7−18 魔法で化け物にされた人達
あいにくと、ヴァルヴァネッサは愛息に仕掛けられた畜魔症のメカニズムは知らなかったが。ハルデオン家は筆頭公爵としての歴史が長すぎるせいか、魔法を織り交ぜた禁術にも明るい。もちろん、そんな危なっかしい事実は隠蔽されているものであるし、国外からは見えてこない事情であるが。「内部の人間」だったキュラータには、薄らと彼らの背景にも見覚えがある。
「何せ……ハルデオン家はかつての戦争で、無敵兵を作り上げた実績の持ち主です。瘴気障害をアレンジした流行り病を作ることも、造作もなかったことでしょう。禁書指定されている『グレゴール白書』を正当に引き継いだ家系でもありましたし」
「無敵兵に、グレゴール家……か。あまりいい印象がない並びだな」
「おや? ハーヴェン様は『グレゴール白書』の中身をご存知なのですか? グレゴールは既に存在していない、子爵家ですが……」
「あぁ、よく知ってる。……知り合いに、グレゴール家出身の堕天使がいるもんだから。白書の中身は流石に詳しく知らないけれど。……何となく、何が書かれているかくらいは想像がつく」
ハーヴェンが思い浮かべた知り合いというのは、堕天使・ティデルのことである。彼女はグレゴール家に生まれたが、魔力適性を持っていなかったがために、一緒に生まれた妹から魔力適性を半分譲り受けた。しかし、そのせいか両親からは酷い仕打ちを受け、双子の妹に愛情を奪われて育った過去がある。しかも、挙げ句の果てに……妹に課せられた処遇の肩代わりをさせられ、火炙りに処せられたと言うのだから、何も知らなかったまま閉じられた彼女の人生は、苦痛に満ちていたと言わざるを得ない。
「まぁ、彼女の身の上はさておき。この場合は、その『グレゴール白書』……延いては、そこに書かれてたであろう無敵兵の育成メソッドの方が問題か」
「なぁなぁ、ハーヴェン」
「お? どした、イグノ君」
「……無敵兵って響き、なんか格好いいな。それって、どんな奴なんだ?」
「アハハ……いや、そんなに憧れるようなもんじゃないぞ。それこそ、天使様方がクージェをお仕置きするに至った理由そのものだし」
「へっ?」
確かに、響きだけは格好いいかも知れないが。その憧れにハーヴェンが苦笑いしてしまう程に、無敵兵は素敵な存在ではない。なぜなら、彼らは禁忌の技術の犠牲になり、人としての一生を強制的に奪われた被害者達なのだから。
「無敵兵はな。クージェがやらかしていた、人体実験で作り変えられた兵士さん達のことでな。魔法で化け物にされた人達なんだよ」
悍ましい人体実験の果てに生み出された無敵兵達による暴虐は、流石に人間に無関心であった天使達の危機感も大いに煽ったらしい。それまで人間界の理に介入してこなかった彼女達も、重い腰を上げざるを得ず、天使と精霊とでクージェを一方的にやり込めることで、戦争が終結した裏事情があったりする。無敵兵の育成メソッドは、人間の道徳においても、天使の規律においても。……背徳の塊でしかなかったのだ。
「無敵兵は痛みを一切感じない特性もあって、頭を吹っ飛ばされなければ死ねないとかで……敵国だった旧・カンバラの兵を食い散らかしていたらしいぞ」
「ウゲェ……! まるでゾンビじゃん……!」
ハーヴェンの端的な説明でも、有り余る想像力で意外と的確な感想を漏らすイグノ。彼が口走った「ゾンビ」のキーワードに、ハーヴェンは「言い得て妙だな」と納得してしまうが。……無論のこと、イグノのそれはゲーム脳的なアレであって、魔法知識から来るものではない。
「まぁ……ちょっぴり、話が脱線しちまったが。キュラータさんの言い分だと、リュシアンさんのターニングポイントになっただろう病気は、ハルデオン家が関わっているかもしれないって事でいいかな?」
「その通りです。おそらくですが……リュシアン坊っちゃまの異質な魔法能力は、流行り病によるものだと推察します。そして、5歳とは思えない知性を獲得したのを見ていた限り……本当はリュシアン坊っちゃまは死亡していて、別の何者かが成り代わっていた可能性もあるのではないかと」
それでなくとも、流行病にかかる前のリュシアンは年相応に無邪気で、ちょっぴりシャイな男の子だった。例のお茶会の時はヴァルヴェラ嬢に振り回されていたし、オドオドと不安そうにしては、随行していたアルフレッドの父の影に隠れていたらしい。
「あっ、お茶会にお供していたのは、キュラータさんのお父さんだったんだ。それじゃぁ、お父さんは大丈夫だったのか? 流行病の方は」
「幸いと父は罹患していませんでしたね。父はあくまで坊っちゃまの護衛であり、世話係です。供されたお茶を口にすることもなければ、皆々様のお話に割り込むこともなかったのでしょう。きっと、ハルデオン家のターゲットにすらならならなかったのだと思いますよ。でも、父はその後にリュシアン坊っちゃまのご希望で、馬車の事故に巻き込まれていますし……よもや?」
ここから先は推測の域を出ないばかりか、仮説だけの話になってしまう……と、前置きをするものの。キュラータの思い出は「きっかけ」があればジワジワと滲み出てくるようで、リュシアンとヴァルヴェラ嬢のその後についても、鮮明に思い出したと告白し始めた。
「父はヴァルヴェラ嬢とのお付き合いに、懸念を示していました。お茶会での様子からリュシアン坊っちゃまとの相性が良くないと思っていたのでしょうが……それ以上に、ハルデオン家の違和感に気づいていたのかも知れません」
流行り病の発信源と思われるお茶会で、平然としていた当事者達。アルフレッドだったキュラータはそのお茶会に参加していないため、実際の雰囲気を窺い知ることさえできないが。このキュラータと言う完璧な執事を育て上げた父である。……彼自身が優秀で、鋭敏だったとするのは自然なことであるし、実際にキュラータも「父は優秀でした」と力なく零す。
「……なるほど。父はリュシアン坊っちゃまの異変について、知らなくて良いことまで勘づいてしまったのかも知れませんね」
リュシアンとの恋路を叶えるにも、秘密を隠し通すにも。アルフレッドの父はハルデオン家にとって、ターゲットにはならないにしても、邪魔な存在になりつつあったのだろう。そして、もし……リュシアンの中身がハルデオン家に都合が良いように作り替えられていたのなら。彼がアルフレッドの父を亡き者にしたかも知れない理由にも、一応の筋が通る。
「要するに……」
「えぇ。当時のハルデオン家は……ファニア家を乗っ取るつもりだったのでしょう」
しかして、現代の様子を見ている限り、それが成功しているようには思えない。それに、キュラータの推測が本当かどうかを確かめるには、まだまだ証拠も根拠も大幅に不足している。だとすれば、更なる情報源を探すとするならば……。
「次はハルデオン家のご当主様を問い詰めた方が良さそうだな?」
「そうなるでしょうね。……現当主のヴァルクス様であれば、何かご存知かも知れません」
【登場人物紹介】
・ダンタリオン(水属性/闇属性)
強欲の上級悪魔・アークデヴィルを本性に持ち、マモンとは腐れ縁な強欲のナンバー2。
魔界書庫の管理者でもあり、蔵書の管理を面倒臭がったマモンの代わりに、魔法書達に淀みない愛情を注いでいる。
魔法研究と魔法書をこよなく愛し、強すぎる知識欲を満たすために、常々書架に齧り付いている魔法書の虫。
生前は魔法学園都市・クージェリアスの教授であったが、マモン曰く、「話が無駄に長く、色々と面倒臭い」とのことで、学者としては優秀だが、教育者としては微妙だった様子。
【補足】
・グレゴール白書
魔法学園都市・クージェリアスの教授であったグレゴール子爵が著した、魔技術応用学の学術書。
魔技術応用学を人体にも適用することで、肉体改造・身体能力の飛躍的な向上を目指すための書と言われているが、実態は概ね「無敵兵」を作るための書である。
現代では人体に対する魔法技術の試行は禁止されていることもあり、『グレゴール白書』自体も禁書指定となっている。
・魔技術応用学
物質構造や遺伝子配列を魔法概念へ書き出し、数値や配列の置換・変換をすることで、より優れていて、より強い存在を生み出すアプローチを模索するための応用学問の1つ。
元々は、農作物の品種改良や卑金属を貴金属に変質させたりなど、文化生活の向上を目的とした学問であった。
クージェの学者・ダンタリオンの研究成果により、家畜への適用も可能なことが判明したが、彼の研究成果を下敷きに(と言うよりも、横取り)したグレゴール教授の強硬な実験と発表により、人体への適用が本格的に始まることとなる。
・無敵兵
クージェ帝国で実施されていた人体実験の結果に生み出された、痛覚を失った兵士のこと。
魔力技術成長期にあった当時のクージェにおける最先端の技術を使って生み出されたのが、この無敵兵と呼ばれる異形の存在で、魔法技術による人体の変質・改良に加え、麻薬・レッドシナモンがもたらす「無痛状態」を常に発揮できるようになった。
しかしながら、総じて極度のレッドシナモン中毒であるが故に、人格や知性は崩壊しており、単純な命令しか遂行できない。
頭を吹き飛ばされなければ活動をやめる事なく、敵と認識した相手を獰猛に食い殺し続けたと伝えられる。




