7−17 根拠の足りない邪推
時を少し遡ること、半日ほど。時刻としては、ミアレットが午前中の講義を乗り越え、エルシャ達と歓談していた頃であろうか。
魔法学園本校から離れた、ここクージェ帝国では……第二王妃・フィステラの深魔騒ぎの調査ついでに、花騎士・リュシアンの「本当の姿」を探るべく、特殊祓魔師のハーヴェンとお供のイグノ、キュラータとでファニア家の歴史を紐解いていた。
「リュシアンさんは、ハルデオン家ってトコのお嬢さんと結婚していたんだな。ん? ハルデオン家って、確か……」
「ヴァルヴァネッサ様のご生家であり、ファニア家とは派閥の異なる家系だったかと」
「そうそう、そうだった。第一王妃様のご実家だったな。それはそうと……やっぱり、貴族にも派閥とかあるんだ?」
生前からも、悪魔になってからも。貴族社会には縁のなかったハーヴェンにしてみれば、貴族の派閥と言われてもサッパリであるし、あまり興味もない。霊樹戦役後に魔力適性の再獲得があるかないかで、お家柄の浮き沈みがあったことくらいは、理解できるものの。深魔対応に忙しすぎて、細かい貴族の系統などいちいち覚えていられないのがホンネである。
「ハルデオン家はクージェ草創期から筆頭公爵家として台頭していた家系であり、魔法至上主義派に属していますね。かつての魔法主義社会を作り上げたのは、ハルデオン家の面々が幅を利かせていたからだと記憶しています」
「クージェの魔法主義社会……あぁ。旧・カンバラと戦争をしていた時のアレか」
しかしながら、いくら人間の貴族社会に疎いとは言え、大規模な戦争があったことくらいはハーヴェンも知っている。
人間界の暦でおおよそ870年前程。かつての旧・カンバラ(現代のローヴェルズ)とクージェはヴァンダート崩落後に残った領地の所有権を巡って、戦争をしていた時期がある。40年も続いたこの戦争は、最終的には天使達の仲裁で終戦に至ったとされているが……実際には、暴虐の限りを尽くしていたクージェ側を凹ませる形で終息したに過ぎない。
「そうですね。私もその時期の人間ではないので、詳しくは知りませんが……かつてのクージェには、魔力適性がない人間は生きる価値なしとまで言われていた時代が存在します。そして、その風潮を作り上げたのが、このハルデオン家なのですよ。それも……結局は天使様達の降臨で、クージェの魔法技術がいかに未熟かを思い知ったのでしょう。終戦と同時に、ハルデオン家は勢いを削がれたとも聞き及んでいますね」
そうして、ハルデオン家にとって代わって実権を握るようになったのが、同じ公爵家でもあるファニア家だった。ファニア家は魔法よりも武功を重んじる、騎士の家系。魔法も使えはするが、どちらかと言うと武闘派の印象が強く、ハルデオン家とは異なる武功主義派に属している。歴代で帝王を輩出こそしていないものの。リュシアンの活躍にも見るように、いつの時代も将軍や副将軍など、帝国の重要なポストに食い込んできた家系と言っていいだろう。
「でも、ハルデオン家とファニア家って仲が悪いんだよな? キュラータさんの話からしても、派閥も違うみたいだし……あっ、もしかして。リュシアンさんの時代は、そこまで仲は悪くなかったのか」
「いいえ? そんな事はありませんよ。ハルデオン家とファニア家は私が生きていた時代から、犬猿の仲でしたね」
「そ、そうか……。うーん……だとすると、ますます不可解だな。リュシアンさん、なんでまた……敵対派閥のお嬢さんと結婚したんだか」
仲良し説をキュラータにアッサリと叩き落とされ、ハーヴェンはまたも困った顔をしている。自身が恋愛結婚だったためか、はたまた、その結婚が特殊過ぎたせいか。ハーヴェンはお貴族様の結婚事情には、とことん疎い。そんなハーヴェンを横目でじっとりと見つめつつ……イグノがやれやれと肩をすくめては、ごくごく普通の予測を口にするが。この場合、クージェ貴族として生きてきたイグノの方が貴族の結婚とは何たるかを心得ているようだ。
「ハーヴェン、意外とそういうの、知らないんだな。んなの、政略結婚に決まってんじゃん……」
「あっ、なるほど。そういうセンか」
貴族の結婚は当人同士の相性よりも、お家同士の結びつきが重視されるのは、よくある事。イグノの指摘はまずまず自然なものであり、貴族社会においては当然の流れでもある。だが……キュラータはリュシアンの結婚は決して、政略結婚ではないことを知っていた。
「この記事を見て思い出しましたが……リュシアン坊っちゃまとヴァルヴェラ嬢は、恋愛結婚だったと記憶しています」
「あれ? そうだったの」
「えぇ。少なくとも、私の記憶に残っている範囲では。あぁ、そうそう……リュシアン坊っちゃまが5歳の時に、ハルデオン家のお茶会に招かれて。ヴァルヴェラ嬢がリュシアン坊っちゃまを大変気に入られたので、帰したくないと駄々をこねていましたっけ」
『月刊・騎士道』のリュシアン特集に躍る、仲睦まじい夫婦の写真に目元を緩めて、キュラータは懐古に浸る。しかして……すぐさま、何かに気づいたのだろう。折角穏やかに緩めていた目元をいつも通りに険しくさせると、訝しげに呟く。
「……そう言えば、リュシアン坊っちゃまが流行り病に伏せったのは、このお茶会のすぐ後でしたか。当時は人が集まる場所に出向いたのだから、もらってしまっただけだとばかり、思っていましたが……ふむ。少しばかり、妙な点がありますね」
「えっ?」
眉間をトントンと小突きながら、思い起こせば、思い起こすほど。キュラータはリュシアンの罹患には不自然な点があったと、思い至ってしまう。
ハルデオン家のお茶会に招かれたのは、リュシアンだけではない。ハルデオン家と同派の貴族や、ファニア家のような派閥は違えど、規模や歴史を保持している有力貴族は漏れなくお呼ばれしていた。そして……お茶会に参加した貴族の多くが流行り病に罹り、かなりの人数が亡くなっている。だが……。
「一方で、ハルデオン家の面々は使用人も含め……流行り病に罹っていなかったかと。もし、リュシアン坊っちゃまがお茶会で病をもらってしまったのなら。……1人や2人、ハルデオン家にも罹患者が出てもおかしくない」
「それじゃぁ……」
「憶測の域は出ませんが。……例の流行り病はハルデオン家が発信源かも知れません」
側から聞けば、あまりに根拠の足りない邪推ではあるが。ハルデオン家には、ヴァルムートを畜魔症に仕立て上げた実績がある。……この事実を前にしたらば、キュラータの邪推は忽ち現実味を帯びてくる。




