまけだな。注意せずとも、問題なかろう)
メイド達がお茶の準備をしている間、ヴァルクスはお客人達を値踏みするように視線を動かし……ヴァルヴァネッサの紹介状と彼らの顔とを見比べる。そうして、素早く彼らのディテールを把握しようと努めるが……。
(この女が天使だと……?)
特殊祓魔師も厄介そうであるが。ヴァルクスの正面に陣取る、いかにも神々しい空気を放つ女は、ハシャドを快方へ向かわせた憎っくき相手でもあるらしい。
(そう言えば、アルネラも言っていたな。ハシャド暗殺は天使に邪魔されたのだと……)
アルネラは鼻息荒く歯軋りをしては、天使を罵っていたが。アルネラの悪事が露呈した「毒スープ」のクダリも思い出し、憎たらしい相手である事には違いないが……ここは下手なことはすまいと、ヴァルクスは自戒する。だが、それ以上に……更に異質な相手がいるものだから、ヴァルクスは緊張ついでに混乱し始めていた。
(だが、この中で特に警戒しなければならないのは、後ろの執事だろうな……)
確かに、天使・ルエルが醸し出す空気感は圧倒的に清らかであり、闇に慣れてしまったヴァルクスの鼻先をヒリヒリと刺激する。だが、それ以上に……彼女の背後に控える執事の威圧感は別格だった。
(執事も中身は人間ではないな。天使に仕えているとなれば、精霊……? いや、待てよ……)
鋭い強面に、特徴的な黒いグローブ。細身ではあるが、どっしりとした重厚感。間違いない、この佇まいは……。
(リキュラ殿と同じ、グラディウスの手の者か……?)
それがどうして、天使に与しているのかは定かではないが。彼の存在に、ヴァルクスは最悪の事態を誤解し始めていた。
アルネラとヴァルムートを「リンゴの対価」として譲渡せよと申し出てきたのは、バルドルであったが。「お引き渡しの日」にやってきたのはバルドルではなく、リキュラとグリフィシーだった。そして、キュラータと言うらしい執事はあまりにそっくりなのだ。「神の眷属」と名乗った、リキュラの有無を言わさぬ魔力の圧と、全てを射抜くような脅迫的な存在感に。ルエルの背後の彼は……何もかもが、自称・神の眷属達に酷似し過ぎている。
(訳が分からん……! グラディウスの神とやらは、天使と敵対関係にあったはず。それなのに、どうして天使の背後に、グラディウスの眷属がいるのだ? まさか……)
自分は見限られたのか?
アルネラとヴァルムートは確かに、彼らにとって必要な資材だったのだろう。そのツテとして彼らはヴァルクスに接触し、利用価値ありと判断したから「黒いリンゴ」を寄越して……失敗に終わったとは言え、アルネラを駒として、ハシャドを崩御寸前までには追い込んではいる。だが……結果を見てみれば、それらを引き払った後のヴァルクスには何も残っていない。そう……恐ろしい程に、ヴァルクスの手には何も残っていなかった。
だからこそ、ヴァルクスは危機感を募らせてしまう。ルエルはもしかしたら、キュラータ経由でヴァルクスの取引を知っているのかも知れない。そして、今度は利用価値さえも失った自分が捨て駒にされたのではないか、と。
「それで? ……私に聞きたい事とは?」
不穏な予測を、頭の中でグルグルと回しつつ。ヴァルクスは白々しく、勤めて平静にご用件を聞いてみるものの。彼らがやってきた理由なんぞ、タイミングからしても「深魔発生」の件に違いないと、腹を括る。そうともなれば、少しでも上手にお喋りをして、逃げ道を切り拓かなければ。
「そんなに萎縮しなくても、よろしくてよ? 私達はハルデオン家がお持ちだと言う、禁書についてお話をお伺いしたくて、参りましたの」
「禁書? もしかして、『グレゴール白書』の事でしょうか?」
「ふふ……筆頭公爵家の当主ともなれば、話が早いわね。えぇ、その通りよ」
てっきり、深魔の件でやってきたのだとばかり、思っていたが。全く事件とは関係なさそうな質問の向きからするに、疑われていないと判断しても良いのだろうか?
「しかし、なぜ? 『グレゴール白書』は過去の遺物。埃を被った時代遅れの学術書でしかありません。存在自体は貴重かも知れませんが、魔法学園の皆様が欲しがるようなものでは……」
「ふふ……勘違いさせてしまったようでしたら、ごめんなさいね。別に禁書が欲しいワケではありませんの。あくまで、質問に答えてくだされば結構よ。答えが分からない場合は不明での回答も認めますわ。ですが……あなたに拒否権はなくってよ。無論のこと虚偽は論外ですから、そのおつもりで」
口調は柔らかだが、言葉は高圧的。優美な口元で、脅し文句を吐く天使は底なしに恐ろしい。公爵相手にあまりに不遜とも取れる態度ではあるが、相手が相手である。とりあえずでも従っておかなければ、明日はないかも知れないと……ヴァルクスはまずは賢明な判断を弾き出した。




