7−13 私欲ダダ漏れの企画書
「ふむ? 生徒から妙な企画書が届いている?」
ここは魔法学園本校・副学園長室……という名の、アケーディアの研究室・その1。今日も今日とて、アケーディアはナルシェラとディアメロの魔力傾向を観察しつつ、彼らに魔力を扱うための特別講義をしていたが。そんな彼の元に、生徒課執行部の職員が転がり込んでくる。
「は、はい。優遇生との交流を深めるため、武闘会を開きたいのだとか……」
「舞踏会? そんなもの、企画を通さずとも勝手に集まって、勝手に踊ればいいでしょうに」
「いえ、その舞踏ではなくて、ですね。戦う方の武闘です」
「はい?」
交流を深めるために必要なのが舞踏ではなく、武闘とな? お貴族様達の考えることは意味不明だと、流石のアケーディアも理解が追いつかないが。ここは自分も実際の企画書に目を通した方が良いと思い直し、職員にデータを送るように促す。
「交流を深めるのに、武闘会を開く意味が分かりませんが……どれ、企画書データを僕の魔術師帳に下さい。そのご様子だと、判断に迷われたのでしょう? いいですよ。一緒に確認しましょうか」
困惑した表情からするに、職員も企画書のチグハグさに頭を悩ませたのだろう。だが、却下するにもきちんとした理由がいる。企画書がめちゃくちゃでも、吟味する側はお断り文句を考えなければならないため、彼は最終的な決定権を持つアケーディアに直接相談を持ってきたのだ。
「……あぁ、なるほど。最近、妙な噂が蔓延っていましたっけねぇ……」
「えぇ、おそらくはその噂が原因かと思いますが……」
「全く、下らないったらありません。要するに、ナルシェラ君とディアメロ君との縁を強引に取り付けたいので、実力を見せつける場が欲しいという事なのでしょう。……下級生も一緒にと記載がありますが、大方、彼女達のターゲットはミアレットですかね?」
私欲ダダ漏れの企画書にアケーディアは全てを見透かすと、深いため息を吐く。生徒同士の交流も魔法技術興隆の一環と、多少の婚活は許容していたものの。私怨混じりで企画書を提出してくる猛者がいるなんて、アケーディアの予想を遥か斜め上に突き抜けている。
「ふぅむ……しかし、僕もミアレットの実力は気になるところではありますね。なんだかんだで、彼女の魔法を直に拝見したことはありませんでしたし」
「えっ? となると……」
だが、アケーディアは予想をオーバーしているのもアッサリと飲み込み、却って面白いとニヤリと口元を歪める。そんな彼の妙に好意的なデビルスマイルに……職員は相談する相手を間違えたかも知れないと、遅まきながら戦慄していた。
「そうですね。折角ですから、ミアレットの実力をお披露目するのも一興です。ここは1つ、当人達にも聞いてみましょうか。ナルシェラ君にディアメロ君。ちょっといいですか?」
きっと、呆れついでに好奇心も刺激されたのだろう。スタスタと副学園長室奥の扉へ向かうと、アケーディアが匿っている優遇生に声を掛ける。続く説明を聞いているに……どうやら彼は企画書を却下するどころか、承認方向に乗り気なようだ。
「……という訳でしてね。彼女達はどうやら、オフィシャルで君達からお断りの言葉が欲しいようです」
しかも、着地点が相当に捻くれており、曲解も甚だしい。既にナルシェラ達が断る方向で話を進めているあたり、アケーディアは噂を払拭するにも好機と捉えたのだろうが。これでは、企画書を出してきた生徒達が浮かばれない。
「いいですね。僕は賛成ですよ。この際ですから、阿呆共に可能性は微塵もないと、分からせてやった方がいいかと思います」
「うーん……確かに、付き纏いが減るのはありがたいけれども。ミアレットに負担がかからないか、心配だな……」
乗り気なディアメロとは対照的に、やや難色を示すナルシェラ。彼もお嬢様達のアタックに辟易しており、それがなくなるのはいい事だと捉えている一方で……やはり、ミアレットが気がかりな様子。それでなくとも、企画書を出してきたのは上級生……つまりは、ミアレットよりも手強い相手であることは、想像に難くない。自分達のせいでミアレットに妙な苦労をかけないか、気を揉んでいるのだ。
「大丈夫ですよ、兄上。だってほら……ここに、魔法道具の利用ありとかって書いてあるじゃないですか。兄上の話だと、大活躍だったようですし……エックス君を使えば、大抵の相手は降せるのでは?」
「あぁ、確かに。エックス君、もの凄く強かったからなぁ……」
何せ、エックス君に搭載されているのは大悪魔様直伝の魔法である。生徒はおろか、教師でさえもあの小鳥ちゃんには敵わないに違いない。
「でも、女の子達に怪我をさせないかな? いくら嫌いな相手とて、エックス君に吹き飛ばされるのは忍びない」
「……兄上は本当に、お人好しなんですから……。そもそも嫌いな相手と自覚しているのなら、ハッキリ断ればいいのでしょうに」
「それも、そうだね。僕がしっかり断っていれば、ここまで事態は悪化しなかったのかも知れないな。結局はミアレットにも迷惑をかけているようだし……嫌な事を受け流す癖も治さないといけないか」
「……」
久しぶりに見る、ナルシェラの悲しい笑顔。何もかもを力なく諦めて、表面だけを取り繕う兄の微笑に、ディアメロはやれやれとため息を吐く。
ステフィアが婚約者だった頃……いや、もっと前からか。「お飾りの王族」としてしか生きることを許されなかったナルシェラは、嫌なことがあっても波風を立てずに笑顔で切り抜ける癖がついている。もちろん、ナルシェラが元来から穏やかで控え目な性格であったのも、一因ではあるが。だが、ここまで不自然なくらいに怒れない性質は、無理強いの果てに作り上げられてしまったものだった。
「これはいい機会じゃないですか、兄上。ミアレットの健闘ぶりを見学すると同時に、負けん気の精神も学べばいいのでは? あれでミアレットは気が強い。彼女のあしらい方を参考にさせてもらったら、どうでしょう?」
「あぁ、それは言えているかも知れないな。それに、ミアレットは既に実戦経験も豊富だと聞く。精神的にもタフなようだし、まずまず負けないか。でも……やっぱり、相手方のお嬢さん達に怪我をさせないかが、心配なんだが」
「……それはそうかも知れませんが……」
しかし、如何にもこうにも、ナルシェラは穏健さを崩せない。それに、ディアメロもナルシェラの懸念事項をクリアできる代案を持ち得ていない。ここでミアレットみたいに「カチコミじゃぁッ!」と血気盛んに勢い任せで、決心できるようなら苦労はないが。……何かにつけ慎重で臆病なのは、2人とも一緒なのだった。
「でしたらば、回復手段は別枠で検討しましょう。天使達に応援を要請すれば、いいのでは?」
「えっ?」
「そんな事が、できるのですか?」
「えぇ、できますとも。面白い事があれば、仕事を放棄してでもやってくるのが彼女達です。……どうせ、神界で暇を持て余しているのでしょうし。事情を説明したらば、1人や2人と言わず、参加者数以上の天使が集まるに違いありません」
「……それはそれで、どうなんでしょうか……」
参加者1人につき天使1人なんて、贅沢にも程がある。しかして、彼女達の恋愛体質を考えれば途方もない話ではないことを、ナルシェラやディアメロ、それに職員もよくよく知り得ていることで。……アケーディアの提案が荒唐無稽ではないことに喜ぶべきか、嘆きべきか。そればかりは、神さえも知り得ぬ事である。




